2.

 電車を何度も乗り継いで、数時間かけて着いた目的地。
 その駅の出口に立つと、何だか不思議な感慨に襲われた。
 まして、ぼく一人ならともかく、コイツと一緒だから尚更だ。
 ぼくは後ろを向いて尋ねた。
「やっぱり……驚いた?」
「驚くも、何も……」
 ぼくと似たデザインのバッグを提げて、ぼくより遥かに固まってる御剣。
 振り仰いで目を細め、看板を見やって言う。
「この読みにくい地名は、忘れる方が難しい。
 ルートを訊いた時、まさかと思ったが……、かつて我々が住んでいた町に降り立つとはな」
「いつか、きみとココに来てみたかったんだ。
 今のこの町を見せたら、一体どんな顔するかなって思ってた」
「確かにコレは、一見の価値はあったな。…………しかし、それにしても」
 まだ少し固まった顔のまま、叫ぶような声で言いきった。
「面影がなさすぎる!」
 掲げた右腕を振り動かしながら、御剣は全力で訴える。
「15年以上ぶりとは言え、いくら何でも変わりすぎだ。駅自体の構造からして完全に別物――」
「あ。御剣。ずっとココに立ってるとマズイ」
 次の電車が来たんだろう。奥から、どっと人の群れが押し寄せて来た。
 ぼくらは邪魔にならないよう、その人たちの流れに乗って、地下のコンコースを歩き始めた。
 長い階段を早足でのぼりながら、思案顔を続けている御剣がつぶやく。
「第一、 このような地下通路など、当時は影も形もなかったはずだが」
「再開発が進んだんだよ。きみが引っ越してすぐの頃から。
 特に、この駅は凄かった。真っ先に増改築して、あっと言う間にビルみたいになってって」
「私が記憶している駅舎は、むしろ懐古趣味だったがな。
 子供心にも郷愁を誘う、趣のあるデザインだった」
 ……子供時代で懐古趣味とか、暮らしていた町で郷愁とか、ところどころ変な言い方に感じるけど。
 話が脱線しそうだから黙っておく。
「そういえば。この駅の位置が変わっていなければだが…………」
 先に階段をのぼりきった御剣は、踊り場のぼくに振り返って訊いてきた。
「確かキミの実家は、この駅の周辺にあったはずだな」
 しかし、ソレらしい景色が見当たらない。
 首を回して探している御剣に、追いついてぼくは答えた。
「その答えは、簡単だよ。ぼくん家も、ずっとココに住んでたわけじゃないんだ。
 さっきも言ったけど、この通り再開発が激しくて。
 駅を建て直した後は、その周りもどんどん変えてって。
 それで、ぼくの家も近所の人も、みんな越して行ったんだ」
「ソレは要するに……立ち退きという事か?」
「あの頃は、よく意味が分からなかったけど。多分そうなんだろうね」
 そのじつ、ぼくが暮らしていた住所の辺りは、今は別のビルが建っているはずだ。
「だから、ぼくもココに戻って来たのは、けっこう久しぶりなんだよ。
 この辺りに『成歩堂』って家があったのを知ってる人は、もう誰もいないんじゃないかな」
「………………そういう事だったのか」
 と、御剣は、妙に申し訳なさそうな様子でうつむいた。
「キミにも色々あったのだな。無粋な事を訊いてしまった」
「え?」
 ぼくは慌てて言い返した。
「何も謝るような話じゃないよ。ぼくの場合は、そんな深刻な事でもないんだから」
「そうなのか?」
「そうだよ。逆に言えば、ぼくらにはむしろ、とっても都合がいいんだ。
 今のこの町には、昔の知り合いは誰もいない。
 こんな辺鄙(へんぴ)な場所なら、今の知り合いに会うはずも無い。
 だから、余計な気兼ねもしなくていい。ぼくらは思う存分、旅の恥をかき捨て出来る」
「…………やれやれ。物は言いよう、だな」
 肩をすくめる御剣。
「だが言っておくが、少なくとも私は、わざわざ旅先でまで恥をかくような趣味はないぞ」
「へー。けど、それにしては改札では、ずいぶん大騒ぎしてたような気もしますけど?」
「ああ言えばこう言う」
「ソレはお互い様ですね」
「職業病だな」
「その通りでございます」
 芝居がかった調子で頭を下げたら、とうとう吹いた。
「何を言うやら。もういい、キミの言い分は承知した。せいぜい気楽に行くとしよう」
「じゃあ、とにかくホテルに荷物、置いてこようよ。町を回るのはそれから」
「ああ……そうだな」
 広いロータリーを、ぐるりと進んで、申し込んでおいたホテルのフロントに向かう。
 観光客向けというよりは、出張したビジネスマンが使うタイプ。
 ただ正直な話、普段のぼくならまず入らないレベルだ。
 その理由は、主に財布の具合による。経費は削れるところから削らないといけないから……って、
今そんな事を考えててどうするんだよ、ぼくは。
 そんな風に浮き足立ってるぼくに、受付の人がにこやかに頭を下げて挨拶してきた。
「いらっしゃいませ。この度はご利用いただき誠にありがとうございます。
 お仕事のほどお疲れ様です」
「あ、いや。ぼく達、今日は別に仕事ってわけでも」
 ないんですよ、と返事しようとした時。ぼくを押しのける格好で、御剣が割って入った。
「左様。我々は今回、重要な案件を擁している。どうかお察し願いたい。……よろしいか?」
「はい。かしこまりました」
 受付の人は、にこやかな顔のまま、けど少しだけ厳しくなった。
「それでは念のため、確認させて頂きたいが……」
 御剣は早口に、どんどん話を進めていく。
 ぼくは多分、呆気に取られていたんだろう。何も言えず眺めていたら、いきなり一喝された。
「キミ! 我々には時間がない事を認識したまえ。手短に進めねば効率は上がらんぞ」
「えッ? あ。は。はい!?」
 何だか総じて急き立てられて。ぼくが我に返れたのは、泊まる部屋に落ち着いた後だった。
 御剣は、荷物を置いてすぐに、頭を下げた。
「……こちらの無礼な言動は陳謝する」
「あ。いや。その事自体は別にいいんだけど」
 むしろぼくが訊きたいのは、コイツがあんな事をした理由だ。
「もしかして、ぼくが話したらマズイ事があったとか?」
「…………見覚えがあった」
「え?」
「あのフロントでの顔。厳密には別人だろうという確信もあったが。似ていた」
「誰に?」
「………………キミの事務所の向かいにある、例のホテルの」
「あ」
 そういえば、最近は見かけてないけど、いざ言われてみれば、そんな気も……。
「結論から言えば、他人の空似に過ぎなかったが。万が一という場合も考えうる。
 故に、こちらから誘導尋問を仕掛けさせて頂いた」
「誘導尋問って……何もそんな大げさな」
「成歩堂。そういう油断が危険を招くのだぞ。あのような場では、主導権を握られたら負けだ。
 もっとも、キミの方が自ら、“痛い”腹を探られたいのならば話は別だが?」
 …………何かまた微妙に変な言い方されたけど。今度はワザと言ったんだろう。多分。
「だが、こちらから探った以上、収穫もあった。レンタカー店の連絡先を教えてもらえた」
「レンタカー?」
「うム。この地図を見れば理解できると思われるが……」
 御剣は、どこかのラックから抜き取ったらしいパンフレットを広げた。
「現在この町は、当時よりも更に、駅以外の主要施設がことごとく離れている。
 自家用車を持つ住人を想定して設計されているのは明らかだ。
 徒歩のみで回りきるというのは、ほぼ不可能に近い」
「あ、そっか」
 コレは御剣の言う通り。昔のぼく達も、遊びに出かける時はいつも自転車だったし。
 御剣は、地図を丁寧に折り畳みながら、自分の考えをぼくに告げた。
「日頃は人数の関係上、ボックスになる事が多いが。二人なら軽でも良かろう」
「って、それじゃあ……」
 何秒か間を置いて、ぼくは答えた。
「まさか車、乗るのか? ダメだよ、そんなの」
 そんなんじゃ結局、いつもと同じ苦労をさせちまうじゃないか。
 ぼくがそう反対すると、御剣は困ったような面持ちになって答えた。
「キミには分かりにくい事かもしれんが……もともと私個人にとって運転は決して負担ではないのだよ。
あくまでも日常的行為に過ぎん。キミが気に病む必要など一切ないのだ」
「そりゃ、お前が言う以上はその通りかもしれないけど。でも、やっぱり困るよ……」
 どうにも納得できない、という顔で。ぼくは頭をかきながら、次の言葉を探そうとする。
 すると御剣は、チッチッと舌を鳴らして指を振り、ニィッ……と唇の端を吊り上げた。
「どうやら、キミは重要な事を忘れているようだな」
「え?」
「確かに普段の大所帯は、ある種、苦労がないわけでもない。
 バランスを取りにくく、本来のペースで走れないなどの欠点がある。
 しかし今日は私以外には……他ならぬキミ、ただ一人だ」
「……!」
「そう。私としてはむしろ、千載一遇だと思って頂きたいところなのだかな。
 長い時間、二人きりでゆったりと車中を過ごすなど、それこそ日頃ではまず無理だ」
「……」
「それなのにも関わらず。この私のせっかくの誘いを蹴るのがキミの望みならば仕方ない。
 誠に残念至極ながら、この話は全て無かった事に――」
「わーっ! 分かった分かった、分かりました! 気づかなかったぼくがバカでした!」
「ならば……、証言は撤回か?」
「撤回でも何でもするよ。どうか乗せて下さいお願いします」
「よろしい!」
 勝った!と言いたげな笑顔で、御剣は力強くうなずいた。




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