4.

「この辺りになると……、さすがに道路が古いな……」
 運転席の主が言ってる端からまた、ガクン!と派手に車が跳ねた。
 とにかく行ける所まで行くと決めて、改めて始めたドライブは今、かなり大変になっていた。
 走り始めた最初の内は、まだ普通の道だったんだ。
 それが、あの小さな踏み切りを過ぎた時から、急に危なっかしくなってきた。
 段々と、黒いアスファルトの色が薄くなり、道幅が狭くなり坂道が多くなり、挙げ句にこのデコボコ道。
 生い茂っている木のせいで、日差しも何となく薄暗い。
 ぼくは、恐る恐るといった調子で御剣に尋ねた。
「……そろそろ、戻らない?」
「いいや、まだ行ける」
 ハンドルをくるくる回して、ほとんどヘアピンみたいな急カーブを曲がりきる。
 拍子に車内が傾いて揺り動く。
「ココまで来て、いまさら戻るのもつまらん。
 それに、もう少し走れば、広い本道へ抜けられるはずだ。辛抱してくれ」
「そういう事ならいいけど。無理するなよ?」
「うム……」
 生返事をする御剣を横に見ながら、ぼくはシートに体を預けて、成り行きを見守る事にした。
 コイツはぼくの事をよく、自分で決めたらテコでも動かない、みたいに言うけど。
 コイツもどうして強情な奴だと、ぼくは思う。もっと言えば、意地っ張りの負けず嫌い。
 周りが止めれば止めるほど、当人は逆に燃え上がる。
 思い返せば、御剣はこの町に来るまでは、決して乗り気じゃなかった。あくまでも、言い出しっぺのぼくに
仕方なく付いて来るという感じだった。それが今となっては、完全に逆転している。
前へ前へ進みたくて仕様がないと、はしゃいでいる。
 そうだ。三人で自転車に乗って遠出したあの時も。御剣は涼しい顔で、あっという間にぼくと矢張を
引き離して行ったっけ。
 そこから先は三人して、必死の競走。
 無闇やたらに走ったせいで道に迷って、終いには獣道みたいな草むらまで通るハメになって。
 石に乗り上げて自転車が立往生しそうになったりして……。
 そんな思い出が頭に浮かんだのは、車がまた一段と大きく弾んだせいかもしれなかった。
 チラッと目だけ右に向けると、運転者の顔つきが険しくなってきてるのが見て取れた。
 …………もしかして、本当にマズイ事になってきてるような気がするようなしないような。
 思った瞬間、更にいっそう激しい振動!
「わわわわわッ!」
「騒ぐな! 舌を噛むぞ!」
 とっさに席の手すりをつかむぼく。押し殺した声で怒鳴る御剣。
 別にぼく、ジェットコースターに乗りに来たつもりはないんだけどなぁ……。
 ――それから、どれくらいの時間が経っただろう。
 ジェットコースターというより、もはや修行と言ってもいい道を駆けた後。御剣が歓声を上げた。
「抜けた……ッ!」
 差しこむ光が、ちょっと眩しかった。
 今まで苦しんでいた道が嘘だったかのような、なだらかな直線が前に延びている。
 御剣は、ふうっと息を吐き出して、体から力を抜いた。
「良かった……。何とかなったな」
「うん……そうだね」
「だが、一時はどうなるかと思ったぞ。結果的に軽を選んで正解だった」
「うん……そうだね」
「出口付近に至っては、1車線あったかさえアヤシイものだ。側溝の整備も成されてなかった。
 コレが開発から取り残された地域の悲しさか」
「うん……そうだね」
「…………成歩堂」
 ぼくの生返事が気にかかったんだろう。返す御剣の声には、トゲが混じっていた。
「キサマ。私が言うのも何だが、もう少し相槌という物を考え――」
 たまえ、と続けたかったんだろう台詞は、喉の奥に引っこんだ。
 白目をむいてにらむ視線が、耐えられないほど痛い。
「……何事だ、その顔は。既に人類の成せる色ではないぞ」
 ヒドイ言い様だけど、御剣に限って、そういう冗談は言わない。
 きっと本当にヒドイ状態になっているんだろう。
 でも、だからってココで、ハイそうですとアッサリ認める奴は、あんまり居ないと思う。
 だって……。
「まさか……今の運転ごときで酔ったのか? 遠足のバスにでも乗った子供かキミは」
 ホラ、やっぱり言われた。
「あ。いや。その。だいじょうぶだよ。へいき。へいき」
「黙れ愚か者! ひらがなしか言えてない身で何を言う!」
 ソレ一体どういう意味だよ、返そうとした時。とうとうシャレにならなくなってきた。
「……う。…………ぅぐッ!?」
「あ、ま、待て! 今停めるから早まるな!」
 口を押さえて悶えるぼくに血相を変えた御剣は、言うと同時にブレーキを踏みこんだ。
 途端に車内が前に傾く。
 続け様に、左手でレバー(何て呼ぶか思い出せない)を動かしてから、キーを回した。
「とにかく降りたまえ。外の空気を吸った方がいい」
「う、うん」
 ……情けないなぁ我ながら。
 降りるぼくと一緒に御剣も、運転席の窓を閉めてからキーを抜いて降りる。
「一応、端に寄せて停めたし、恐らく対向車も来ないだろう。しばらく休憩だ」
 その言葉に、取りあえずは甘える事にする。
 何度か深呼吸して伸びをしている内に、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
 御剣の方も、肩に手をやったり、首を回したり。
 それぞれの目に映る景色と言えば、だだっ広い原っぱと、後はひたすら、緑、緑、緑。
「ハッキリ言ってしまうのは悪いが……本当に何もないな。ココは」
 結局ハッキリ言ってる御剣。
 確かに、よくこんな所まで来てくれたよ。実際。
「それにしても。お前こそ、よく平気だな。あんな変な道を走って、何ともないのか?」
「捜査現場まで最短距離で駆けつける際に比べれば。あれしきの悪路、どうという事もない」
「ホントかよソレ」
「もっとも、運転席には遠心力がかからんしな。集中している分、酔いにくいとも言える」
「そういうもんなのかね。……だけどなぁ、あんなに凄い道だったかなぁ、アレって……」
「まぁ、帰りは違うルートで戻るつもりだから安心してほしいが……」
 と言いかけて、御剣は瞬きしてからぼくを見やった。
「まるで、ココを訪ねた事があるような口ぶりだな。ソレは」
「ぼくだけじゃないよ」
 ぼくは、苦笑いして首を振った。
「覚えてないかな。ぼく達、昔、この辺に迷いこんだ事あったはずだよ」
「昔……?」
 御剣は、周りを見ながら首を傾げる。
「例によって、面影ゼロだな。ココもまた」
「そうかなぁ……」
 ぼくも同じように周りを見てから、先の方に見えている小さな山――というか高台と言えそうな――を
指差した。
「あの辺とか、ちょっと気になるんだけど」
「ム……?」
 言われて御剣は、ぼくの指す方に目を凝らす。
「どうせココまで来たんだし、あっちの方も行ってみないか? 御剣。
 ……まぁ、あくまでも、ついでだから、無理にとは言わないけどさ」
 最後の方は、少し早口になったかもしれない。
 御剣は腕組みをして、
「ついで……か」
 と、つぶやいてから、不意にクスクスと笑い始めた。
「え? な、何? 何か変な事言った? ぼく」
「………………失敬」
 軽く咳払いしても、まだ収まらないらしい笑みを、御剣は浮かべている。
「キミがいつまで、涙グマシイ努力を重ねるつもりなのか、気になってな」
「努力?」
「ああ、そうだ。……ついでどころか、はじめからその場所に行く事こそが、
この旅の目的だったのだろう? 成歩堂」




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