2.

「あー、楽しかった! やっぱり強いね、トノサマンは!」
「わたくしも、まだ胸がドキドキしています……」
 ヒーローショーの終了後。
 ぼく達は、昼ゴハンのために、遊園地内のレストランに入っていた。
 真宵ちゃんのおなかの音が、物凄い騒ぎになっていた事もあって。
 ちなみに彼女は今、4枚目のピザを、ものの数分で食べ終えたところ。
 その上、
「わ。わ。こっちのメニューもいいな。端から食べてみたいなー……」
 と意味ありげな顔で見つめてきたため、ぼくは慌てて目を逸らした。
 それにしても、どうしてこういう場所って、異様に相場が高いんだろう。
 このチケットだって、意外に侮れない値段だしなあ……。
「ああ……、そういえば」
 と、ぼくは思い出した疑問を、御剣に問いただしてみた。
「結局、誰がくれた物だったんだ? このチケットって」
「だから、例の証人だ」
 と返す御剣の顔は、どこか冴えない。
「最初は、なぜか2枚だけ寄越してきてな。
 出来たらもう2枚あれば助かると申し出たら、なぜかマシンガントークで攻撃してきた」
「はあ」
「確か、デートがどうとか、二人で行くのがどうとか、そんな事をわめいていたな。……よく覚えていないが」
 可哀相なオバチャン……。
 そこまで話すと、御剣は、おもむろに席から立ち上がった。
「さて。では……私は、そろそろ失礼する」
「ええーっ!?」
 と、すぐに大声で抗議したのは、真宵ちゃんだ。
「そんな、もう帰っちゃうんですか? まだ、来たばっかりなのに」
「無論キミたちは、まだ残っていたまえ。せっかくのフリーパスなのだから」
「でも、でも。ソレは御剣さんも同じじゃないですか!」
 と、真宵ちゃんは食い下がる。
「だったら、せめて何か一つくらい乗っていきません? 御剣さん」
「……………………。……いや、私は……」
 と、言葉をにごす御剣を見ているうちに――ぼくは、はたと思い当たった。
 ……ああ、そうか。
 元々コイツ、こういう場所とは相性が悪いんだ。
 だって…………。
「真宵ちゃん」
「何? なるほどくん」
「御剣は帰るって言ってるんだ。きっと用事があるんだよ。
 それを、無理に引き止めなくても……」
「え? どうして?」
 真宵ちゃんは小首を傾げてから言った。
「なるほどくんも、朝、言ってたじゃない。
 今日は皆、一日のんびり出来るんだよねって」
「う」
 困っているぼくを余所に、弾んだ声で話を続ける真宵ちゃん。
「ここの乗り物って、一つ一つは小さいけど、すごく派手なんだって!
 例えば……そう、コレコレ。屋内型の絶叫マシーンっていうやつ」
 地図を取り出して広げ、その一角を指で示す。
「ソレは、どのような物なのですか?」
 と、春美ちゃんも背伸びして覗きこむ。
「うん。名前はココに書いてあるけど……。読める? はみちゃん」
「漢字ではありませんから、一応は。ええと…………」
 と、春美ちゃんは目で文字を追ってから、ゆっくりと読み上げた。
「『クラッシュ・オブ・アースクエイク』……ですか。
 真宵さま。コレはどのような意味なのでしょう?」
「えっと、えっと。そうだね。簡単に言えば、じ……………………」
 と言いかけた真宵ちゃんの表情が――ほんの一瞬だけ――固まった。
 どうやら、彼女も気づいたようだ。
 御剣が、帰ろうとしていた理由に。
 その御剣を、ぼくが引き止めようとしなかった理由に。
「如何なさいました? 真宵さま。もしや、わたくしが何か……?」
「あ、ううん。何でもないよ」
 真宵ちゃんは笑顔を作って言ってから、春美ちゃんに呼びかけた。
「ねえ。ねえ。はみちゃん。
 ここで説明してるより、直に見た方が早いって。行こ!」
 席を離れて歩き出し、やがて走り出す。
「ほら、ほら。早く!」
「あっ、お待ちになってください、真宵さま!」
 と言いながら、春美ちゃんも走り出した。
 真宵ちゃんは走りながら、ぼくの方に声を投げてきた。
「なるほどくん! はみちゃんの方は、あたしに任せて!
 そっちの方は、なるほどくんに任せるから!
 何かあったら、あたしの電話に連絡してね!」
「あ、ああ……」
 二人の姿が見えなくなってから、ぼくは改めて、御剣に目を向けた。
「残念でした。……バレちゃったね」
「……………………。仕方あるまい」
 そう。
 よく考えてみれば、当然の事だった。
 コイツが自分から、こんな場所に来るはずがないんだ。
 ――子供には夢を、大人には安らぎを与える場所。
 普通の人は遊園地を表す時、そんな言い方をする。
 けれど、こんな風にも言えないだろうか。
 ――長い間、“狭い空間”に閉じこめられて、激しい“振動”に巻きこまれる、
その“恐怖”を楽しむための場所、と。
 そんな場所がコイツにとって、どんな意味をもたらすか。
 その事は、ぼく達は他の誰よりも知っていたはずだった。
 知っていた、はずなのに。
 長い沈黙に耐えきれず、ぼくは口を開いた。
「……ゴメン、御剣。今まで、気づけなくて」
「……………………。仕方あるまい」
 同じ台詞を、もう一度言う御剣。
「私自身、つい先程まで自覚できていなかったからな。この場所が、鬼門なのだという事を」
「え?」
「考えてみれば、この種の場所に来た事自体、久しぶりだ。
 もしかしたら……小学校時代以来、かもしれん」
「ああ……。三人で行った、あの時」
「そうだったか?」
「そうだよ。ぼくと御剣と矢張とさ。乗りたい物が三人ともバラバラで。危うく、ケンカになりかけたりして」
「そうか……」
 御剣は軽く息を吐いてから、ぼくに言った。
「私こそ、すまなかった。
 本来楽しむべき場所で、水を差すような真似をして」
「そんな事ないよ」
 ぼくは首を振った。
「こうしてチケットをくれただけで、ぼくとしては本当に助かってるし」
 この言葉は本音だ。
 真宵ちゃんの食事代だけでもう、ぼくの予算は目一杯なんだもの。
「それに。ここのオススメは、乗り物だけじゃないんだよ」
 ぼくは、パーカーのポケットから、自分の持っている地図を出して言った。
「まだ、時間あるだろ? ちょっと、行ってみないか?」




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