3.

 あらかじめ真宵ちゃんの携帯電話に連絡を入れてから、ぼく達は遊園地の外れへと足を伸ばした。
「ほら。ここ」
 と、ぼくは柵の前に立つ。
 御剣は、そのぼくの横に立ち、柵から身を乗り出した。
「うム。今日は天候も良いから、それなりの視界を拝めるな。
 しかし、失礼ながら、取り立ててキミが薦めるほどとは……」
「まあね。そうだと思うよ」
「何だと?」
「別に、変わった物が見えるわけじゃない。ごく普通の景色さ。でも」
 ぼくは左手を掲げ、下に見える景色の一角を指差した。
「あの建物……分かる?」
「あれは……」
 と、御剣は少し目を細めてから、ぼくに答えた。
「キミの事務所、だな。そうなると、向かいにあるのは、例のホテルか」
「そう。それから……あっちは? どう?」
「あれは警察署だろう。あの刑事の住みかの」
「うん。そうだね」
 何も、住んでいるわけじゃないと思うけど。
「…………」
 御剣は、ぼくの言いたい事をつかみかねているのか、訝しげな様子で景色を見下ろしていた。
 が、その顔つきが、やがて変わった。
「………………。待ちたまえ、成歩堂。
 という事はだ。恐らくあの辺には……」
 さすが、気づいたようだ。
 ぼくがこの場所に案内した、その理由に。
「やはりそうだ。あそこに、裁判所がある」
「そう。それに、駅はあの辺に見えるし」
 それから暫く、ぼく達は、自分たちの知っている「建物探し」を続けた。
 遊びのように見えるけど、コレは決して遊びじゃない。
 ぼく達の仕事柄、必ず身に着けておくべき力の一つ、即ち――「土地勘」を養う、訓練だ。
「…………驚いたな」
 ひとしきり確認し終わってから、御剣はしみじみと言った。
「凄いだろ? ここを見つけた時は、ぼくも驚いたんだ。
 ここからだと全部、一望できるんだよ。ぼく達の町の重要な建物が、全て」
「確かに、興味深い場所を知る事が出来たな」
 と、御剣は何度もうなずいていた。
「今後の広域捜査において、現場の所在関係を把握するにあたって、
ここは非常に有益な地の一つとなるだろう。感謝する」
 と語っている様子は、ぼくの見る限り、何とも嬉しそうだ。
「ただ……、惜しむらくは、こうして見る際の角度だな。
 もう少し、上の位置から見る事が出来れば、より一層、広範囲を確認する事も可能なのだが……」
「そ、そう? ぼくはコレでもいいと思うけど」
「いや……。……何より、このような場所に必ず有る物が、ここには無い」
 険しい顔になって、辺りを調べ始める御剣。
「この近辺には見当たらない。という事は……………………。
 こちらか!」
 振り向きざまに掲げた右手の指差す、その先にある物は――。
「やっぱり。有るではないか。……れっきとした展望台が」
 その通り。
 鉄骨を組んで建てられている、細い鉄塔だ。けっこう高い。
「ここから見た限り、望遠鏡も据えてあるようだな。行ってみよう」
 と、歩きだした御剣は、数歩進んでから振り向いて――ぼくに尋ねた。
「どうした成歩堂。……なぜ来ない?」
「い、いや。それがその、実は。
 ぼくの家の家訓として、絶対に高い所にはのぼるなって。親の代から」
 てへ、と歯を見せてゴマカそうとするぼくに向けられている、御剣の視線は冷たい。
「……見えすいた嘘は見苦しいぞ成歩堂」
「え」
「大体ここは、キサマが見つけていた場所なのだろうが。
 にも関らず、あの展望台の情報だけは伏せていた点は、どうにも解せんな」
「いや、その……だって」
 マズい。雲行きが怪しくなってきた。
「や、やっぱり人間は、地に足を付けて生活するべきだと思うんだよね。
 なのに、苦労してあんな上まで行かなくても、この高さで見られる景色で十分ぼくは幸せっていうかその」
 我ながら何を言ってるか分からなくなってる、そんなぼくに向けられている視線が痛い。
「………………。……そうか。そういう事か」
 と、御剣が発した声は、ぼくに対して明らかに――呆れ返っていた。
「曲がりなりにも弁護士が、偽証などするな成歩堂。
 高い所が苦手だというなら、最初からそう言えば良かろうに」
「だ、だ、だ……だって……!」
 今、自分の顔が真っ赤になっているのが、はっきり分かる。
「そんな事、正直に言ったら、間違いなく笑われるだろ!」
「別に、笑いなどしない。
 だが高所恐怖症などという代物は、速やかに克服しておくべきだろう。
 いつか仕事に差し支えるぞ。
 と言うより、たかがあの鉄塔くらいの高さで怯えていてどうするのか」
 なんて正論を、御剣は言ってくるけれど。でも。
「か、簡単に言うなよ! そんな事……」
 どこの誰が何と言おうと、怖いものは怖いんだよ。
「そういうお前だって、振動恐怖で暗所恐怖で閉所恐怖の人間だろ!?」
「私の場合は、10年以上に渡る苦悩ゆえの物だ。
 単なる“好き嫌い”程度に過ぎない、キサマの場合と一緒にするな」
 そりゃ勿論、一緒くたにしちゃいけないのは分かってる。
 でも、それでも。怖いものは怖いんだって。
 一体どうすればココから逃げ出せるかと、考え始めた時。
「あー。こんな所にいたよー」
「やっとお会いできましたね」
 そう言って、やって来たのは、真宵ちゃんと春美ちゃんだ。
「ね。ね。なるほどくん!
 さっき電話で言ってた面白い所って、ここ?」
「う、うん。まあね」
 でも今は一刻も早く立ち去りたいんだけど――と、ぼくが言うより早く、春美ちゃんが声を上げた。
「あ! 真宵さま。あちらに展望台が見えますよ」
「え、本当!?」
 後ろを向いて振り仰いだ真宵ちゃんの顔が、ぱっと輝いた。
「わあ、こりゃ確かに面白そうだねー。――のぼってみる? はみちゃん」
「はい、それはもう! わたくし、展望台、大好きです!」
「よーし。それじゃ早速、皆で行くよ! なるほどくん!」
 …………え。
 ……………………えええぇぇぇッ!? いま何て!?
「ほら、ほら。ボーッとしてないで。早くのぼる、のぼる!」
「あ、その。あの。ぼくは、ちょっと、あの。――み、御剣ッ!」
 さっきから黙ってないで、何とか言ってくれよ!
 半分悲鳴みたいな声になりつつ、ぼくは親友に助けを求める。
 でもこの男に限って、こういう時に助けてくれるわけはなく。
 どこまでも冷静な声で、御剣はぼくに告げた。
「あきらめろ。この日がキサマの、克服への第一歩だ」
 そんな殺生な。
「安心したまえ。私も一緒にのぼってやるから」
 そういう問題じゃない……!
 そう心の中で訴える、ぼくの思いとは裏腹に。
 空は相変わらず、雲一つなく晴れていて。
「ホント、良かったよね! 今日は皆、一緒にいられて」
「はい! 皆さん、仲が良いのは良い事です!」
 などと笑い合っている、真宵ちゃんと春美ちゃんは上機嫌で。
「……たまには良い物かもしれんな。こんな一日も」
 などと呟いている御剣も、きっと気分は良さそうで。
 そんな皆を眺めているのは、ぼくだって、むしろ心地好いと思ったりして。


 ――例えば、こんな休日が、ぼく達の日常。

〈了〉




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