年の終わりに

 考えてみれば。年末年始のこの時期、ウチの事務所が無事に過ごせた事って、
ほとんど無いような気がする。
 必ず何か事件が起こって、ぼく達はソレに振り回されてる。
 でも、よく考えてみれば。そんな風に忙しい方が、少なくともぼくにとっては幸せのようだ。
 何故なら……。
「ほらほら! ドコ行くの? なるほどくん」
 ……やっぱり、逃げきれなかったか。
 コッソリ事務所から出て行こうとしたぼくの前に、真宵ちゃんが立ちはだかる。
 彼女は手に持っていた、掃除用の紙の付いてる棒――何とかワイパーだったっけ?――を、
そばの壁に立てかけてから言った。
「一応、今日は仕事おさめなんだよ?
 今年こそ、この一日で大そうじ、終わらせるんだからね」
「いいよ別に。そんな無理しなくても。仕事おさめなんて、いつでも出来るじゃないか」
「ワケ分かんない事言わない!」
 ………………うぅん、マズイ。これ以上、怒らせたら、後がコワイな。
「わ、分かったよ。じゃ、取りあえずこの辺から」
「うんうん。エライエライ」
 と喜ぶ彼女には悪いけど、ぼくが手を付けるのは、デスクから一番離れた所にある小さな棚からだ。
 自分のデスク周りの整頓だけは、何としても阻止したいから。
 ……けど、そう言えば、この辺りを最後に掃除したのって、どれくらい前だったかな……。
 そんな事を考えながら、棚の裏の隙間にホウキを差し入れてみた時だった。
 ぼくたち二人は、日頃絶対に目にしたくないと願っている物を、目の当たりにした。
 ソレは。色の黒い。艶めいて光ってる。足を動かして触覚を揺らしてる。壁を今カサカサカサと走ってる。
名前がゴで始まる。そんなアレが。一つ、また一つ…………。…………。
「きゃわわああああっ!」
「うわわわああああっ!」
 ソレが何という名前の物か自覚してから。
 真宵ちゃんと、それからぼくの絶叫とが響きわたった。
「な、な、な、なるほどくん! 何とかして! パパパパパッと、やっつけちゃってよッ!」
 と訴える真宵ちゃん。いつの間にか、来客用テーブルの下に、ちゃっかり身を隠してる。
 けど、ぼくとしても、そんな事を言われても。体が竦んで動けない。
 こういう時に限って殺虫剤も、手の届く所に見当たらないし……。
 そんなぼく達の所に加わった、新たな声。
「………………やれやれ。ココはいつ来ても騒々しいな」
「み……御剣!」
 戸口に立っている、ぼくの宿敵にして相棒の名前を、ぼくは呼んだ。
「ど、どうしたんだよお前、こんな時に! 仕事は?」
「検事局での今年の分は、本日の午前中に全処理を終えている。
 キミの方の状況はどうかと思い、それで来てみたのだが――」
 と話し始めたその顔が、不意に厳しく強張った。
 ぼくの立っている方向を見つめたまま、絞り出される低い声。
「…………………………成歩堂」
「はい?」
「そのまま、動くな」
 いったい何で、と訊くのは間に合わなかった。
 それより早く御剣は、流れるような動きで身を翻し、壁に立てかけてあった棒をつかみ取り、
両手に持って、いわゆる正眼の構えから、気合と共に振りかぶって――――。
「!!」
 その時、ぼくは確かに聞き取った。
 カマイタチが、鋭く空気を切り裂く音を。
 ごつっ!と壁を打つ、鈍い音と共に。
 そして、それらの音を耳にした時には、もう全てが終わっていた。
 ぼくの頬から、たった数センチメートル左横を、真っ白な棒――ワイパーが貫いていた。
 首を後ろに向けて壁を見ると、まさにお見事。
 例のアレはワイパーの先で、カンペキに仕留められていた。
「わ……」
 そうだ、確かコイツ、柔剣道や逮捕術とかも修めてるって話してくれた事あったよな……。
 なんて事を思い出しながら、首を前に戻して、改めて御剣の顔を見た――――事を、
ぼくは激しく後悔した。
「ひぃッ!」
 …………ダメだ。完全に目が据わってる。
 今のこの様子に比べたら、凶悪犯を締め上げてる時なんて可愛いもんだ。
 ぼくが怯えきってる事にも気づかず、御剣は血走った目のまま、押し殺した声で訊いてくる。
「潜んでいる敵は、コレで終わりか?」
「そ、それは……」
 正直に言うのは怖かったけど、嘘を言うのはもっと怖い。
「あ、あっちの壁の方にも、まだもう1匹……」
「そうか」
 ゆらり……と体勢を立て直した御剣は、ぼくの指差している方角へ、すぐさま跳んだ。
 その姿は、真宵ちゃん曰く、「スピアーで戦ってるトノサマンみたいだった!」らしい。
 ……………………ぼくとしては寧ろ、鬼や魔神の方に近かったように思うけど。


 その後。
 とにかく事務所には、まずバ○サンを焚くという結論で落ち着いた。
 さもないと、のちのち大変な事態になるという事で。
 パニック状態でワイパーを振り回すサムライ(?)ほど、扱いに困る物は無いってのが、
今回学んだ教訓だ。


「だからね。なるほどくん。もう少し、やった方がいいよ。掃除。
 でないと、そのうち御剣さんに斬り倒されても知らないから」
「…………出来るだけ善処します…………」

〈了〉




二次創作作品群へ戻る

inserted by FC2 system