パラレルワールド・ミステリー

1.

「では、本日はこれにて閉廷!」
 厳かに木槌が打ち鳴らされ、ぼく達は揃って深く一礼した。
 弁護人席に広げていた書類や証拠品をかき集め、いつもの黒い鞄に詰め直し、
ファスナーをしっかり閉めたのを確かめた。
 いつだったか、すぐに帰ろうとして席から離れた途端、全開になってた鞄から中身が撒き散らされた事が
あってから、それなりに慎重にしているつもりだ。
 前の方を見ると、ぼくより手際よく荷物をまとめ、風呂敷包みを手にする御剣の姿があった。
 法廷から去ろうとする背中に、ぼくは声をかけて呼び止めた。
「ありがとう。今回も、きみに助けられたよ」
「………………………………」
 振り向いたその顔は、いつも見慣れた三白眼だった。
「明かされるべき真実が明かされた。キミは得るべき勝利を得た。ただそれだけの事だ」
 でもそれは……と、言葉を返そうと一瞬だけ思って、けれどぼくは口を結んだ。
 今この場所では、余計な会話は無用だと、彼の目がそう語っていた。
 だから、ぼくは別の言葉を告げた。
「また、会おうな」
「………………フン」
 軽く鼻を鳴らしてから、ぼくの今日の“敵”は、靴音を高くして出て行った。
 ぼくは暫くその行く先を見やっていたが、ふと視線を回すと、真宵ちゃん(ぼくの助手だ)もまた、
どこか遠くを神妙な顔で見つめていた。
「真宵……ちゃん?」
「………………うん、…………そうだね」
 消えるような小声で、そうつぶやいてから、はっと我に返ったように、ぼくの方に顔を向けた。
「え? なるほどくん、今何か言った?」
「あ……ああ、いや、別に」
 あまり大きな声では言えないが、真宵ちゃんには、この世界とは違うもの――いわゆる霊と
関われる力がある。
 近頃その能力は一段と強まって、場に留まっている“彼ら”を感じる事が増えたらしい。
 今も恐らく、ぼく達には知り得ない誰かと触れ合っていたんだろう。
 ぼくは素早く首を振ると、話題を変えた。
「それにしても、今回もどうなる事かと思ったよ」
「うんうん。今日もホント凄かったね。あたし、もうビックリしっ放しだったよ!」
 帰り道で、そう笑う真宵ちゃんは、霊媒師の顔から、普通の女の子のそれに戻っていた。
「それに御剣さん! アレは迫力あったなあ。あんな派手に暴れ回ったトコ、初めて見たもん」
「まあ、確かにね」
 まさかアイツが検事席を飛び出して、証人の身体を、文字通り揺さぶるとは思わなかった。
 もっとも、その証人がよりによって、例のオバチャンだったんだからこそなんだけど。
 振り返ってみれば、御剣はこの度の事件で、とことん運が悪かった。
 事件そのものも複雑だったけど、厄介事がもう一つ。
 例によって例の如く、我らが悪友・矢張のせいで、ぼく達はとんでもない女の人との修羅場に
居合わせる羽目になったのだ。
 中でも御剣は、矢張と名前を取り違えられたとかで、色恋沙汰が刃傷沙汰になりかねないところだった。
 ぼく達にはあまり縁がないけど、世間の同姓や同名の人たちだと、あんなトラブルはもっと多いだろう。
 それに御剣のやつ、ぼくの見る限りだと、要らぬ出費もしてたよなあ……今回。
 お節介と言われるかもしれないとも思いつつ、ぼくはその日の夜、御剣と連絡を取った。
 向こうはこっちと違い、次の仕事が立てこんでるのか、なかなか携帯電話はつながらなかった。
 今時の人間なら、メールでも使えばいいのかもしれないけれど、ぼくはああいうのが根本的に好きじゃないし、
御剣の電話機にはそもそもメール機能が付いてない(!)。
 というわけで今日も結局、ぼくの着信を知った御剣の方から電話が返ってくる形になった。
「……………………法廷では、すまない事をした」
「え?」
 そう口火を切られて、ぼくは独り、目を瞬かせた。
「いかに友人であっても、あのような公共の場で、検事と弁護士が馴れ合うべきではない。
 しかし、もう少々、余裕を持っていても良かった。以後、気をつける」
「い……、いやいやいや! 別にこっちはそういうつもりで電話したんじゃないよ」
 放っておいたらどんどん会話を先回りされそうな予感に、ぼくは大慌てで言い返した。
「お前の言うように、あそこで急にべたべたしても変だしさ。
 打ち上げなら、日を改めてした方がいいって、ぼくも思うよ」
「打ち上げ?」
「うん。事件解決を祝してって事で。積もる話もあるだろ、お互い」
「そうだな。キミには、最近の弁護士協会の動向において、質問も幾つかある。
 例えば、ここの地域と政府中央との関係は今どうなっているのか。検事局とは仕組みが異なるようだしな」
「そ……、そうか。覚えとく」
 そっちの期待に沿えるかどうかは、一切保証できないけど。
「あ、あのさ。それで、落ち合う所なんだけど。先週見つけた、いい店があってさ。
 お前好みの……イタリアンってやつか。とにかく、味は悪くない」
「店名は?」
「ええと、『ピアット・ウニコ』って言ったと思う。駅のすぐ近くにあって」
「……? 待ちたまえ。もしやキミが言っているのは――」
 御剣が尋ねてきた駅名に、ぼくは目を丸くした。
「それ、それだよ! そこが最寄り駅で合ってる。
 何だ、やっぱりお前、もう知ってたのか」
「私には以前から馴染みの場所だ。キミこそよく見つけたな。意外に見落とされる穴場だと思っていたが」
「そう? 駅を出たら看板が見えるじゃないか。案内に従っていけば簡単だよ」
「そうなのか。このところ、あちらには出向いていなかったからな。久しぶりに行くのも一興かもしれん」
 少しずつ、朗らかになっていく声。
 ぼくとしても意外な展開だった。
 ホント、世間って狭いもんだよな。
「これなら、わざわざ駅で待ち合わせなくても良さそうだね。直に店に行ってくれて構わないよ」
「その方が助かるな。ならば早めに日取りを決めよう。予約は私がしておこうか?」
「予約? ……ああ、そっか。万が一、満席だったらマズイもんな」
「万が一も何も、それが常識だろう。いきなり店に押しかけてどうするのか」
「はいはい。かしこまりました。ぼくが責任を持って問い合わせておきます」
 こういう時、相手の育ちの良さを思い知る。
「まあ今回は、全部ぼくに任せてよ。精々がんばって奮発するから」
「奮発、というが……。本当に大丈夫か?
 ランチならまだしも、あの店のディナーをキミに賄えるのか?」
「失礼な。誘う方が予算知らないでどうするんだよ。それこそ常識だろ」
 そこまで心配されると、逆に不安になってくる。
 だから、ぼくは程々のところで話を打ち切った。
「とにかく。お前は余計な気を回さなくていいから。まずは日時を決めちまおう。
 ぼくは来週なら夜は全部空いてるけど……」




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