3.

 翌朝、寝床から起きた時、どことなく頭が重かった。
 暫く原因を考えて、やがて、これが二日酔いだという事を思い出した。
 ぼくにしては珍しく、ひどく悪酔いしてしまったようだ。
 悩み事を忘れるために飲むお酒というのは、この世で最も不味い物の一つだ。
 いくら飲んでもちっとも気分が晴れないし、だから身の程を弁えずに飲みすぎてしまう。
 それでもあのくらいの量は、普段のぼくなら何て事ないはずなのに。
 あんまり眠れてない気もするけど、ぼんやりしている暇はない。
 顔を洗って身支度して、ひとまず意識を完全にリセットした。
 御剣に出くわしたら、また一悶着あると思うけれど。それは、そうなった時に考えよう。
 いつだったかのように、お互いに延々と迷って悩んで苦しむのは御免だ。
 もっとも、今日は外回りを中心にこなすから、会う確率は高くないだろう。
 事件の多い繁華街ならまだしも、今こうして歩いてるこの辺りは、静かな住宅地みたいだし。
 けど、もしも、ばったりと鉢合わせしたら?
 人目があるから大事(おおごと)にはならないと思うけど。
 って、ああもう、だからそういう無駄な事は考えない考えない考えない……。
「……ねえ、ねえ、なるほどくん。なるほどくんってば!」
「へ!? あ、え?」
 はたと我に返って顔を上げた。
 地図を持ってる真宵ちゃんが、ぼくに首を伸ばして尋ねてきていた。
「もう。なるほどくんたら。この道で合ってるかな?って聞いてるのに、黙ってどんどん先へ行っちゃうんだもん」
「あ、ああ。ごめん。ちょっと見せて」
 ぼくは真宵ちゃんに謝ってから、町並みと、地図の目的地を見比べた。
 我知らず、舌を鳴らしてしまった。
「まずいな。いつの間にか、駅の反対側に来ちまってる。こっちの道から逆に曲がっちゃったんだ」
「ええっ、ど、どうしよう!?」
「そうだな。例えば、こっちから行っ……ても、また迷うか。
 差し当たって、駅まで直接戻ろう」
「うん、分かった!」
 二人で細い路地を通り抜け、駅前の大通りを目指して歩く。
 真宵ちゃんは、きょろきょろと周りを見ながら、弾んだ声で言った。
「そう言えば、この駅の反対側って、今までほとんど来た事ないよね。どんなお店があるのかな」
「お店……か」
 ぱっと見、民家ばっかりしか目につかないけどな。
「あ、あったよ、あったよ、なるほどくん。こんな所にスパゲッティ屋さん発見!」
 って。その言い方だと、他の物は何も売ってないみたいになると思う。
 一見、他の民家と同じように見えるそのレストランの、窓ガラスに貼られているメニュー書きを、
真宵ちゃんは食い入るように見つめていた。
「いいな、いいな。どれも美味しそう。なるほどくん、あたし今日、ここでお昼食べたい」
「そう、言われてもねえ」
 同じように眺めてみたぼくとしては、苦笑いを浮かべるしかない。
 日頃ぼく達が食べてる店とは、値段の桁が一つ、下手したら二つ違う。ランチが既にディナーのレベル。
ディナーコースに至っては、ぼくの家の食費……の、何週分になるか、正確に計算したら
泣きたくなるからやらない。
 ぼくは窓ガラスから離れて顔を上げ、まだ未練のあるらしい真宵ちゃんを呼んだ。
「さあ、真宵ちゃん。まだお昼までには時間あるんだし、行くよ」
 まったく、こんな並外れたお店なんて、どんな天上人が入るのやら。
 見れば見るほど、年季の入った老舗なのがよく分かる。
 屋根にある看板の店名からして、小難しい筆記体?で斜めになってて。
「…………………………………………え」
 ぼくはもう一度、店名を黙読した。
 その次は、店名を声に出して、一文字ずつ読んでみた。
「ぴ……あ……と……う……に……こ」
「ん? どうしたの、なるほどくん」
 真宵ちゃんは、屈んでいた体をぴょんと起こして、ぼくと同じように、店名を読み上げた。
「へえー、このお店も『ピアット・ウニコ』って言うんだね。
 なるほどくんが教えてくれたのと同じだけど、ここもチェーン店なのかな?」
「……それは……ないんじゃないかなあ……」
 呆然と答えているぼくの頭は、沸騰を通り越して蒸発しかかっていた。
 そうだよ。そうだ。
 ヒントは最初からばら撒かれていたんだ。
 アイツは言ってた。
 「以前から馴染みの場所」って言ってた。
 「久しぶりに行く」って言ってた。
 ぼくの見つけた店は、まだ開店してから一ヶ月と経っていないのに。
 アイツは言ってた。
 値段が高いって言ってた。
 予約が要るって言ってた。
 そりゃそうだ。
 ぼくだったらこんな店、逆立ちしたって選ばない。
 いざ行ったら一生ものの思い出だ。
 もっと言うなら、答えは最初から目の前にあった。
 謎を解く時に、いつも気をつけてる事じゃないか。
 互いの意見がムジュンしていたら、まずは「どちらも正しい」と考えるべきなんだ。
 同じ名前を取り違う、同姓同名は、人間だけに限らない。
 そんな、当たり前といえば当たり前の前提を、ぼく達はスタート地点の時点から、勘違いして
しまっていたんだ。
 せめて、直に会って時間をかけて話し合っていれば、こんな失敗もなかっただろうに。
 けれど、まさか、よりによって、いくらなんでも。
 現実的にあり得るのかよこんな事!?
 ともあれ、全てのわだかまりが解けた、次の瞬間。
 ぼくの全身は棒になってしまったかのように強張った。
「あーーーーーーーーーーーーッ!!」
「きゃ!? 何、何、なるほどくん。急に。
 ニワトリが引っくり返ったみたいな声出して」
 ぼくの絶叫を評して、真宵ちゃんがよく分からない事を言ってくるけど、そこにツッコミ返してる余裕もない。
 だって、今ここでぼくが気づけた結論に、御剣が気づけないはずがない。
 一刻も早く穏便に済まさないと……。
 そう焦っていた端から、懐の携帯電話が鳴った。
 表示されているのは、イトノコさん――御剣と組んでる刑事さんの名前だ。
「も、もしもし?」
「アンタ! 御剣検事に一体何したッスか!?」
 噛みつくような叫び声とはこういうのを言うんだろう。
 電話機から耳を離していても聞こえてくる。
「検事が、今いきなりぶっ倒れたッスよ!
 腰抜かしたまま、なるほどうが、なるほどうが、ってブツブツ言ってて、全然動かないッス!
 さてはアンタが、検事に何か妙な真似を」
「あ、あの。イトノコ刑事。一つ聞きたいんですけど」
「何ッスか!?」
「今どこに居ます? もしかして、駅前の『ピアット・ウニコ』ってレストランじゃありません?」
「よく分かるッスね。今、店の前ッスよ。聞き込みの途中で、ランチの半額セールやってるって
貼り紙が見えたから、それを検事に教えたら、検事が……検事がッ!」
 ………………遅かったか。
 あの店、窓ガラスにも大きく店名が書いてあるから、嫌でも目に入るんだよな。
 ひょっとしたら、受けたダメージはぼくより上かもしれない。
「え!? 何ッスか検事? 聞こえないッスよ。詫びる? 何で検事があの弁護士に!? 御剣検事!?」
 イトノコさんはイトノコさんで、もうぼくに構ってさえいられない様子だ。
 大声を電話越しに聞いているのが、何とも歯がゆかった。
 そう思っていた時、背広の袖をぐいと引かれた。
 見ると真宵ちゃんが、ぼくを前の方に引っぱっている。
「なるほどくん、見に行った方が話が早いよ! 急いで御剣さん達のトコ行こう!」
「あ、うん!」
 ぼくは電話機を握ったままで、走る真宵ちゃんを追って駆けだした。



 ぼく達が学んだ教訓。
 待ち合わせる場所は、道順含めて正確に。
 どうか、ぼく達のような災難に遭う人がいない事を、心から祈っています。
 参った。

<了>




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