逆転の鎮魂歌(レクイエム)  (出題編)

1.

 曖昧だった意識が覚醒する。
 思い浮かぶのは、暗闇での悲鳴、痛みと熱、眩しい光、そして――。
 目を覚ました彼は、ゆっくりと景色を見回した。
 窓から陽の光が届いている。
 どうやら、事務室の床に座りこんでいるようだ。
 無意識の内に顔に手を当て、眼鏡をかけてない事を知った。
「おや……?」
 出した声に、更に違和感。明らかに高い。これは自分の声ではない。
 立ち上がると、デスクに紙が一枚置かれているのを見つけた。
 どこか角ばった文字が、縦書きに並んでいる。
 それは、彼に宛てられた手紙だった。



 はじめまして。
 あなたがこの手紙を読んでいるのなら、ぼくの儀式が成功したという事です。
 この度、ぼくはあなたに、自分の体をお貸しする事を思い立ちました。
 あなたは、これから起きている間、自由に行動する事ができます。
 ぼくの計算では、長くて12時間くらい大丈夫のはずです。
 本当はもっと準備したかったのですが、ぼくの条件が一番整うのが今日なのだそうです。
 あなたには、ある人と会ってもらいたいのです。
 あなた達には、会って話をする権利がある。
 今のぼくは、あなた達を会わせる能力を持っている。
 あいつの事だから、この部屋で待っていれば、すぐに会えると思います。
 どうか良い一日をお過ごし下さい。                          成歩堂龍一

 追伸 あいつは霊媒を嫌ってるから、そういう説明は難しいかもしれません。
     その辺でよろしく。




 ……何だこれは。というのが率直な感想だった。
 最後に書かれた「霊媒」という単語がまた胡散臭い。
 それに、体を貸すという事は、この体は自分の物ではないのか。
 彼は半信半疑で、壁に張られた鏡の前に立った。
 黒い髪、自分よりやや年下の顔が映っていた。
 まるで知らない男だ。服の襟にあるバッジから、自分と同じ弁護士と思われるが。
 そもそも、この手紙の「ある人」とは誰だろう。
 彼が会いたいと願う人は、強いて挙げれば一人。
 大切な息子くらいだ。
 果たして、今どこでどうしているのだろう。自分には知る術もない。
 憂鬱な気持ちになりかけた時、ノックの音が響いた。
「居るのか成歩堂? 入るぞ」
 開けた扉から現れた男の顔に、彼は目を吸い寄せられた。
 考える前に、口から言葉が出てしまっていた。
「怜侍!?」
「む?」
 呼ばれた男――御剣怜侍は、眉間のシワを深くして問い返した。
「今、何と言った? もう一度言ってもらえるか、成歩堂」
「あ……」
 そうか。彼らは下の名前で呼び合う関係ではないのだ。
 彼は咄嗟の機転で、掛け時計を指差した。余った手で、持っていた手紙を左ポケットに隠しつつ、
穏やかに言った。
「ほら、まだ『零時』過ぎなのに。……御剣、が来るのが早くて驚いたのだよ」
「それを言うなら『正午』過ぎだろう。やれやれ、時刻通りに訪ねてもなお早すぎると抜かすか」
「時刻、通り?」
「先週、久しぶりに電話が来たと思ったら、いきなり言ってきたのではないか。
 たまには私のプランで街を回りたいと。
 私の趣味でキミが満足できるとは思いがたいが、約束した以上、果たさねば座りが悪い」
 怜侍は腕を組み、顔を逸らして言った。
 考えるに、成歩堂氏は、怜侍と親しい友人なのだろう。
 そういえば昔、怜侍がそんな名前の子を紹介してくれたような気がする。
 それにしても、と彼は今一度、久方ぶりの我が子を見やった。
 背が伸びた。180cmに近いだろう。均整の取れた体つきから、鍛錬を欠かしていないとよく分かる。
若干、目つきが険しいのは気になるが、当時の面影はしっかりと残っている。
 そんな風に感慨深く眺めていたら、怜侍は怪訝に見返してきた。
「いったい何だ。ひとの顔をジロジロと」
「す、すまん」
 正直に言いたい気持ちを、何とか抑えた。
「では行くぞ。道路事情にもよるが、急いだ方がいい」
 そう言い放つと怜侍は、軽やかに部屋を出て行く。
 その背中を彼も追った。




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