2.

 御剣はいつも通り、赤の愛車を順調に走らせていた。
 そのつもりなのだが、その割には、助手席の成歩堂が挙動不審だった。
 視線どころか体ごと動かして、車内を隅から隅まで見ようとしている。
 シートベルトをしていなかったら、後部座席へも行きそうで、運転する側としては気が散って仕方ない。
 思えば、事務所を出た頃から、どこか怪しい動きだったが。流石にひどい。
 たまりかねた御剣は、赤信号に合わせて抗議した。
「成歩堂。私の車に、何か問題でもあるのか?」
「え? いや、そういうわけではないのだが」
 成歩堂は、はたと我に返ったように答え、席にかしこまった。
「ただ……まさかお前が、このような車を、こうも転がすようになったなんて。
傍から見ていて心配になるというか」
「そうか? 別に今日も、普段と変わらんつもりだが」
 極端に慎重になっても、モチロン軽率になってもいけない。平常心でいるのがドライバーの義務だ。
「ともあれ、キミも自分で運転しようと考えているならば喜ばしい。
 免許を取る予定が立ったら知らせてくれ。相談に乗ってやってもいいぞ」
「ん? ……何だ、車には乗れんのか。わた……ぼくは」
「は?」
 何を言っていると問いただす前に、信号が変わった。
 成歩堂は、今度は小声で、「今時は……」やら「時代か……」やら独り言を続けている。
 御剣の様子など、目に入っていないようだった。
 そうこうする内に、駐車場に着いた。
 降りて歩き、ふと振り向くと、成歩堂がいない。
 戻ると成歩堂は、何故かリアタイヤのそばに屈んでいた。
「何をしている?」
「……どこも綺麗なものだな。メンテナンスも全部お前がやってるのか」
「それは。まあ、している」
 トランクには、修理用の工具も一通り入れてある。
 何があってもいいようにと、子供の頃に教わったものだ。
「誠に結構。お前は昔から几帳面だったしな」
 立ち上がった成歩堂は、御剣に歩み寄ると、首を傾げた。
「そういえばお前、ここにバッジはしていないのか。……ぼく、のような」
「前にも言わなかったか? 今の検事バッジは慣習的な物だ。
服に付ける事は、少なくとも我々には一般的でない」
「検事!?」
 成歩堂は、大きな声で繰り返し、御剣に詰め寄った。
「ちょっと待て。お前、今、検事なのか!?
 昔は弁護士になると、あんなに言っていたのに、どうして」
「そ、そちらこそ待ちたまえ。何故そこでそこまで驚く」
「驚くも何も、だってお前は」
「……本当に、電話で言っていた通りだな」
「え?」
 御剣は、眉間を押さえつつ言い渡した。
「今日も徹夜明けなのだろう? 最近ロクに眠れてないから、勘違いを言うと思うが気にしないでくれと」
 もしそれを聞いていなかったら、とっくに病院にでも連れて行くところだ。
 成歩堂は暫し、ぽかんとした顔をしてから、手を打ち合わせた。
「あ……ああ、そうなんだ! 急な依頼に手こずってしまってね。頭が働かないのだよ。
今日が何年何月何日なのかも自信がなくて、さ」
「社会人ならばカレンダーくらい見たまえ。まったく」
 これでは一から話してやらねばならんようだ。
 忘れっぽいにも程がある。
 御剣は肩を竦めてから、成歩堂に訊かれるままに答え始めた。




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