4.

 書店を含め用事を済ませ、御剣は所期の目的地に成歩堂を案内した。
「ここは……コンサートホール?」
「私がひいきにしている所だ。今日のバイオリニストは、キミでも興味を持てると思う。
クラシックは有名な曲が選ばれているし、バラエティ曲も豊富だからな」
 御剣としては最大限のリサーチによる最適解だった。
 もっとも、これほど難儀して調べても、その辛さは成歩堂に伝わるまい。今まで何度、
厳選したレコードを聴かせても、虚しい結果しか出ていないのだ。まして疲れているなら尚更だろう。
 賭けてもいい。この男は開始5分で沈没する。せめて、いびきなど立ててくれない事を祈るばかりだ。
 御剣は、隣の席の成歩堂を見やりつつ、吐息をついた。
 しかし。御剣は結局、予想が大きく外れた事を思い知った。
 成歩堂は眠るどころか、カンペキな態度で鑑賞に臨んでいた。壇上の調べに、
ゆったりと聞き入る様は、堂に入っていた。逆に御剣の方が、意外すぎる展開に畏縮してしまったほどだ。
 演奏を聴き終え、観客が散り始めた場内で、成歩堂は感嘆交じりにつぶやいた。
「いいね……いつの世も。音楽という物は。文化の極みだ」
「そうだな。キミがそれほどまでに感動してくれたなら、私も鼻が高いが」
 どうにも気になる。
「成歩堂。キミは徹夜明けではなかったのか?」
「?」
「だから、てっきり熟睡するだろうと、私は危惧していたのだ。
 それがフタを開けてみれば、まさか立って拍手までするとは、どういう心境の変化を」
「あ、ああ……、そうだったか?」
 しきりと顔の前に手をやりながら、うろたえる成歩堂。
「ええと、何かさ。素晴らしい物を聴かせていただいたら、疲れも吹き飛んでしまったというか。
あの、演奏している人、もうお年なのに迫力があって、その、凄いなあと」
「確かにあの方はベテランだが、年寄り扱いするのは失礼だぞ。
あのように毎回、新たな挑戦をなさっているのだ」
「うん、そうだね。まだまだご健在でいてくれないと」
 言って成歩堂は、満足げに笑う。
 その素直な笑顔にほだされ、御剣は矛先を下ろした。
 せっかく善い経験を得たのに、無闇に荒立てるのも野暮だ。
「まあ、何にせよ。今日はある種の記念日だな。
 キミが芸術を評価できるようになったという意味で」
 御剣は、会場出口付近の窓口へ足を向けた。成歩堂も行列に続いた。列の先頭となるテーブルには、
物販の品が多く並んでいた。各種のダイレクトメールを申し込む、記帳の用紙も見て取れた。
 御剣がCDの1枚を選んだ時、成歩堂が横から覗きこんできた。
「それ、買うのか?」
「今日演奏された曲が入っているからな。その方がキミも理解しやすかろう。
いい機会だから、キミも何か買いたまえ」
「いや、止めておく。ぼくはこういうの、あんまり分からないから。御剣が買ったので充分だよ」
 私から借りるのが前提か。
 御剣は、会計を済ませつつ苦笑した。
 もう一度、物販を見渡してから、気づいて尋ねた。
「しかし成歩堂、本当に何も買わんのか? 例えばあの」
 言おうとした台詞は途中で切れた。
 レシートを受け取り損ね、床に落としたのだ。
 いけないと思ったその直後、成歩堂がひざまずいた。
 成歩堂は用紙を素早くつまみ、御剣の手に押しつけた。
「ほら、これでいいだろ。よく見ろよ」
 成歩堂はくるりと背を向け、行列から離れて行った。 
「……………………ああ」
 御剣の視線は、成歩堂の後ろ姿を捕らえて離さなかった。
 まるで、標的を射抜く矢のように。




next

二次創作作品群へ戻る

inserted by FC2 system