桜の花、咲く頃。

1.

 四月半ば。
 この季節になると、大学生の長い春休みも、もう終わりだ。
 新学年への気持ちへと切り替わる。
 と言っても。ぼく達3回生辺りは、一番平和かもしれない。
 まだ慣れてない新入生や、進路を控えた卒業年次生に比べれば。急いでやらなくちゃいけない事は、
本当に少ないからだ。
 せいぜいこうして、空いている広い教室の席に座って、今年の時間割を組むのに悩むくらい。
 ぼくは、鉛筆を動かしながら、近くの席にいる相手を見やった。
 いつもよりは真剣な顔で、でも鼻唄交じりにペン先を走らせている、ぼくの友達(というか悪友)。
 薄手のジャケットを羽織ってる様は、ぼくの目には少し肌寒そうに見える。
 ともあれ。二人それぞれしている作業を、先に終わらせたのは、ぼくの友達の方だった。
「よし! まあ、こんなモンだろ」
 ペンをテーブルに投げて息をつく友達に、ぼくは笑って言葉を返す。
「早いね。今年も」
「おうよ! オレ様の今年のモットーは、何事も『安い早い上手い』だからな!」
「へえ……。凄いねソレ」
 って、確かその言葉、あの通りのラーメン屋の張り紙に書いてあった気が。
「で? そういうオマエはどうなんよ? 成歩堂。まだ終んねえのか、時間割」
「んーとね……。もう、ほとんどは出来てるんだけど。
 コレ以上は直せないかなあ、どうしても」
 短くなった鉛筆を口許にやって考えているぼくに、ぼくの友達は、
「どれどれ?」
 と、ぼくの紙を取り上げた。
「そうよなあー、どうせなら上手いコト済ませたいもんな。
 でもオマエ、必修は確か落としてねえし…………………………って」
 紙を見ていた目が、急に大きくなった。
「何じゃあコレはっっ!!」
 大教室に響く大音声に、食事中の生徒たちが振り返る。
 実際ぼくも驚いた。
 けど、ぼくの友達はもう、そんな事を気にするどころじゃない様子で。
「何なんだよ、オマエ! このデタラメぐちゃぐちゃ一直線な時間割は!」
 そう言って息巻いて。ぼくの顔の前に、表に返した紙を突きつけてくる。
 …………………………あ。まさか、もしかして……。
「やった! もう1単位増やせそうだ。ありがと教えてくれて――」
「そういう次元の段階の話じゃねーよッ!」
 何故か、より一層、キツイ口調で怒鳴り返された。
「オマエなあ……。ココは小学校じゃねーんだぞ。
 一体全体ドコの世界に、ここまで“全コマ”埋めてる奴がいるんだよ?」
 ああ…………。そういう事か。
 やっとぼくは、相手が興奮している理由を悟った。
 目の前の紙、つまりぼくの書いた時間割には、1週間のほぼ全コマ――全曜日・全時限に、
何らかの授業が組みこまれている。
 確かにコイツの言うように、こんな予定の組み方は、普通の生徒のする事じゃない。
 いくら何でも詰めすぎだ。
 だけど、ぼくの場合は……。
「だって。そうしないと間に合わないんだよ」
「あん?」
「1ヶ月でも1日でも、早く卒業できる状態にならなくちゃいけないから。
 まとまった時間を取って、本格的に勉強を始めるためにね」
「って、ソレって何の」
「……? 
 あ、そうか。お前にはまだ、ちゃんと言ってなかったんだっけ」
 もう、とっくに言ったものだと思ってたから。
 ぼくは、友達の目を見て、言った。


「弁護士になるんだよ。ぼく」


 言った瞬間。
 ぼくの友達は、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
 数秒ばかり経ってから。またも大声で叫ばれた。
「べ。べ。べ。…………べんごしッ!?」
 何度も繰り返されてる大騒ぎに、怪訝な顔をする生徒も出始めた。
 ちょっと恥ずかしい。
 ぼくの友達は、両拳を握りしめて、ぼくに迫ってくる。
「お、オマエ。自分の言ってる意味、分かってんのか?
 弁護士って言ったら、アレだろ?
 エライ会社のエライ人の仕事に関わったりして、スゲー金稼ぐ」
「いやいや、そうでもないよ。
 確かに民事担当だと、顧問になるとかも有るけど。
 ぼくが目指すのは刑事の方だし」
「って。何でそこで『ケージ』が出てくんだよ。刑事だったら警察じゃんか」
「あ、そうじゃなくて。その、だから、ええと…………」
 弱ったな。まだ細かいこと分かってないのに。
「ちょ、ちょっと待って」
 今、調べるから。
 席を立って、持って来ているバッグに手を入れた時。
「あーあ。騒がしいから、まさかと思えば……」
 知っている声に振り向くと、1学年上の先輩たちが、廊下から首を伸ばしてぼく達を見ていた。
「おい。成歩堂。んなトコで騒いでるヒマあったら、戻って来いよ。劇団」
「悔しいけど、お前いると客入り違うんだよ。ホラ、前説とかさ」
「弁護士なんて無茶だって。特にお前みたいのが」
「そこ、横の奴。幼なじみなんだろ? だったら説得してくれよ、ソイツの事」
「今年の新歓コンパはスゲーぞ。いい店とってるから。オゴるし」
 それぞれに、好き勝手な事を言ってくる。
 その言葉たちを全部聞き流してから、ぼくは答えた。
「…………あのですね。そういう事は、もう全部、話し終わったはずですよ?
 そう。誰が何と言おうとも、何が何でも絶対に……」
 ゆっくりと左腕を掲げ、指を向けてキッパリと告げた。
「ぼくは、弁護士になる!」
 静まり返っている部屋の中、ぼくの声だけが響いた。
 反論してくる相手は居ない。
「なあ……成歩堂よォ」
 ぼくの友達が、どこか呆れたような声をかけてきた。
「オマエ。カッコつけるのはいいけどさ。
 アイツらが出て行っちまってからじゃー遅いだろ。いくら何でも」
「……………………いいんだよ。こういうのは、言う事自体に意味があるんだから」
 ぼくが、ぼく自身に言い聞かせるために。
「けど。アイツらの言う事にも一理あるぜ? 何で弁護士なんだよ。
 ホントなら法学部受験とかするだろフツー。後は専門の学校に行くとかさ」
「だから、それじゃもう遅いんだってば」
「だから、いったい何が」
「ソレは……」
 思わずつられて、話し出しそうになった時。
 終業のベルが鳴った。
「! いけない!」
 今日は、少し早めに行こうと思ってたのに。何やってんだよぼくは。
「ゴメン。ぼく、もう行かなきゃ。彼女が待ってる」
「彼女……ねえ」
 しみじみとした顔で言う、ぼくの友達。
「今日も一緒にお弁当、か?」
「まあね」
「そんなに可愛いって言うなら、今度こそ紹介しろよ。その娘。
 ダブルデートの手配くらいしてやるぜ?」
「はいはい」
「あと……そうだ。今夜の事も忘れんなよ成歩堂。まず先に、オレの彼女に会わせてやるから」
「分かった分かった」
 ぼくは生返事を返しながら、荷物を片付けて席から離れた。




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