3.

 それで。
 約束していた夜桜見物の時刻になったのは……良いんだけど。
「………………だからよォ、オレはその時ガツンと言ってやったわけよ。
 『アンタ、その子の何なのさ!』って。
 な? 分かるだろ? その時のオレの気持ちってやつが。な?」
「……ああはいはいはい、分かる分かる分かる」
 さっきから何度目だろう。コイツとぼくの、この会話。
 どうやらぼくの悪友は、例によって例の通り、見事にフラれたらしく。
 何たって、
「飲め。何も訊かず飲め」
 開口一番そう言って、買いこんで来た(らしい)お酒を、ぼくに押しつけてきて。
 よって止むなく、ぼくは今こうして、コイツの泣き言に付き合っている次第。
 そうやって、じっとして長話を聞いていると、思わず体が震えた。
 彼女が昼間に言っていた通り、吹く夜風は少しずつ冷えてきていた。
 ダメだ。こんなんじゃ、我慢してたら風邪ひいちまう。
 別に飲みたい気分でもないけど。とにかく暖を取らないと。
 ぼくは、自分の持って来ていた分のお酒――珍しい名前だったから買ってみたやつ――の口を開け、
飲み始めた。
 …………うん。思ってたよりも美味しいや。一応、当たりかも。
「……あんだよ、成歩堂。オマエが飲んでるソレ……茶じゃねえのか?」
 すっかり赤い顔になっている、ぼくの友達は、ぼくの飲んでいる物を見つめて言った。
「ったく。オマエも付き合い悪ぃな。オレが飲めって言ってるのに」
「そんな。違うよ。コレも、れっきとしたお酒です」
「ウソつけ。そんな形の缶、オレ見た事ねえもん」
「だったら、お前も飲んでみろよ。結構いい味だから」
 ぼくは、余分に買ってあった分を差し出した。
 あくまでも、心からの親切のつもりで。
「どれどれ……?」
 そう呟きつつ、ぼくの友達は、何の気なしに中身を飲み乾した。
 その、数秒後。
「ぶへぇッ!!」
 わ。何だよ急に吹き出して。
「何じゃあコレはっっ!! オマエ、オレのこと死なす気か!?」
 ケイレンしながら、血相を変えて詰め寄ってくる、ぼくの友達。
「ど、どういう意味だよソレ。たかがお酒を渡しただけで」
「こんなモン、酒じゃねえ! まるっきり消毒薬だ! エタノールだ!!」
 そこまで言うか。
「って言うかオマエ、こんな殺人的なモン飲んで平気な顔してるなよ!
 騙される側にもなれってんだ!」
 だから。もともと騙すつもりなんか無いって。
「よし! オマエがそのつもりなら、オレ様も本気で行ってやる!
 今夜は飲む! 飲むぞーッ!!」
 って。
 そもそもぼく、お前と勝負してるつもりも無いんだけど。
 という、ぼくの異論が、目の前の酔っ払いに聞き入れられるはずも無く。
 もはや諦めの境地で、ぼくは深々とため息を吐き出した。
 今夜は徹夜だ。


 結局。
 ぼくは一晩中、悪友のヤケ酒に振り回された……と思う。
 と言うのも、実のところ、いつまで起きていたのかさえ覚えてなくて。
 自分のクシャミで目が覚めたら、もう朝になっていた。
 せっかくセーターで厚着していても。前後不覚になるまで酔った上で、眠りこんでいたのだから堪らない。
 先に起きたらしい友達には置いて行かれ、たった一人でぽつねんと、クシャミを繰り返す、風邪っ引き。
 ソレが、その時のぼくの身の上だった。
 …………いくら何でもマヌケすぎる。こんなトコ、ひとに見られたら大変だ。
 ぼくは、急いで身の回りを片付けた。
 立ち去ろうとして歩き始めて、ふと気になって、ぼくは後ろに振り仰いだ。
「また来年……見に来るからな。皆で」
 今も、はらはらと散っている大木と、約束してから。
 ぼくは独り、駆け出した。


 そう。この貴重な時間、1秒だって無駄には出来ない。
 考えこんで悩むのは後でいい。
 今のぼくには、立ち止まっている暇なんて、無いんだから――。

〈了〉



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