SF談義を一席。〜時間を語る〜
成歩堂「あー……疲れた。結局ムダ足になっちまったよ、もう」
御剣「戻って来て早々、何事だいきなり。ひとに留守を預けておきながら」
成「イヤその。限定品のコップを代わりに買っといてって、真宵ちゃんに頼まれてた事、
すっかり忘れててさ」
御「ああ、そういえば先日、異次元がどうこうとキミに話していたな。して収穫は?」
成「ぼくが店に入ったら、ちょうど最後の一個が、他の人に買われた時だった……」
御「タッチの差、というわけか。自業自得だな」
成「ソレは分かってるけど……それにしても悔しいな。何で忘れてたんだろ。
もしもタイムマシンがあったら、昨日のぼくに会いに言って忠告してやれるのに」
御「ほう、これはまた意外だな。まさかキミの口から、そのような単語が出るとは」
成「どういう意味だよソレ。ぼくだってタイムトラベルものの映画ぐらい知ってます」
御「更にさかのぼれば、源流は小説だ。ウェルズ、ハインライン、それに筒井……」
成「あ。その辺は別にいいよ、御剣。聞くだけでアタマが痛くなってくるから」
御「やれやれ……この程度でギブアップか? キミの本嫌いも相当な物だな。
タイムトラベル――時間移動の論は、思考実験においては優良な素材であるのに。
少々語るだけでも、キミの大好物がいくらでも顔を出してくるしな」
成「大好物?」
御「決まっているだろう。時間移動には付き物の、タイムパラドクス――矛盾だ」
成「ムジュン……。例えばどんな?」
御「例えば……そうだな、今し方キミが述べた話に合わせれば……。
これからキミがタイムマシンなど利用し、『前日のキミ自身』と接触したとする。
さて、ここで尋ねるが。キミは昨日、『今のキミ自身』、つまり『翌日のキミ自身』と
接触できているかね?」
成「え? ……何だよソレ。そんな変な事、あったわけないじゃないか」
御「その通り。つまり、キミが今後『昨日のキミ自身』と接触するという事は、絶対に不可能だ。
『今のキミ自身』の記憶と矛盾してしまうからな」
成「ううん、そうか。じゃ、そもそもタイムトラベルってのは無理…………いや違う!
確かに『昨日のぼく』は『今のぼく』とは会ってない。
だけど、だからってソレは、タイムトラベルそのものまで否定する証拠じゃないぞ」
御「と言うと?」
成「もしかしたら昨日は、単に会えなかっただけかもしれない。それに……そうだ!」
御「何だ」
成「実はぼくが今、『明日のぼく自身』と会った事を忘れてるとしたら! どうだ!」
御「うぐ……ッ! …………よ、よりによってキサマ、己自身の記憶の方を否定するか!
いや、それとももしや、本当に昨日の意識が飛んでいるのではあるまいな? 成歩堂」
成「って。そこできみに真顔で心配されると、ぼくとしては物凄く困るんですけど。
……でも実際問題、過去の自分自身と会うってのは、その事自体ちょっと怖いかもな。
一体どういう事が起きるのかとか考えると」
御「……もし気になるというならば。教えてしんぜようか?」
成「え? まさか、分かるのか? そんな事」
御「論理的に思考すれば、答えは自ずと導かれる。
結局、そのような場合に起こり得るのは、二通りのパターンしかないのだよ」
成「二通り?」
御「時間移動者が『過去の自分』と会った結果。
“歴史は変えられる”か、“歴史は変えられない”か。そのどちらかだ」
成「へえ……。それで、その違いは?」
御「“変えられる”場合。歴史の流れは、『元の歴史』と『変えられた歴史』との二つに分岐する。
そして時間移動者は『変えられた歴史』へ戻る。
古典的なエンターテインメントでは、このパターンの方が基本だな」
成「うん。ぼくが見た映画もそういうやつだった」
御「“変えられない”場合。歴史の流れは元のままであり、分岐しない。
そして大抵は、『時間移動した事が、そのまま正しい歴史だった』などの結論に至る。
近年の作品では、こちらの方が主流になりつつあるようだ」
成「なるほど……」
御「他にも変則パターンは数あるが……、この辺りで留めておこう。
フィクションのみならまだしも、時間移動論を現実世界に当てはめるのは、
あまり好ましい事とは言えない。むしろ危険だ」
成「……? どういう意味だ?」
御「時間移動という物は、『するべきではない』というのが、私の考えだからだ」
成「する“べきではない”?」
御「異なる時間に干渉する事は、築き上げられてきた歴史を否定する事にもつながる。
特に過去という物は、将来の糧にこそすれ、後から手を加えるべき物ではないのだ」
成「はあー…………、随分とまたカッコいい台詞を言うね。相変わらず」
御「何を言うか。私をこのような境地に至らしめた張本人が」
成「へ? 張本人……って、ぼくが?」
御「たとえ辛い過去があっても、その過去は全て、この現在につながっている。
その出来事のどれ一つでも欠ければ、それだけで、今ここに居る我々は存在し得ない。
ソレを私に教えてくれた者こそが―――― キミなのだ」
成「…………」
御「すまない。若干、哲学論に脱線してしまったな。純粋な思考実験に戻るとしよう。
まだ質問が残っているなら、忌憚なく言いたまえ」
成「んー……、大体は分かってきたけど。ゴメン、お前が今言った事が引っかかって」
御「何だろうか」
成「今のお前の口ぶりだと――タイムトラベルをしたら絶対に歴史は変わる、
って言いきってる感じがしたんだけど」
御「それは当然だろう。時間移動者が過去に現れれば、それだけで歴史は変わる。
最初の話に戻れば……もしキミが『昨日の世界』へ旅立ったとしたら、
その時点で全てが、だ」
成「ふぅん、全てが変わる、か……。イヤ待てよ。その理屈はどこかオカシイ!」
御「どこがオカシイ?」
成「だって。例えば、ぼくが『昨日の世界』に行って、歴史を変えたとする。
それで色々ことごとく出来事が変わっていって、その果てに……、
『ぼくが『昨日の世界』に行った』、その最初の歴史そのものが変わったら?」
御「ム?」
成「そうなっちゃったら、もう論証どころじゃない。前提の方が壊れちまうんだから。
……そうだよ、今までよく考えた事なかったけど、やっぱり変だよコレって……」
御「………………………………やれやれ。
まさか、この今更に、時間論最大の矛盾点の一つを突いてくるとは……」
成「え。な、何だよ、そのコワイ顔。何でも聞けっていうから、こっちは――」
御「実に、いい覚悟だ」
成「……はい?」
御「そこまで考えの至る相手にこそ、こちらこそ説明の甲斐もあるという物。
ただしそのためには、多元的並行宇宙論や特殊相対性理論、
ひいては量子力学なども加えて述べていく必要があるが……」
成「ちょ、ちょ、ちょっと待った! 誰もそんなムズカシイ話までは聞いてない……!
あ。あーそうだ、悪いけど、ぼく、真宵ちゃんに買物頼まれてたんだ。それじゃ!」
御「何!? ま、待ちたまえ! その用ならば、もう最初に済ませたろう!
第一、いつまでひとに留守番させる気なのだ、キサマはッ!」
(以上、とある週末の成歩堂法律事務所にて)
《※筆者注》
本館の方には、この話と連動している「空間編」があります。
併せてお楽しみ頂けたら幸いです。
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