3.

 結局、ぼく達が夕食にありつけたのは、最初の予定より2時間ほど後だった。
 それまでの間に起こった騒ぎは数えきれない。
 切り傷に始まり、火傷やら何やら次々と。
 危うく消防車を呼ばなきゃいけない事態にまでなりかけたり。
 だから、こうしてマトモな形になっただけでも、成功したというべきなんだろう。
「それにしても……」
 御剣はテーブルにお皿を並べつつ、首をひねっていた。
「いつの間に、これほどの数の品を作ったのだ? キミが今日、これらの材料を扱っていた記憶はないのだが」
 見逃したのかと不思議がっているところに、正解を教えてあげた。
「ほとんどは作り置きだよ。こっちの煮物は、真宵ちゃん達が作ってくれたのをもらって来てて。
こっちのピクルスは、ぼくが作った物の残り。で、こっちは缶詰を開けて温めただけ。でも結構いけるよ」
 もっと正直に言えば、この日のために品数を稼いだっていうのが真相だ。
 せっかくだから、豪勢にしたかったもの。
 配膳を終えたぼく達は普段通り、向かい合って席に着いた。
 ぼくは食卓を見渡してから、指導相手の顔を見た。
「どうだった? 人生初の、自分の手料理の感想は」
「……作る側の苦労を思い知ったな。予想外の展開が何度続いた事か」
「それを分かってくれただけでも、教えた甲斐があったよ。……さ、早いトコ食べよう」
 もう体の方は、とっくに限界。
 これ以上、我慢してたら身が保たない。 
「いただきます」
 二人して、目を閉じて手を合わせて、いつもの挨拶。
 毎度の食事の時に、御剣がしている事の真似を始めてから、けっこう経つ。
 まず汁物に箸を入れて口を付け、箸の先を湿らせる。
 どれを取る時も、箸は奥まで差しこまない。
 一度にたくさん取って食べようとしない。
 教わった最初の頃は窮屈に感じた作法も、慣れてくると逆に、スジの通った事なんだと分かってくる。
 この方が、物も汚れないし、食べすぎないし、何より美味しい。
 さて、と。 
 ぼくは、いよいよ本命に手を出した。
 山盛りになってる、キャベツがメインの野菜炒め。
 少ない予算で、手間をかけずに、たくさん食べられる。このメニューで、何回の金欠をしのいだか。
 そんな事を思い出しながら、一口とって、飲みこんで。
「…………うん。美味しい」
「そうか?」
「ああ。コレなら充分食べられるよ。大丈夫」
「…………………………………………」
 しまった。
 正直に言ったコメントを、後悔したけど遅かった。
「食べられる……大丈夫……。あまり、聞こえの良い単語とは言えんな」
「あ……えーと。その」
 言葉尻を捕らえられて焦るぼく。
 だけど、今更ココで言い直せば、もっと状況は悪くなる。
 御剣は、しかつめらしい顔つきで、ぼくと同じように一口食べて、それで言った。
「成歩堂。今のキミの発言、修正していただきたい。コレは残念ながら……ひとに出せる物ではない」
「……」
「明らかに火が早い上、味も濃すぎる。それでいて、炭に近い部分も混じっているし」
「そ、そう? けど、コレくらいなら普通だよ。まぁ確かに、ちょっとだけ下手なところもあるけど、
野菜だってちゃんと切れ……」
 「てる」と言おうとして取った時に限って、ずるずると皿から引きずられてくるキャベツのかたまり。
 まるで運動会の万国旗みたいだと、バカな事を考えた。
「……てないのも有るけど、火は一応通ってるし、もともと生でも食べられる材料だし。
極端に変なところはないと思うから」 
 習った作法も忘れて、箸で中をかき回す内、思わず変な声が出た。
「あーあ」
 最初に取り除いたはずなのに、どうして芯が、いつの間にか華麗に復活してるんだろう。
「何事も、のぼる道は険しいのだな。カンペキには程遠い代物だ」
 御剣は、ため息まじりに呟いた。
 彼にしては珍しく、箸先をブラブラさせながら。
「…………あのさ。こんな事言うと、お前は怒るかもしれないけど」
「気休めの世辞なら要らんぞ」
「そういう事じゃないよ」
 ぼくは、いったん箸を置いて、思いきって言ってみた。
「他の事はともかく、家の料理には、カンペキって物はない。むしろ逆。カンペキを目指しちゃいけないんだよ」
「!?」
「ええと、何から話したらいいのかな」
 こういう説明は、きみの方が得意なんだろうけど。
「例えば、そうだな……御剣は、コンビニ弁当って食べた事ある? 特に値段の安いやつ。
ぼくは忙しい時に買ってるけど」
 そのじつ、裁判所内にあるコンビニでも、時々お世話になっている。
「それなら確か、刑事が買ってきた事が何度かある」
「味はどうだった? 覚えてる?」
 ひたいに指を当て、目をつぶる事、数秒。
「………………あまり印象に残っていないな。所詮はジャンクフードに過ぎん」
「厳しい事言うね」
 きっとコイツの場合、仕事先で出される食事も高級なんだろうな。
「けどさ。ぼくが考えるに、この世で一番完全にカンペキな料理って、多分ああいうのだと思うんだよ。
 いつドコで買っても、どのお弁当も全部同じ。分量も味つけも盛りつけも。
 逆に、差があったら大変だよね。同じ値段で買う製品なんだから。
 つまりアレは本来、きみの理想の料理って事になるはず」
「まぁ、ある種、そう言えなくもないかもしれんが。しかしアレは、やはり……」
「そう。味の方は、きみが言った通り。寂しくて味気ない。一番大切な物が、抜け落ちてるからだ」
「一番……大切な物?」
「それが、人の気持ちって物なんだよ」
 我ながら気取った台詞に、自分の顔が熱くなった。
「自分が美味しい物を食べたいとか、他の人に美味しい物を食べてほしいとかっていう気持ち。
 そういう気持ちの入った食事は、間違いなく美味しいんだ。カンペキがどうとか関係ない。
 今日のきみが一所懸命に頑張ってた事は、誰よりもぼくが知ってる。
 だからぼくは今ホントに嬉しくて……その……何ていうか」
 自分で言ってて、よく分からなくなってきた。
「とにかく! コレはコレでいいんだよ」
 ぼくの強引なまとめ方に、御剣は唖然として、それから困ったような顔で笑った。 
「つまり……、 『料理に求められるのはカンペキな結果でなく、むしろ過程であり、
作り手の持つ誠意こそが最も評価されるべきである』 ……という事か? 成歩堂」
「え? あ、その、ええと…………そうなる、の、かな?」
 ……やっぱり、こうなった。 
 コイツにかかれば、ぼくの長い演説もこの通り、たった一言で終わってしまう。 
 しかもコイツの要約の方が、ずっと正しく分かりやすいときたもんだ。
 コレは嬉しいと思う事なのか、それとも悔しいと思う事なのか。
 どうにも決めかねたぼくは、ふざけた調子で野菜炒めのお皿を抱えこんでみせた。
「いいよ、もう。そんなにお気に召さないなら、お前の分まで全部食べてやるから安心しな」
「な……、何を言う! 私は、食べないとは一言も言ってないだろう」
 途端、御剣が血相を変えた。
 何だかんだ言っても、自分が手間暇かけた料理を食べたがらない人を、ぼくは知らない。
 まして今のコイツは、いつになくお腹がぺこぺこのはずなんだし。 
「それじゃ、この世で一番美味しい料理を味わわせてもらいましょうかね。……ぼく一人で」
「待て! 独占するな! 私にも渡したまえ」
 今夜ばかりは、いつもの礼儀もどこへやら。
 互いに騒ぎ立てながら、ぼく達の夕食の時間は過ぎていった。

〈了〉



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