2.

 後で思えば、あの時の僕は、どうかしていたとしか思えない。

 僕たちは、ほとんど、もつれ合うような形で、ベッドの上になだれ込んだ。
 服を脱ぐ事さえも、もどかしくてならない。
 薄闇の中に浮かび上がって見える、白い肌。
 その首筋に、二の腕に、内股に。強く吸い上げた跡を、点々と赤く付けていく。
「気持ちいい?」
「ん……、……ん、ん」
 これは良い事なのかどうなのか。御剣の答えはどこまでも曖昧で。
 そのおかげで、僕の方も、何だか夢の中にいるような錯覚を感じている。
 でも、一時も離れまいと、力強くしがみ付いてきている事だけは確かだった。
 ただ……ちょっとだけ困った事も。
「……痛っ!」
 ああもう、また爪なんか立ててくる。何度目だよもう。
 そんな事してくるから、こっちの方だって、負けじと吸いつきたくなるんじゃないか。
 そうやって絡み合いながら、僕は、ここからの大きな問題を考え始めていた。
 それは。お互いに硬く張りつめている自分のこの欲から、どうやって楽になったらいいのかって事。
 これが男女の交わりだったら、進む流れは一つしかない。はずだ。
 けど……この場合は?
 深く悩みながらも、僕の視線は、僕の意思とは勝手に部屋を走っていく。
 整髪料……じゃダメだろうな。オイル質のは……体に悪いって、何かで読んだ事ある。
 だから……。
 あった! 駅で配ってた化粧品。多分コレなら滑りも充分…………って。
 いやいやいや、何考えてるんだよ僕って奴は。
 そういうのは、やっぱりマズイと思うんだよ。
 倫理的にとか、道徳的にとかっていう理由もあるけど。
 何よりも、思う事がある。
 だって。
 不公平じゃないか。
 どっちかがどっちかに身を委ねなきゃいけないなんて。
 第一、この流れで挿れるっていうのは酷いし、だからって挿れられるのはもっと怖いし。
 どうせなら、最後まで一緒に……同時に、出来たら。
 ああ、そうだ。
 僕は、改めて御剣の上に、足を開いて、のしかかった。
 お互いの一番敏感な部分を、合わせて手で握りこみ、扱く。
 いつも一人でしている事を、二人分いっぺんに、する。
 その内、腰の方も突き出すように動かして。
 あ、いい。
 これ、いい。
 気持ちいい。気持ちいいとしか言えない。
 何だか、予想できない所まで、感じて…………え?
 僕は自分の手元を見下ろして、息を飲んだ。
 いつの間にか、僕の手の上に、御剣の手が重ねられていた。
 僕のやり方とは全く違う、丁寧で、繊細で、そして器用な指使い。
 心の準備が出来ていなかったせいもあって、少しは収まりかけていた僕の欲望は、
あっと言う間に、再び高ぶらされていった。
「ひっ……! あ……や……、駄目っ!」
 自分でやる余裕がなくなって、僕は思わずそう叫んでしまっていた。
 すると、御剣は――普段からは信じられないほど――素直に動きを止める。
「う、ううん……。そう、じゃなくて。……駄目、じゃ、ないよ」
 僕は、体を前に倒し、御剣に顔を近づけて言った。
 今の、正直な気持ちを。
「………………もっと。もっと――――して。…………お願い」
 その時に限って。僕に返す御剣の声が、ひどくクリアに聞こえた。

 ――何と、いやらしい――。

 嗚呼。もう、何とでも言ってくれ。
 虚ろだった御剣の目に、光が戻ってきているようにも見えたけれど。
 ここまで来てしまったら、もう、止まらない。誰にも止められない。
 狂おしいまでの欲望に身を任せ、僕たちは先を競って争うように、相手の意識を彼方へ追い上げていく。
 お互いに相手のものを、手と指とで包みこんで握りしめ、力を込めて扱き上げていく。
 そして。
 僕たちは一つに溶け合いながら、何もかも真っ白になるまで――汚れて堕ちた。




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