3.

 後で思えば、あの時の僕は、どうかしていたにも程がある。

「……起きたまえ、成歩堂。起きろと言うに。――とっとと起きんかこの愚か者!」
「はッ、はいッ!?」
 僕は、居眠りしていて怒られた生徒みたいに、大慌てで跳ね起きた。
「やれやれ。やっとお目覚めか。……呑気なものだ。まったく」
「……………………」
「本当は、よほど黙って帰ろうと思ったが。
 そのような真似は、仮にも一宿に預かった礼儀に反するからな」
「……………………」
 参ったな。頭がズキズキする。
 それに、何かカスミがかかったような気も。
 そりゃ、あれだけ飲みすぎちまったら、当たり前だよな。やっぱり。
 だから僕は、目の前に立っている相手の様子も、なかなか理解できずにいた。
 まだ早朝なのに、いつも以上に整った身だしなみで、いつも以上に厳しい顔つきで、僕を見下ろしている御剣。
 昨夜あんな事したのが、何だか嘘みたいだ。
 ……って、あれ? 「あんな事」…………って?
「あ、あの。御剣。ちょっと訊いていい?」
「何だろうか」
 うーん……コレを尋ねると、えらい事になりそうだけど。仕方ない。
「昨夜、僕、君に何か……した?」
「……ム!?」
 僕が尋ねた途端、御剣の顔が、一段と険しくなる。
 と、思ったら、すぐに自嘲めいた笑みに変わった。
「そ……そうか。それならばそれで良いのだ。
 きれいサッパリと忘れてくれているのなら、その方が助かる」
「……?」
 いや、別に忘れてるってワケじゃない…………はずなんだけど。
「あ、でも、ホントに何かしてたら、今のうちに謝るから」
「良いんだ! 君は何も悪くない。むしろ、したのは私の方……」
「へ?」
「あ、いや……! な、何でもない! とにかく本日、私はこれで失敬する!」
 その台詞を全部言い終わるより早く。
 御剣は飛び出すような勢いで、僕の家から出て行った。
 って……だから何なんだ、一体?
 僕はボンヤリとした意識のまま、それでも頭を働かせようとがんばった。
 それにしてもアイツ……様子が変だったよな。
 起き抜けの相手に、一方的に話し続けて、一人で真っ赤な顔になって。
 例の襟のヒラヒラも、いつも以上にキツく締めてたみたいだったし。
 それに……そうだ。話してる間ずっと、首筋の辺りを手で押さえてた。
 まるで、何かを隠しているみたいな、妙な手つきで……。
 …………………………………………。
 あ。
「ああああああああああッ!」
 思い出した!
「ち、違うんだ御剣! 忘れてたんじゃない!
 ただ思い出せなかっただけで――――わわわ!」
 ベッドから出ようとした僕は、そこで初めて自分の格好を思い出した。
 そうだよ! とにかく服、着なきゃ! 服!
 脱ぎ散らかしていた下着を拾おうと、体を逆向きにひねった時。
「いてええええぇぇェェッ!」
 背中を走る激痛に、僕はその場でのた打ち回った。
 あ、アイツ……こんな力任せに引っ掻いてたのかよ!
 絶対にミミズバレになってるぞ、コレ。
 こんなんじゃ当分、人前では着替えできないな。……お互いに。
 ………………何か、泣けてきた。


 余談ながら。
 僕が見つけていた、あの小瓶。
 後で確かめたんだけど、どう見てもアレ……封が切ってあるようには思えないんだよね……。
 ……何でだろ?

〈了〉




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