3.

「……驚いたな」
 オレは、正直に感想を言った。
「随分とまあ、いい女になっちまってるじゃねえか。あのじゃじゃ馬も変わるモンだ」
 チヒロは苦笑を浮かべてから、オレに頭を下げた。
「本当にごめんなさい、先輩。
 私、最期の最期で、自分の霊力を抑えられなくなっていたみたいです。
 それで私、無意識のうちに、自分の身近な人たちの所を巡っていたんです。
 そう考えれば、この場所の事も説明がつきます。
 今の先輩と話をするためには…………こういう風にするしか、ありませんから」
 そう断ってから、チヒロは一通り話してくれた。
 あの女に襲われたオレが、昏睡状態にある事も。
 チヒロが追っていた事件の犯人が、彼女を襲った事も。
 話を終えたチヒロは、もう一度オレに頭を下げた。
「すみません。私、そろそろ“向こう”へ逝かなくちゃ。
 もっとも、真宵が……妹が私を呼び出すのも、時間の問題だと思いますけど」
「……そうか」
 相槌を打ってから、オレは、頭に浮かんだ疑問を口にした。
「ところで。アンタがココからお暇(いとま)したら、オレの方はどうなっちまうんだ?」
「この場所は、私の霊力によって作り出されている所です」
 と、チヒロは説明した。
「ですから私が逝けば、全ては元通りに戻ります。
 恐らく、私とこうして話した事も、先輩の記憶には、ほとんど残らないかと」
「って事は……」
 やっぱりそうだ。敢えて訊くまでもなかった。
「オレはまた、あの悪夢の牢獄に逆戻りってワケか。……二度と目を覚ます事もないままに」
「それは違います」
「ん?」
「だって、私が先輩を見つけた時、先輩とっても苦しそうでした。
 あんな苦しい気持ちには、もう絶対にさせません。
 それに……それに、先輩はまだ死んでません。生きてます。きっと必ず目覚めます。
 だから、せめてその時まで先輩が、穏やかに眠れる手助けを――させて下さい」
「手助け、だと?」
「簡単です。私の霊力を、ほんの少し与えるだけです。
 私が作っているこの場所なら、ソレが出来ます。先輩に加護の力を与える事が」
 明るい声で、彼女は言った。
「それで? 具体的には、一体どうやるつもりなんだ?」
「そ、それは……」
 しれっとオレに問われて、彼女は困ったような、照れたような顔をする。
 それもそのはず。彼女は前に、オレにこう話した事があったからだ。


『ねえ先輩。霊媒の別名って、何て言うか知ってます?
 「口寄せ」って言うんです。その理由は、大きく二つあって。
 一つは、霊媒は言葉を操るから。そして、もう一つは』
『もう一つは?』
『他人に霊力を注ぎこむには、唇が一番に適しているからだって言うんです。
 小さい頃に初めて知った時には、驚いちゃいましたね!』



 というわけで。これで、オレの話はお終いだ。
 何だ? 何か言いたそうだな。アンタ。
 顔にハッキリ書いてあるぜ。
 今話してくれたのは、本当の事なのか?って。
 さあ。一体どうなんだろうな。
 オレは、最初に言ったはずだぜ。
 オレが話すのは、空っぽの絵空事に過ぎねえって。
 信じるか信じないかは、アンタの勝手だ。好きにするがいいさ。
 ………………やれやれ。オレとした事が、余計なお喋りが過ぎたようだな。
 意外に時間がかかっちまった。
 悪いが、これからちょいと寝かせてくれねえか。
 なに、だからそんなに慌てなくても、オレは逃げも隠れもしねえさ。
 こんな程度の作り話で良かったら、束の間の夢を見た後で、またアンタに話してやるよ。


 ――アイツの心を受け継いでくれた、アンタにな。

〈了〉



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