第四の冒険 諸王の冠

第73話「ジブジブの洞窟」

 ぼく達は、ザメン低地を北に――マンパン砦に向かって進む。
 さっき少しだけ晴れてくれた空は、また厚い雲に覆われてしまった。
 雨が降ったり止んだりしているらしく、土がぬかるんでいる所には、蹄(ひづめ)の跡のような物が見て取れた。
 今晩野宿する場所を探すうち、岩肌に開いている洞窟を三つほど見つけた。
 取りあえず、一番手近な所にあった小さな洞窟に入ってみた。
 入口こそ、屈まないとならないほど狭いけど、中の方はけっこう広い。
 ココなら、雨が降っても大丈夫そうだ。
 ところが。洞窟の奥の方から、生き物の鳴き声が聞こえる。
 甲高い雄叫びに、ぼくは思わず小剣を出して身構えた。
 ところが。ぼくの後ろに付いているエッジは、なぜか落ち着いたもので。
 ゆったりと腰をおろして、言った言葉は短かった。
「……戦う必要はない」
「へ?」
 数秒後、ぼくはその言葉の意味を知った。
 カサコソと音を立て、ぼく達の足元を駆けていったのは、
 キャベツくらいの大きさの、ふわふわとした毛玉だった。
「ジブジブだ!」
 危険な牙も爪も持ってない、大声で威嚇するのがせいぜいの小動物。
 本では知ってたけど、実物を見られたのは初めてだ。
 あー、今が冒険中じゃなかったら、本気で可愛がってあげたいよー……。
 ぼく達は、ジブジブの邪魔にならないような場所を探して、寝床を作った。
 一服しようとした時、焦げ茶色のガラス瓶が落ちている事に気づいた。
 栓を抜いてみると、中に入っていたのは、羊皮紙のメモ書き。
 ぼくには読めない言葉で書いてある。誰かの忘れ物かもしれない。
 ぼく達はその晩、雨の音を聞きながら眠りについた。



第74話「女サテュロスの村」

 翌朝。雨は止んでいた。
 洞窟の中から、魔法に使えそうな石粉や小石を拾って、ぼく達は再び歩き始めた。
 安全第一を目指して、出来るだけ登りやすい山道を選んでいく。
 その途中、変わった姿の人たちと出会った。
 すらりと高い背丈、長い髪をした女の人の二人組。
 ただし、上半身こそ人間だけど、下半身は……山羊だと思う。たぶん。
 その後、お互いに自己紹介して分かった事は……。
 ココはザメン低地でなく、ザメン高地――マンパン砦の近くである事。
 彼女たちはサテュロスという種族である事。
 世界を巡る冒険に憧れているが、この高地でしか生きられないという事。
「旅の者よ。どうか、遥か南のアナランドからの旅の話を聞かせてほしい」
 そう頼まれて、ぼく達は彼女たちの村に招かれた。
 もしかしてと思って、洞窟で見つけたメモ書きを、長老のシフーリさんに渡したら、予想が当たった。
「コレは先代長老のシハウナの遺した物だ。よく届けてくれた」
 それからは改めて、今までの冒険についてのトークを開始。
 カレーの町で衛兵に追われた事とか、四行の呪文を探した事とか、七大蛇とバトルした事とか、
イルクララ湖を渡った事とか。
 ちなみに、湖の渡し守は「テク・クラミン」という名前だったそうだ。
 サテュロス達と知り合いだったらしい。
 ぼくの話が一段落した頃、今度はシフーリさんが話し始めた。
「我らが友よ。マンパン砦の天守閣への道は、
 四つの『スローベン・ドア』で閉ざされている。
 せめて、これからの旅に役立つ物をお渡ししよう。
 まず、コレは堅木の槍だ。聖職者コレトゥスの祝福を受ければ、より強力な武器になる。
 それから他にも、いくつか魔法の道具がこちらにある。好きに選んでおくれ」
 見せてもらった物の中からぼくが受け取ったのは、火の水と、真珠の指輪。
 いつ使う事になるかは分からないけど、ありがたく持っていきます。
 さあ、砦の入口まで、あともう一息だ……!



第75話「聖職者コレトゥス」

『この警告を聞け! 呪わしきマンパンにこれ以上近づくなかれ。
 ひと足ごとに、永遠の地獄にひと足近づくばかりなり。
 我、コレトゥスはマンパンに行きてそこより立ち戻り、その真のありようを知る。
 引き返さずば、呻き橋にて我と会わん。
 手遅れにならざるうちに自らの魂を救うべし。コレトゥス』

 食事のために座った場所の岩壁に書きつけられていた、
 こんな言葉を頼りに、探して見つけた橋のそば。
 そこに、茶色の衣をまとっているおじいさん――コレトゥスさんが居た。
 彼の閉じられたまぶたにも、真っ黒の染料が塗られている。
「えっと、すいませんコレトゥスさん、この槍を何とかするといいって教わったんですけど」
「ほう、コレは堅木の槍か。シフーリから渡された物だな。
 ちなみに、わしがやるのは、『何とか』でなく祝福だ」
 ごめんなさい覚えてなくて。
 ともあれ、コレトゥスさんは槍を手にして、むにゃむにゃと呪文を唱えた。
 よく分かんないけど、これでこの槍はパワーアップしたらしい。
「ところでおぬし、この槍を持つという事は、マンパン砦に向かうのだな。
 あのような場所と関わって、わしのような目になっても知らんぞ。
 わしと共に、大地の神スロフ様に祈れば別だが」
 って、さり気なく信者増やそうと勧誘してきてるよ。このおじいさん。
「まあ、よい。ココまで来れば、おぬしの決意も固かろう。
 この水薬と聖水と、それから司祭の帽子も持っていくが良い。チーラーの幸運があらん事を」
 コレトゥスさんは、話し終えた最後に、橋へ両手を掲げた。
 目の前の吊り橋が消え――幻だったんだ!――その隣に本物の、頑丈そうな橋が現れた。
「…………やはり、幻術が施されていたのか。この旅の橋も……」
 聞こえた言葉に振り返ると、エッジの顔が青ざめている事に気づいた。
「どうやら、キミに聞いてもらう時が来たようだな。
 だが、もう少しだけ待ってくれ。わたしなりに整理する時間が欲しい」
「……分かった。その代わり、話せると思った時には、遠慮なんかするなよ」



第76話「最後の夜」

 休火山の山頂近くの岩穴から、いよいよ砦の敷地内に進入する。
 岩壁の、おどろおどろしい装飾を見た時、今更ながら足が震えてきた。
 ぼく達、ついに敵地の中心まで来たんだな……冗談とかじゃなくて本当に。
 幸い、入口を守る二人の衛兵は今、酒瓶を転がして眠りこんでいる。
 その近くを走ってすり抜けて、小さな洞窟に身を隠し、野宿の支度をした。
 おそらく今夜が、この冒険での最後の夜になるだろう。
 その緊張のせいか、眠っている途中で、何故かふと目が覚めてしまった。
「どうした? ニック」
「ん……、何か変な夢みた。
 光の中で、女の人が言ってるんだ。逃げる時の合言葉がどうとか」
「……まさか、キミもあのお告げの夢を見たと?」
「へ?」
「実は……キミに話すべきかどうか、悩んでいた事がある。
 我ながら信じられない話なのだが、信じてくれるか?」
「難しい条件だねソレ。……とにかく話してよ。ちゃんと聞くから」
「わたしは……この砦に入った事がある」
「!?」
「より正確には、『この砦に入った』という記憶があるのだ。
 本来ならば、決してあり得ない記憶のはずなのに。
 途切れ途切れではあるが……よみがえるその記憶は常に鮮明で、
わたし自身が体験したと言わんばかりに、今まで以上に迫ってくるのだ」
「そっか……それじゃ、おまえが今まで、ぼくに教えてくれてた事も……」
「ああ。その記憶から感じ取った事柄だ。
 キミが夢で聞いただろう合言葉も、記憶にある」
 そう言ったエッジの口から出た合言葉は、確かにぼくがさっきの夢で聞いた物と同じだった。
「わたしは分からなくなる。自分が何者なのか。
 わたしは、ただの普通の人間でいたい。キミと同じ人間でいたい。
 このような奇妙な現象など、もうこれ以上、要らないのに……!」
「……おまえは、人間だよ」
「ニック……」
「そうやって悩んで悩んで、泣きそうな顔してるのが何よりの証拠。
 その記憶ってのも、せいぜい利用してやろうよ。きっと役に立つからさ」
 ぼくは、ことさら明るくエッジに言った。
 自分の中に湧き上がってきている不安を、忘れるために。



第77話「必要なのはタイミング」

 翌日の早朝。ぼく達は、砦の門の前に立っていた。
 とにかく大きい。大きいとしか言いようがない。
 門の中央に作られている、出入口用の扉さえ、見上げるほど大きい。
 ぼくは、その扉に歩み寄り、片手を上げて言った。
「じゃ、行こうか」
「ニック……まさかキミは、素直にノックして開けてもらうつもりなのか?」
「その、まさかってやつだね」
 ぼくは素早く耳打ちして、用意している作戦を説明した。
「いいね。必要なのはタイミングだけ。余計な音は絶対に立てない事」
「了解した」
 ぼくは扉を――少し乱暴に――ノックした。
 数秒の間を置いて、甲冑姿の衛兵が、扉をゆっくりと外に押し開けた。
 誰の姿もない事に警戒して、周りの植えこみを剣で叩いたりする衛兵A。
 その物音に、何事かと外に出てくる衛兵B。
 互いに顔を見合わせている、衛兵Aと衛兵B。
 その直後に外に出てきて、衛兵Aと衛兵Bに話しかける衛兵C。
「何だったんだんだ? 今のは」
「酔っぱらいでも迷いこんだか?」
「まさか。そんなわけあるか」
 一体どこまで逃げたかと議論を始める衛兵Aと衛兵Bと衛兵C。
 その騒ぎを聞きつけて外に出てくる衛兵D。
 彼らは全員、あれやこれやと言い合いながら、扉から更に外へ離れて行く。
 今だ!
 ぼくの合図に、エッジも動く。
 開いた扉の外側のかげに隠れていたぼくと。
 扉の上に張りだしているひさしの上に隠れていたエッジと。
 ぼく達は、それぞれ身をひるがえして、砦に進入した。



第78話「第一のドア〜衛兵戦〜」

 門を越えたと思ったら、また門。
 これまた大きな門に、これまた大きな錠前がぶら下がっている。
「確か……コレが、第一の『スローベン・ドア』だ」
 ひたいに指先を当て、考えこみながらつぶやくエッジ。
「強引に開けようとすれば、良くない結果が待っているはず。
 必要なのは、確か……どこかの鍵が……、くっ……」
「いいよもう。無理して思い出そうとしなくて」
 それだけ分かれば充分だ。
 ぼくは
「HOW」の呪文を唱えた。
 鍵があるのは……こっちの部屋だな。
 魔力に従って、右の方に歩き、薄く開いている扉に忍び寄った。
 耳をそばだてると、衛兵の声が聞こえてきた。
 どうやらココは、衛兵の詰所のようだ。
「ヴァラックが言うには、今朝のアレはシンの篤志家の仕業だろうとさ。
 俺はそうは思わんが、何者かが居たのは間違いない。
 俺も確認してくる。ハヤンギの言う通りだ。あの扉の音は俺も聞いた」
 話し声の主は、歩いてこっちに近づいてくる。
 ぼくは頃合いを見計らった。
 足音が扉の前で止まった瞬間を狙って、全力で扉を蹴破った。
 勢いよく開いた扉に、衛兵が激突して後ろに吹っ飛ぶ。
 ぼくは小剣に
「RAZ」の術をかけてから、エッジと共に部屋に飛びこんだ。
 二人いた衛兵を大人しくさせてから、ぼく達は部屋を調べた。
 テーブルの引き出しを開けると、大きな鍵が見つかった。
 両開きの門に戻り、鍵を差しこんで錠前を開けた。

 第一の「スローベン・ドア」、これにて突破!



第79話「赤目との遭遇」

 門の向こう側に広がる中庭を、砦に住んでいるのだろう人々に紛れて進む。
 その途中、見覚えのある人たちに出くわした。
 全体的に細長い作り。かたく閉じている目。
 カレーの町で見かけた赤目が、三人。
「何だ何だ、お前マンパンの者じゃないな。一体ドコの生まれなんだ」
 どうしよう。
 正直にアナランドなんて言って、正体をバラすのは論外だし。
 カレーなんて言ったら、どんなツッコミが来るか分かったもんじゃないし。
 取りあえず、頭に浮かんだ地名を言ってみた。
「えっとその……クリスタタンティからですけど?」
「って、何で疑問形なんだよお前。だいたい、髪も伸ばしてないじゃないか」
 しまった。
「いやいやいや。その習慣と合わないタイプだから旅に出たんですよ。ぼく。
 自慢じゃないけどこの髪かたくて、下手に伸ばすとどうしようもなくて」
 この台詞の、特に後半は嘘じゃない。
 ミア先生もボヤいてるんだ。ぼくの髪、簡単に散髪できなくて苦労するって。
「ふうん、そうかい。……まあ、ソレが本当だとしてもだ。
 合ってる習慣だってあるだろ? 例えば、そう、お前らは酒好きのはずだ」
 言いながら出してきた酒瓶は明らかに、封も切ってない上物だった。
 まさか、こんな敵地でお酒なんか飲めるチャンスがあるなんて。
 世の中って分かんないなあ……。
「ありがとうございます。美味しかったです。じゃ、そーゆー事で」
「ちょっとオイ待てよ」
 飲んですぐに立ち去ろうとしたところを呼び止められ、それでも極力平静を保った声で返事した。
「………………………………何か?」
「タダのわけないだろ。金払え」
「あ。ハイハイハイ」
 死ぬかと思った。



第80話「老婆ジャヴィンヌ」

 銅貨1枚、恵んでくれんかの。どうか目の見えん婆をお助けくだされ」
 そろそろパターン化してるかもしれませんが。
 「盲目の物乞い=超重要人物」というのは、この冒険のお約束。
 ぼくは金貨を1枚投げてやってから、おばあさんと話しこんだ。
「嬉しいね。このジャヴィンヌは、あんたの味方だよ。
 ああ、いけない。こんな幸運に恵まれた事を、あたしにない物を持つ裏切り者たちに見られないようにしないと。
 シンから来てくださった彼らに助けてもらうには早すぎるしね」
「……? 何ですか『シン』って?」
「知りたいのかい余所の方。あんたが正直者ならいいんだが……」
 おばあさんは、ぼくの額とうなじに手を当ててから、独りうなずいて言った。
「なるほど。お前さんは使命を帯びているんだね。この心の持ち主になら話してもいいだろう。
 じつは鳥人のうち、ナゴマンティ川の東にあるシンの町から、
マンパンの魔法使いを止めようとしている篤志家の一派が潜入しているんだ。
 もし鳥人に会ったら、家族の事を訊いてごらん。
 鳥人は普通、父親びいきだが、篤志家は母親びいきだから分かるよ」
その後、更に話を聞いてみると、このおばあさんは元々、癒しの力を持っているそうで。
 かつてはマンパンの魔法使いに仕えていた事もあったが、
「粘液獣」という物が現れたのをきっかけに、その役職を追われたらしい。
 そんな話を終えて別れる最後に、思い出した事を訊いてみた。
「あと、そうだ……さっき言ってた『裏切り者』って?」
「南の方の国から追放された兵士らしい。あたしをいつもいじめるんだ。
 もし奴らをやっつけてくれたら、出来る限りお礼はするよ」



第81話「許せない」

 意外すぎる人たちがいた。
 あの背格好。あの服。そして何より、超人的な視力を意味する大きな目。
 アナランドの国境兵士だ!
「この中庭に入ってくるのを見ていたよ。
 ココはお前みたいな余所者には危険な場所だ。
 何ならアドバイスしてやってもいいぜ。料金は取るけどな」
 三人の兵士たちが、ニヤニヤ笑いながら、そう話しかけてきた時。
 エッジの剣が、三人ともを一気になぎ払った。
「エッジ!? 何を」
「騙されるなニック。真のアナランド兵士は、旅人から金など取らぬ!」
 そ、それは確かにそうだけど……。
 一方、吹っ飛ばされた兵士たちは、目を血走らせて起き上がってきた。
「な、何だ今のは!? 突風か!?」
「アヤシイ術つかいやがって! コイツも魔法使いだな!」
「もう小細工は要らん! あのババアみたいに潰しちまえ!」
 ――――間違いない。
 ジャヴィンヌさんの言っていた「裏切り者」は、彼らだ。
 卑怯な形で人を傷つける人だけは、許せない。
 ぼくは、コレトゥスさんから祝福された堅木の杖を構えた。
 その先しばらくの事は、詳しく話したくない。
 倒した彼らの荷物を探ると、騙された旅人たちの持ち物が続々と出てきた。
 砂や糊の入った小瓶、食料、緑の金属の指輪、それから金貨。
 ぼく達は、それらを証拠品として持ち、ジャヴィンヌさんに報告した。
 ジャヴィンヌさんは、閉じたまぶたから涙をこぼして言った。
「本当にありがとうよ。お礼にこのペンダントと聖水をあげよう。
 それから、この先の用心も教えるよ。
 ココのすぐ目の前にあるのは、『スローベン・ドア』だ。
 合言葉を知らない限り、絶対に触っちゃいけない。
 ヴァリーニャなら合言葉を知ってるが、もしヴァリーニャに会うのなら、その前に粘液獣に会う羽目になる。
 粘液獣には、くれぐれも近づかないようにするんだよ」



第82話「粘液獣」

 大きな門、すなわち第二の「スローベン・ドア」の前までやって来た。
 だけど今の時点では、この門に触れるわけにはいかない。
 なので、中庭の隅にある小さな扉の方へ行ってみた。
 扉を開けようとしたら、それより先に扉が開いた。
 現れたのは小柄な人影。ノームだ。
「何の用だい? どうせ粘液獣をいじめに来たんだろ?
 だったら、その左の方の扉から入りな。
 まさか棘のある奴らに会いたいわけじゃないだろ」
 粘液獣。
 ぼく達は、その単語の意味を、入ってみた部屋の中で知った。
 壁も床も、ぬるぬると滑る部屋の隅でうずくまっている、ぶよぶよとした大きな生き物。
 その形は、強いて言えば、象に似てなくもないような。
 顔だろう場所の真ん中から、管状の鼻が伸びている。
 こんな得体の知れない物には、関わらないに越した事はない。
 ぼく達は部屋を出ようと、奥の扉に向かった。
 けれど粘液獣とやらは、重たそうに体を引きずって、ぶよぶよした腕を振り回してきた。
 仕方ない。コレは正当防衛だ。
 ぼくはエッジに鼻をつまませ、自分も鼻栓をしてから、
「NIF」の呪文を唱えた。
 その効果のほどは、てき面だった。
 粘液獣は、長い鼻から悪臭を吸ったせいで、震えながら倒れ伏した。
 部屋を出るついでに、床に散らばっている物を調べてみた。
 見つかったのは、骨製の腕輪(また出た)と、ゴブリンの歯と、それから金貨。
 取りあえず回収してから、ぼく達は次の部屋へ向かった。



第83話「食事中の再会」

 休憩室っぽい部屋に着いた。テーブルと椅子が置かれている。
 せっかくだから、ココでちょっとだけ食事の時間。
 っていうか、結構おなか減ってきたんだよね。
「そういえば……エッジって小食だよな」
 ぼくは携帯食料を頬張りながら言った。
「もともと食料は多めに買ってるつもりだけど、それを差し引いても、あんまり減ってないし。
 ぼくみたいに、がっつかないし。……大丈夫?」
「滋養は摂っている。心配は無用だ」
 答えるエッジの顔は、どことなく寂しげに見えた。
 だから、ぼくもソレ以上は訊かなかった。
 ノンビリしてる場合でもないから、そろそろ行こうかと思った時、見覚えのある人影が空中に浮かび上がった。
「シャドラクさん!? どうやってココに?」
「わしの力を忘れたか? わしは、いつでもどこでも現れる事が出来る。
 どうか少しだけ、話をさせてくれ。
 おぬしは今、『スローベン・ドア』に挑んでいる頃だろう。
 その秘密を握っている者は、守銭奴ヴァリーニャと、拷問長ナガマンテと、そして後もう一人いるはずだ。
 シンの篤志家らを探すがよい。頼もしい味方になるだろう」
 笑っているシャドラクさんに、ぼくは心から頭を下げた。
「ありがとうございます。こんな遠くまで教えに来てくれて」
「なに、今朝ついに息が絶えたのでな。そのついでだ」
 さり気なく、とんでもない事をシャドラクさんは言った。
「二晩前、マンパンの魔法使いの衛兵が、わしに拷問したのだ。
 この歳では耐えきれず、おぬしの旅について話してしまった。
 しかし、空を飛ぶ我が魂ならば、奴らの馬より足が速い。
 せめてあの輩に復讐するために、奴らよりも先回りしてココに来たのだ。
 さて、話も終えたし……それでは逝くかの」
 ちょっと出かけてくるくらいの軽い口調で、シャドラクさんは姿を消した。



第84話「第二のドア〜守銭奴ヴァリーニャ〜」

 《代償を払う者のみ入るべし》と書かれた札(ふだ)のある扉。
 ソレを開けると、置物やカーテンで豪華に飾られている室内が見えた。
 その中央では、ターバンを巻いた大柄な男の人がテーブルに向かっていた。
「ほう、随分みすぼらしい者が来たな。
 この部屋には入場料が要る。それも前金で払ってもらうぞ。のう、ハシ?」
 テーブルの下に座る黒豹を撫でながら言うその人を見て、ぼくは直感した。
 この人は、ある種――認めたくないけど――ぼくと似ている。
 常に相手の裏をかこうと、隙を狙っているタイプだ。
 ぼくは努めて目を細め、努めて低い声で言ってやった。
「先に質問に答えていただこう。キサマは何者だ?」
「我が名はヴァリーニャ。マンパンの財務官の第一助手だ。
 ……さあ、早く料金を払え」
 苛立ち始めるヴァリーニャのペースを、更に崩してやる。
 ぼくは一気にテーブルに飛び乗り、ヴァリーニャの喉に小剣を押しあてた。
「獣に襲わせようなどと考えるなよ、その命が惜しいのならば。
 こちらが知りたいのは、『スローベン・ドア』を開ける方法だけだ」
「わ、分かった! 開けるための合言葉を教えよう。だから……」
「キサマの言葉は信用できん。具体的に証拠で示してもらおうか」
 するとヴァリーニャ、露骨に落胆。やっぱり出まかせを言おうとしてたんだ。
 ヴァリーニャはテーブルの引き出しから、マンパン砦の地図を取り出した。
 中庭の端にあたる位置には、「アラララタナララ」と書かれている。
「コレが合言葉だ。嘘じゃない。門の鍵穴にこう言えば無事に通れる」
「結構。……ではコレは、こちらに無礼な態度を取った罰として徴収する」
 そう言って、テーブルの上にあった金貨の袋を奪ってから部屋を出た。
 元の場所――両開き門の前に戻り、合言葉を告げて錠を外した。
「ところで……似てたかな。ぼく」
「何に?」
 エッジは不思議そうな顔で、目をしばたたかせた。
 ……精一杯マネしたつもりだったんだけど、この様子じゃ気づいてないな。

 第二の「スローベン・ドア」、これにて突破!



第85話「篤志家とはボランティアという意味です」

 建物内を巡回している鳥人たちに気づかれないように、通路を進む。
 近づいてきた話し声から離れるため、とっさに一番近くの扉を開けて、
部屋に飛びこんで息をついた時、ぼくはこの諺(ことわざ)を思い出した。
 一難去ってまた一難。スナタ猫をよけたら触手植物。
 鳥人が三人……三羽?……、侵入してきたぼく達を怪訝に見ている。
「えとえとえと、えーと」
 そうだ。確か何か訊かなきゃいけない事があったはず。でも何だっけ。
「家族……」
 ありがとうエッジ。ソレだよソレ。えーとだからつまりこーゆー時は。
「やあこんにちはおげんきですかおとうさんおかあさんもおげんきですか?」
 一息にまくしたてたら、あっけに取られた顔された。当然だけど。
「……母は元気にしている。ソレがどうした?」
「あー、ソレは何より。で、お父さんの方は……」
「訊くな。我々の母たちは健在だ。それで充分だろう。
 そういうお前はどうなんだ? そもそもドコから来た?」
「えっとその、そもそもだったらアナランドの方からですけど」
「そうか。それなら例の冠の話は聞いていよう。あの宝に興味はあるか?」
「………………………………興味があったら、どうなんですか?」
 数秒、沈黙があった。
「友よ。私には分かる。ココに訪れた真の理由を伏せているな。
 マンパンでは、慎重である事は賢明だ。
 だがお前は幸運だ。
 我が名は『ピーウィット・クルー』。我ら三人は『シンの篤志家』。
 権力欲に溺れているマンパンの魔法使いを倒そうとしているところだ。
 奴の野望を止めるためにも、どうか『諸王の冠』を見つけてくれ。
 我らが必要になった時はコレを吹け。出来るだけ駆けつける」
 そう説明したピーウィット・クルーさんは、ぼくに銀の笛を渡してくれた。



第86話「拷問長ナガマンテ」

 扉の並ぶ突き当たりにたどり着いた。
 いつもの通り、左にある扉から調べようとした時、エッジが言った。
「この扉の絵……見覚えがある」
「例の、よみがえる記憶ってやつ?」
「いや、ソレではない。というか、キミこそ覚えていないか? あの鉱山の」
 そこまで言われて思い出した。
 ぼくは荷物袋から、シャンカー鉱山で見つけていた銀の鍵を取り出した。
 鍵の柄の絵と、この金属扉の絵は、確かに同じだ。
 その鍵で扉の錠を開けて入ると、鎖の下がっている黒い壁が最初に見えた。
 室内に整然と並んでいるのは家具ではなく、大きな檻や、拘束台に拘束具。
 何をするための場所なのか、推理するまでもない。ココは――拷問部屋だ。
「おや、客か」
 この部屋の主だろう男が、ぼくに気づいて声をかけてきた。
「ココに好き好んで入ろうとするのは、このナガマンテに用がある奴だけだ。
 取り引きしよう。先に何か質問してくれ。役に立てる事なら助けてやる。
 次に俺が質問する。答えられなければ今日一日、俺の慰み物になる。どうだ?」
 って何だよ、そのよく分からない条件は。
 ぼくは司祭の帽子を頭に載せてから、呪文を唱えた。
「TEL――!」
 この男の思考や性格を魔力で見抜き、対処するべき方法を探る。
 それで出たのは、正直イヤな結論だったけど。生きるためには割りきらないと。
 その後のぼくは、ひたすら平身低頭に、ナガマンテを美辞麗句で飾り立てた。
「ほう、参ったな。そんな嬉しいお世辞を言ってくれた奴なんて初めてだ」
「いえいえ、滅相もございません。あなた様のような崇高な職業意識を
 お持ちになっている方には、コレが最低限の敬意でございます……」
 かーっ! 我ながら、衣着せまくった歯が浮いて痒くて仕方ない!
「よーし分かった。いい事を言ってくれた奴には、いい事を教えてやる。
 『スローベン・ドア』の、あの火炎地獄を抜ける方法だ。それは……」




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