紅の戦士の冒険

第1話「GAME START!」

 何から語れば良いだろうか。
 私が初めて成した、あの冒険についての記録。

 やはり最初は、あの出来事から始めるべきだ。
 私が、チョーベリーの剣術学校を修了してすぐの夜。
 私は先生に、大事な話があると部屋に呼ばれた。
 先生は、私の成績を一通り確認してから言った。

「……まあ、キサマにしては上出来だな」

 この言葉だけ聞くと、冷たい印象を持つ人が大半だろう。
 しかし顔をよく見れば、喜んでおられる事はよく分かる。
 先生は、ゆったりと椅子に座りなおして、私をまっすぐに見つめた。

「さて。早速、一人前の剣士となったキサマへの、最初の任務を伝えよう。
 ――火吹き山の謎を解き明かせ。そのためには、魔法使いを倒し、奴の秘宝を得るための3本の鍵を集めるのだ」

 先生の話では、その魔法使いは様々に姿を変えたり、大勢の魔物を従えたり出来る、
強大な魔力の持ち主であるという。
 今まで多くの冒険者がその山を目指し、秘宝への鍵を求めているが、
まず無事に戻って来られた者がほとんど居ないのだそうだ。
 その挑戦者たちに挙げられた名前の一つに、私は目を見開いた。

「何と……、私の父上も火吹き山に?」
「あらゆる手段を使うと豪語しておったな。……バカな男よ」

 まさか、あの父が苦戦するとは……。
 魔道を極めた父と、剣技を極めた先生とは、かつて世に名を馳せた名冒険家だった。
 二人ともに築いた偉業は数え切れないほどだ。

「了解しました。
 必ずや、カンペキな報告をお届けいたしましょう」
「………………覚悟を決めたか。ならばコレを持って行け。
 先人たちによって作られた、火吹き山の地図だ。せいぜい参考にするが良い」



第2話「LEVEL1 - CHAPTER1」

 私は、ふもとの村で下調べを済ませた後、二日間ほど歩いて、火吹き山のそばまでたどり着いた。
 休憩がてら、ひとまず背中の荷物袋を外す。
 空き地にある岩に腰を下ろし、伸びをしながら山を見上げた。

 山肌はどこも切り立った崖のようになっている。
 どころか、とがった岩が所々から、奇妙な形に突き出ている。
 山頂は何か植物だろう、妙に真っ赤な色で染めあげられている。
 普通に登る事が難しい以上、あの植物を確かめる事は不可能に近い。

 私は立ち上がり、荷物や武器を確認してから、空き地の向こう側――すなわち洞窟の入り口に歩み寄った。
 暗く湿った洞窟に入ってすぐに、カンテラに火を灯した。
 クモの巣を手で払いつつ、地図に目を通して進む。

 やがて、一つの木の扉に突き当たった。
 扉には錠がかかっていたので、肩から体当たりしてこじ開けた。

 が、勢いよく空いた扉の先にあったのは、床でなく穴だった。
 深さにして2mほどの縦穴だ。

 大事には至らなかったものの、何となく足が痛む。
 打ち身を負ってしまったようだ。

 ……果たして信用に値するのだろうか、この地図は……。
 



第3話「LEVEL1 - CHAPTER2」

 いったん入り口まで戻り、別の道をたどって行く。
 次にあった、荒削りな木の扉には、錠はかかっていなかった。
 小さな部屋だ。
 古い木のテーブルには、火の灯ったロウソクが置かれている。
 奥の隅のワラ布団では、ゴブリンらしきモンスターが眠っている。

 私は、テーブルの下にあった小箱を手にしてから、そっと部屋の外へ戻った。
 箱に入っていたのは、金貨1枚と、モンスターが捕まえていたのだろうネズミ1匹。
 金貨は受け取り、ネズミは放してやった。
 ネズミは通路を一目散に逃げ去って行った。
 何か、いい事をしたような気がした。



 次の扉にも錠はかかっていない。
 やはり同じように、木のテーブルには火の灯ったロウソク、
 奥の隅にはワラ布団、そして小箱。

 無人の部屋なので、今度は堂々と中に入れる。
 小箱を持つと、軽い。振ってみると、中で何か音がする。

 またネズミでも捕まっているのかと思いつつ、ふたを開けた途端、小さな蛇が躍り出た。
 私は、手首に噛みつこうと暴れる蛇を、剣で払った。

 蛇を倒した後、小箱が見当たらない事に気がついた。
 辺りを探すと、小箱は地面に転がっていた。
 戦っている間に落ちたのだろう。
 そして蛇と一緒に入っていたのだろう、青銅色のカギが1本。
 「99」と書かれている。

 どうやら、目標の一部を達成したようだ。



第4話「LEVEL1 - CHAPTER3」

 次の扉。部屋の作りはまたも同様。
 ただし、居たモンスターは、今度は2体だ。
 どちらも革鎧を身につけているが、何か強い酒を飲んでいるようで、立ち上がろうにもフラフラしている。

 酔っぱらいと言えど、不必要に騒がれるわけにはいかない。
 あたふたと武器を取る敵陣に、私は躍りかかった。
 結果、若干は負傷しながらも、2体のオークを葬った。

 付いた血糊は、ワラ布団で拭わせていただいた。
 緑色に塗れる布団を後に、木製の小箱を調べた。

 ふたにある真鍮の板には、「ファリーゴ・ディ・マジオ」という名前が記されている。
 開けると、入っていたのは小さな本だった。
 題は「龍火の作り方と投じ方」。
 魔術師ファリーゴ・ディ・マジオが書いていた備忘録だ。
 最後のページには、龍の炎と戦う術が記されていた。

----------------------------------------------------
 さればいまこの書を手にせし汝はわが畢生の大作を手にせしものなり。
 滅びの力は望めば汝の手にあり。
 むなしく浪費するなかれ。
 当初の目的に反し呪文を用うることあらば、
 汝また悪そのものに食らわれ、自らの手の投じたる炎にて死なん。
 ゆめ忘るるなかれ、龍の汝に向かいて火を吹く時にのみ、
 手をふりかざしてかく唱うべし。

 エキフ エリフ  エカム エリフ  エリフ エリフ  ディ マジオ

----------------------------------------------------

 以上の文章を音読すると、突然ページが光り輝き、書かれていた文字が消え去った。
 無闇に使われるのを防ぐための仕掛けだろう。
 



第5話「LEVEL1 - CHAPTER4」

 次の扉からは、怒鳴るような声が聞こえてくる。
 扉を開けると、そこは大きな部屋だった。
 今までと似たような調度品が置かれているが、どれも作りはガッシリしている。
 ある程度身分の高い人――と言うべきか――によって使われている事が分かる。

 部屋の片隅では、大柄なモンスターが小柄なモンスターにおおいかぶさるように立っている。
 オークの族長が、床の上でひいひい言っている召使いを、ムチで打っているのだ。

 取りあえずムチの音を止めさせようと、族長の方に飛びかかると、何と召使いの方が木の棒でこちらに攻撃してきた。
 恩知らずな者にかける情けもあるまいと、私は結局、2体双方を剣で屠った。

 緑色の血だまりを避けながら、テーブルの下にあった箱を調べた。
 剣で錠前を壊してから、ふたを開けると、小さな物音を立てて、矢が腹に飛んできた。
 素早く抜いて、包帯で処置をする。

 手痛い傷を負ってしまったが、収穫は大きかった。
 箱に入っていたのは、金貨25枚、姿の見えなくなる薬のビン、絹製の黒手袋。

 金貨は、何かあった際の軍資金として使えるだろう。



第6話「LEVEL1 - CHAPTER5」

 次の扉。
 またも大きな部屋は、今度は食堂とでも呼ぶべきだろうか。

 5体のオークが、広いテーブルの席に着き、ネズミの骨で作ったスープで盛り上がっている。

 大釜に残った最後の骨を誰が食べるか、もめているようで、私の存在はまだ気づかれていない。
 が、だからと言って、逃げ去るところを見咎められれば意味はない。

 私は、素早くオーク達を始末した後、部屋を探った。
 彼らの身に着けている物はせいぜい、生き物の歯や爪や骨、小さなナイフと言った程度だ。
 戸棚の方も、粗末な椀や皿などの食器があるだけだ。
 細々とした物だが、何か役立つ場合もあるかもしれない。

 そうやって調べる内、給仕用の仕切りの下に、長さ50cmほどの薄い革製の箱が見つかった。
 あっさり開いた箱からは、見事な作りをした銀製の弓矢が一組出てきた。
 ケースには「眠れぬ者への眠りの贈り手」という文字がある。
 強敵に挑む際への必殺の武器といったところだろう。



第7話「LEVEL1 - CHAPTER6」

 多勢の敵を倒しているのは、単純に言って喜ばしい事だ。
 だが、まだ今後の道は長いと思われる。
 場所が食堂という事もあり、私も手持ちの食事を摂った。

 気を引きしめつつ、更に奥――北方へ進んで行く。
 すると、よく使いこまれた扉を見かけた。
 耳をそばだてると、人間らしき声が聞こえてくる。
 扉には錠がかかっていたので、肩から体当たりしてこじ開けた。

 一見して、その部屋は牢屋だった。
 扉が開くや否や、ボロをまとった老人が、わめきながら突進して来た。
 灰色の髪もひげも長く、古い木の椅子の脚を振り回している。

「ご老人! お助けに参りました」

 私がそう訴えると、老人は我に返って立ち止まり、やがて泣き出した。
 どうやら、緊張の糸が切れたようだ。

 話を聞くに、この老人もまた、火吹き山に挑んだ冒険者の一人だった。
 が、オークに捕らえられ、この牢屋に入れられてしまったのだそうだ。
 これからどうするつもりかと問うと、老人は首を振って答えた。

「ワシはもうここまでだ。帰る事にするよ。
 しかしあんたなら、この試練の一番奥までたどり着けるかもしれない。
 いくつか忠告するが……、まず、この先にある門を開けるなら、右の取っ手を引く事だ。
 途中の川にいる渡し守には逆らっちゃいけない。
 ボート小屋の鍵は、一人の男と飼い犬が護っている。……こんなところだな」
「感謝いたします」

 我々は握手を交わした後、それぞれの道を進んだ。



第8話「LEVEL1 - CHAPTER7」

 次の扉にも錠がかかっていたので、肩から体当たりしてこじ開けた。
 縦に真っ二つに裂けた板を引きはがして、中に入った。

 壁に灯された松明に照らされているその部屋は、小さな武器庫だ。
 長剣・短剣・盾・兜・胸当てなど、多くの品が置かれている。
 一通り調べてみるが、手持ちの武器より優れている物は見つからない。

 ただし、奥の壁に飾られている盾だけは例外だった。
 中央に三日月の紋が描かれた、丸い鉄製の盾だ。
 手に取ると、ずしりとした重さを腕に感じる。
 私は荷物から小物を出し、代わりに盾を装備した。
 コレがあれば、受ける傷を減らす事も出来そうだ。



 次の扉は、全部金属製だった。
 錠はかかっておらず、扉は開いた。

 入って目にしたのは、またも拷問の様子だった。
 ただし、先程のムチ打ちに比べ、こちらはある種、本格的だ。
 壁には、ズラリと拷問器具が下げられている。

 部屋の中央には、ゴブリンが2体。
 天井に手首から吊り下げられたドワーフを、乱暴に剣で突いたり斬りつけたりして、
いたぶっている。

 と、ドワーフが一声悲鳴を上げてから、ぐったりと沈黙した。
 不服そうな顔のゴブリン達は、ふと後ろを向き、私がいる事に気がついた。
 この私を同じように遭わせたいようだが……バカな話だ。

 私は邪なモンスター達を斬り伏せてから、事切れたドワーフの縄を切り、天井から下ろしてやった。
 ついでに、ゴブリンが持っていたチーズのかけらをいただいてから、部屋を去った。



第9話「LEVEL1 - CHAPTER8」

 これで、まず一段落のようだ。
 通路の外れ。その行く手を阻む、鉄の落とし格子。
 コレは流石に、体当たりしても壊れないのは明白だ。

 そのそばの壁には、剣のような形をした、2本の取っ手。
 先程の老人の忠告に従って、右の取っ手を引いた。
 すると、深い地鳴りと共に、地面が震え始めた。
 落とし格子は、確かにゆっくりと音高く引き上げられ、天井の方へ収納されていった。



 慎重に通路を忍び歩いていると、曲がり角に木のベンチが据えられていた。
 「疲れし旅人よ ここにて憩え」と書かれた札がかかっている。

 お言葉に甘え、そこに腰掛けて食事を摂った。
 ベンチに身を預けていると、何とも深い安らぎに包まれる。
 体の痛みまで、自然に引いていくように思える。

 どうやらこの場には、癒しの魔法がかけられているようだ。



第10話「LEVE2 - CHAPTER1」

 次にあったのは、がっちりした木製の扉だった。
 その中は、手の込んだ石細工で飾られた壁の部屋だった。
 埋め込まれたモザイク模様や、磨き上げられた大理石の象眼に、思わず心を奪われる。
 新鮮な美にあふれた細工の一つ一つを鑑賞していき、最後に隅に置かれている像の前で足を止めた。

 この像だけは、何故か金属製だ。
 キクロプス―― 一つ目の巨人が、勇ましくこちらに身構えている。

 瞳の部分には、大粒の宝石がはめられていた。
 その魅力に興味が湧いた私は、よく調べてみようと、宝石を外すべく、剣先をこじ入れようとした。

 と、どこからか軋むような音がする。
 鉄の像が動いているのだ。
 キクロプスは台座から降り、戦闘体勢を取った。

 その時の戦いは、死力を尽くした物になった。
 あと一撃でも食らっていたら、命を落としていた事も否めない。

 最後、私の剣が宝石を弾き飛ばした時、やっと像は動かなくなった。
 宝石は血のように紅く、ずっしりと重い。
 改めて像を調べると、胸当ての部分が外れ、小さな鍵が1本出てきた。
 「111」と刻まれている。

 やはりこの戦闘は、この冒険での必然だったようだ。



第11話「LEVE2 - CHAPTER2」

 移動する前に、消耗しきった体を癒す。
 私は、いざという時のために用意していた「力の薬」の瓶を開け、1服分を飲みほした。
 これで体力は、全快の状態に戻るのだ。
 なお、手持ちの薬は、あと1服分。
 最後まで残しておける事を、今は祈ろう。

 北への通路を進んだ先、どっしりとした扉のノブを回して、次の部屋に入る。
 背後の大声に振り向くと、戦斧(バトルアクス)を振りかざした戦士が飛び出してきた。
 戦いに魂すべてを捧げているバーサーカーだ。

 だが、体力が元に戻った今なら、勝てない戦いではない。
 敵を打ち負かしてから部屋を調べると、片隅の古い箱から、木槌が1本、
先端を尖らせた木の棒が5本、見つかった。



 短い廊下の後、出た次の扉のノブを回して、部屋の中に入る。
 白い壁と大理石の床が美しい。
 四方の壁には、肖像画が飾られている。
 西壁に飾られた絵に添えられている文字に、思わず身震いした。
 先生に教わっていた、火吹き山の魔法使いことザゴールの名前があったからだ。
 その忌まわし気な視線を受けて、目を背けようとしたが、なぜか体が動かず、逆に力が抜けていく。
 絵の放つ魔力に引き寄せられているのだ。

 何か、別の魔力で相殺しなければ――。

 私は荷物袋から、あのキクロプスの瞳を出して、肖像画に突きつけた。
 肖像画の凄むような目つきが、苦しそうなそれに変わっていく。
 と、不意に目を閉じ、そのまま気絶したような表情で固まった。

 かくして私は、(肖像画の)魔法使いに勝ったのだ。



第12話「LEVE2 - CHAPTER3」

 細い通路の途中、座り心地の良さそうな、くぼんだ大きな岩を見つけた。
 腰を下ろして小休止してから、北へ進む。

 小さな木の扉を開けると、ごつごつした岩作りの部屋だった。
 なぜかY字に整えられた木の枝が2本、がれきに混じっている。
 枝の表面は、まるで水辺から打ち上げられたように滑らかだ。

 部屋を通り抜け、更に北へ歩いて行くと、通路の床は、岩から次第に砂混じりになっていき、
とうとう砂地に変わった。
 通路の幅が広くなり、前方から水の音が聞こえてくる。
 川の南岸に行き着いたのだ。

 私は、黒く見える水面の向こう岸を眺めてから、周囲を調べた。
 川辺には、錆びた鐘があり、「渡し舟 金貨2枚 鐘を鳴らしてください」という札が
下がっている。
 さっそく鐘を鳴らすと、少しして一人の老人が、小さな手漕ぎ舟で、北岸から寄って来た。

「まいど。じゃあ、金貨3枚な」
「……この札には、2枚と書いてあるが?」
「物価の影響でね。嫌なら帰るよ」
「それは困る」
「だったら払いな」

 押し問答をしている時間も惜しい。
 無用な戦いを避けるためにも、私は必要経費を支払った。



第13話「LEVE3 - CHAPTER1」

 舟は急流を越え、無事に北岸に着いた。
 湿気を帯びた滑らかな岩に、様々な色合いの苔が生えている。
 正面に見える、大きな木の扉を開け、中に入った。
 暗い部屋の中で目を慣らそうとする前に、頭に鋭い痛みが走った。

 不覚だった。
 ずきずきする頭を抱えながら目を覚ますと、まず出血のない事に安堵した。
 部屋は8m四方というところだろうか。
 北と南に扉がある。
 私は南西の隅に転がされていた。

 そんな私の動きに、部屋にいた異形の住人たちが反応した。
 少なくとも、見た目だけは人間に近い。
 緑がかった灰色の体に、破れた服をまとい、虚ろな目を向けて立っている。

 私は目眩を覚えながらも立ち上がったが、彼ら四人は意外に素早く、一列縦隊になって襲ってきた。

 足を引きずりながら向かってくる彼らは、術者に操られて動くゾンビだ。
 棍棒を持つ者、鎌を持つ者、斧を持つ者、ツルハシを持つ者。
 私はそれぞれを倒し、結果的に昇天させた。

 室内を見回すと、かつて敗れた冒険者の死体が北東の隅に伏している。
 装備品は、鋼の剣・皮の鎧・木の盾といったところだ。
 他には金貨8枚と、それから純銀製の十字架と。
 攻撃に有利なのは、剣と十字架の二品か。

 それらを手に取った時、聞こえた物音に肩が震えた。
 そろそろ、次の部屋に急いだ方が良さそうだ。



第14話「LEVE3 - CHAPTER2」

 扉の向こうは、納骨堂のような暗い部屋だった。
 端には祭壇のような物が据えられ、棺桶がいくつも転がっている。
 出るための扉は、西側に見える。

 どうにも薄気味悪い場所だ。
 死を意味する部屋に相応しい、静寂に満ちている。
 それでいて、ときおり水の滴る音だけが、やけに大きく響く。

 私は棺桶の周りを忍び足で歩き、祭壇の前に立った。
 祭壇には手の込んだ彫刻が施され、宝石が散りばめられている。
 見事に織られたタペストリーが壁に掛かっているが、ところどころ擦り切れている。

 再び聞こえた物音に振り向くと、カンテラの光が棺桶の一つに落ちた。
 一番大きい、その棺桶のふたが開こうとしている。

 棺桶の中から起き上がったのは、色の白い長身の男だ。
 一見は穏やかな顔つきだが、狼の牙を思わせる歯が見えている。
 典型的な姿の吸血鬼だ。

 流石にこの敵相手に、まともに戦うわけにはいかない。
 私は、純銀製の十字架を突きつけながら、部屋の外へ走り抜けた。



第15話「LEVE2 - CHAPTER3」

 「工事中」の札が、通路の曲がり角に立てられていた。

 奥へ行って覗きこむと、下り階段の――最初の三段だけが作られているところだった。

 階段の脇の地面には、シャベルやツルハシなど諸々の道具が転がっている。
 係が休憩中なのかと思いながら近寄ると、道具たちが慌てたように動き始めた。

 シャベルは土を掘り起こし、ツルハシは岩を突き崩す。
 さながら、見えない者に操られているかのようだ。
 その上、歌声まで聞こえ始めた。
 調子の良いハミングは次第に高まり、聞き覚えのあるメロディとなった。

「ハイホー、ハイホー、仕事にいく……」

 特にドワーフがよく口ずさむ童謡だ。
 何とも愉快で微笑ましい。
 私はその場に腰を下ろして、しばらく見物させていただいた。

「楽しいかい?」
『楽しいよー』
『楽しいよー』

 一声かけると、済んだ声でのユニゾンが返ってくる。
 私は、満たされた気持ちで、魔法の道具たちの工事現場を立ち去った。



第16話「LEVE3 - CHAPTER4」

 元の曲がり角に戻って、北へ進む。
 道は数mで、東に鋭く折れる。
 そこで、北壁の一部が切り取られたような形に開いているのを見つけた。

 その穴をくぐって、幅の狭い下り階段を慎重に下りていく。
 階段は、岩の表面を切り出して作られており、下へ20段ばかりある。
 そのふもとからは通路が、大きな開けっ放しの部屋へと続いている。


 強い臭気に鼻を押さえながら進むと、またも冒険者だっただろう死体が室内に伏していた。
 それも3人。
 目に留まった一人を調べると、金貨5枚を発見した。

 では次は……と思った矢先、死体が突如、跳ね起きた。
 長い爪での初撃を、後ろに飛びすさってかわした。
 どうも、屍鬼(グール)が紛れこんでいたようだ。
 毒を帯びた爪に手こずりながらも、何とか仕留めて、調査を再開する。
 古い耳飾りが一組、ポケットに入っていた。


 最後の死体からは、金貨8枚、一瓶の液体、古い羊皮紙が1枚。

 その液体は、ケインレシ・マーの大僧正によって祝福された聖水だった。
 飲み干すと、滑らかな喉越しと共に、気力や体力が満ちるのを感じた。

 羊皮紙は、擦り切れていてほとんど読めない。
 「ザゴールの迷路」と、上の方に書かれている。
 北の方に「……険」、東の方に「ちい……人」と読み取れた。



第17話「LEVE4 - CHAPTER1」

 部屋を出て、短い通路を歩き、北への階段を昇って廊下に出る。
 東に鋭く折れた道を曲がった時、今どの辺りまで進んだろうかと思い、ふと立ち止まると、
背後で何かが軋むような音が聞こえた。
 振り向くとちょうど、落とし格子が私の後ろの通路を遮ったところだった。

 考えるに、ザゴールの迷路とやらのエリアは、この辺りから始まっているのではなかろうか。

 壁を探りながら、慎重に歩を進めていく。
 差し当たって、地図に書かれていた東の方角を目指した。

 見かけた大きな木の扉を開けると、その部屋は煙草の煙で満ちていた。

 木のテーブルを囲んで、小さな椅子に腰を下ろしているのは、四人のドワーフだ。
 背丈は皆、1mくらいしかなく、長くふさふさとした髭を生やしている。
 そんな彼らは、長いパイプをくゆらせ、カード遊びをしながら冗談を言い合っている。

 テーブルの上には、銅貨の山と、ビールの注がれたジョッキが人数分あった。
 私が中に入ると、陽気に騒いでいたのが静まった。
 代表者と思われるドワーフが、こちらに声をかけてきた。

「何だい、旅の方、おまえさんもこのザゴールの迷路に迷いこんだのかね?」
「いえ……私は冒険者として、自ら挑んだ者です」
「それはまた勇敢だな。この迷路を抜けるには、とにかく奥へ進む事だ。
 この部屋を出たら右、右、左と進めば……いいはずだ。多分」

そうだよな?と他のドワーフに尋ねている。
どうやら彼自身、確証は持っていないようだ。
だが、手がかりの一つにはなるだろう。多分。



第18話「LEVE4 - CHAPTER2」

 言われた通りの道順に進んでみる。
 が、思った通り、その先もまだまだ迷路は続いている。
 確か地図には、北にもメッセージがあったはず。
 危険があるのは承知の上だ。

 扉を開けると、そこは大きな正方形の部屋だった。
 土器のかけらが、そこら中に転がっている。
 数少ない例外としては、金貨で一杯の壷や、何か透明な液体で満たされた花瓶などがある。

 部屋の奥に進むと、背後で扉が勢いよく閉まった。
 振り向くと、半人半牛のモンスター ――ミノタウロスが向かってきていた。
 頭を下げた姿勢で、角で刺そうと突進してくる。

 私は緋色のマントを翻し、壷の一つをミノタウロスへと投げつけた。
 敵の怯んだ隙を突き、剣で急所を貫いた。

 戦いの後、改めて部屋を調べて回る。
 壷の中の金貨は、陶製の作り物だったが、8枚ほど本物が混じっていた。

 花瓶の中身は、匂いも味も、普通の水のようだ。
 もっと詳しく調べようと傾けた時、手が滑った。
 すると、砕けてしまった壷が二重底になっていた事が分かった。
 入っていたのは赤い鍵だ。「111」と記されている。
 手に入れた鍵は、これで3本。

 迷宮の出口は近い。



第19話「LEVE4 - CHAPTER3」

 部屋を出て、どんどん北へ。
 行き止まりになった所の壁を押すと、カチッと何かが動く音がした。
 途端、何やらめまいを感じ、思わず床に崩折れた。

 首を振りながら体を起こすと、先程までとは異なる場所に立っていた。
 気を取り直して、再び北へ進み、見つけた部屋に入った。
 割れた壷や花瓶が散乱している。
 明らかに、私がミノタウロスと戦ったあの部屋だ。

 ……推理するに、何か、まやかしの術をかけられている可能性が高い。
 出口のある北方へ、行かせまいとしているのだ。

 ならば、こちらにも考えがある。
 私は、きびすを返し、逆の南方へ足を進めた。
 道はどんどん南西に向かい、また行き止まりの所に着いた。

 壁をつついて回るが、いっこうに手がかりは見つからない。
 読みが外れたかと思いながら一歩下がると、足下でカチッと音がした。
 次の瞬間、天井からガス状の何かが、シューっと音を立てて細く吹き込んできた。
 私は咳き込むと同時にめまいを感じ、再び床に崩折れた。



第20話「LEVE4 - CHAPTER4」

 気づいてみると、やはり先程とは異なる場所に移動していた。
 見つけた扉を開けた先は、大きな正方形の部屋だった。

 中央には、白髪の老人がペンを手にして机に向かっている。
 机には羊皮紙が、その周りには書物が幾重にも積み重ねられている。
 壁には、天井から床まで一面に書棚が並び、何千もの書物が備えられている。

 私に気づいた老人は、鋭い視線を私に向けた。


――睨まれたら睨みかえせ――。


 私は先生からそう教わってきた。
 その教えを実行すると、老人はすぐに馬脚を現した。
 ひぃっと悲鳴を上げて、机の下に逃げたのだ。
 ……効果てきめん、というべきだろうが、気分はやや複雑だ。

 私は咳払いを一つしてから、自分の目的を告げた。
 老人は怯えながらも、甲高い声で答えた。

「こ、ココの迷路はワシが作った物だ。
 そう簡単には抜け出せんぞ。
 南の扉から出て、右の扉を通り越し、突き当たりで左へ曲がり、十字路を突っ切って、
次の十字路を左へ行けば、出られるはずだがな」



第21話「LEVE5 - CHAPTER1」

 結論から言って、私は老人の言葉を考慮に入れなかった。
 今まで通ったルートをマッピングしていくと、むしろ老人の言葉の真逆こそ、
まだ踏破していないエリアに他ならなかったのだ。

 絨毯を広げていくように、まだ行っていない場所を少しずつ潰していく。
 長い通路を延々と辿った終点、行き止まりの壁を探ると、見つけにくい形での扉があった。
 岩の一つが外れ、小さな取っ手が現れたのだ。

 押してみると、小さな引き戸が横に開いた。
 開いた端から閉まろうとするため、素早く潜り込んだ。

 続く十字路を北へ進む。
 西に折れた先は、急に道幅が狭くなる。
 身を屈めなければ通れないほどの高さを潜ると、大きな洞窟に出た。

 天井から流れ込む自然光により、一部が照らされているものの、奥には暗闇が広がっている。

 カンテラで奥を照らしている内に、低いうなり声が聞こえ始めた。
 鈍い光がちらりと見えた直後、奥から一筋の火がほとばしり、私のすぐ横をかすめて、
壁の苔を燃え焦がした。
 私は地面に伏せ、火の出元を窺った。

 赤色のドラゴンが、煙を吐きながら歩いてくる。
 体長は15mほどだろうか。ウロコが油に濡れたように光っている。

 私は敢えて立ち上がり、大仰な動きで剣を構えた。
 勢いよく突き出された剣先に、興奮したドラゴンは、深く息を吸い込んだ。
 咆哮と共に、口の中に新たな火の玉が生まれるのが見えた。

 同時に私は、記憶していた呪文を詠唱した。

「エキフ エリフ  エカム エリフ  エリフ エリフ  ディ マジオ!」

 果たして、火の玉はドラゴンの口内にとどまった。
 逆に身を燃やそうとする炎に、ドラゴンは苦悶の声を上げながら、洞窟の奥へ去って行った。



第22話「LEVE5 - CHAPTER2」

 ドラゴンが去ったおかげで、西への通路が見つかった。
 細い廊下に沿って歩き、扉を開けた。
 灰色の髪と髭を持つ小柄な老人が、テーブルで一人、カード遊びに興じていた。

「ようこそ、冒険者よ。待っていたぞ」

 まるで壁そのものから発せられているような、力強く野太い声が、部屋中に反響した。

 その声に合わせて、老人の姿が変貌していく。
 堂々たる体躯。黒い髪と瞳。
 薄汚れていた衣さえ、金糸とビロードのそれに変わる。

 敵は姿を消したと思うと、次の時には部屋の突き当たり、錠前の二つある扉の前に立っていた。
 見ているだけで、圧倒されるほどの気配を放っている。

 あの絵の時と同じだ、と感じた。
 まさかと思いながら、私はキクロプスの瞳を突きつけた。

 読みは当たった。
 火吹き山の魔法使いは、悲鳴を上げて後ずさった。

 強く輝く紅の宝石は、ひときわ眩しい光を撃った。
 ほとばしる光線に撃ち抜かれた魔法使いは、みるみる内にその姿を薄れさせ、
最後には何だか分からない砂のような灰のような代物になってしまった。

 やがて宝石の光は弱まり、私は積もっている何かの山に近寄った。
 触ろうとする前に、山は崩れて消えてしまった。



第23話「LEVE5 - CHAPTER3」

 突き当たりの扉。
 二つある錠前に、持っている鍵の2本を試しに差すと、錠が開いた。

 ほの暗い小部屋だ。中央の低いテーブルには、大きな箱が一つ。
 歩み寄って行くと、一歩進む度に、何か機械のような音が鳴っているのが聞こえる。

 箱にあるのは、三つの錠前。
 私は、手に入れていた鍵を順番に差し入れた。
 鍵はそれぞれカチャリと音を立て、全ての錠前が開くと同時に、箱が開いた。

 入っていたのは、ざっと1000枚ほどの金貨と、宝飾品、ダイヤモンド、ルビー、真珠、
そしてこの火吹き山の攻略法をまとめた呪文書だった。

 私は宝物を傍らに、呪文書を読み始めた。
 呪文書の内容は、ドコを取っても興味深かった。
 我知らず、ページをめくる速度が上がっていく。

 この書物こそ、他の全部の宝物よりも貴重な品なのではないだろうか。
 火吹き山の秘密の全てを操る方法が説明されているのだから。
 言わば無限の力が手に入ったのも同然だ。

 この本さえあれば、帰り道は全くもって安全だろう。
 いや、それどころか、このままココにとどまり、この山をまるごと支配する事も不可能ではない。

 ――そうだ、私こそが、この火吹き山の、新しい領主として――!



第24話「GAME CLEARED」

「そこまでだ」

 聞いた声が背後からかけられた。
 拾い上げられた宝石が放つ光線が、呪文書を撃ち抜き、あっと言う間に焼き尽くした。

 私は驚きつつ、自分のそばに居た人物に呼びかけた。

「………………父上。どうしてココに?」
「お前の後を尾けてきたのさ」

 簡単に言われた。
 そう。先生も言っていた通り、この人はこういう人だ。
 如何なる手段を用いてでも、必ず目的を成し遂げるのだ。

「もう分かっていると思うが……その呪文書こそが、火吹き山の真相だ。
 その本に憑かれた冒険者が、次の魔法使いとして君臨する。
 しかし、お前が露払いしてくれたおかげで、その連鎖をこうして止められたわけだ」

 さて……と、父は居住まいを正して、私に向き直った。

「この試練を乗り越えられたお前になら、託せるかもしれん。
 次の任務こそが本題だ。
 ……マンパン砦に潜む大魔法使いの事は知っているな?」

 かくて私は、長い時をかけての、新たな冒険に身を投じる事になったのである。


「紅の戦士の冒険」  完




HOME

inserted by FC2 system