プロトタイプ

≪SCENE 1≫


古めかしい石畳の道は、遥か彼方まで続いているように見えた。薄暗いこの廊下で
頼りになる明かりと言えば、幼い彼らが手に提げている五つのランタンしかなかった。

もっとも、”本当に”幼い小学1年生であるのは、小嶋元太・円谷光彦・吉田歩美の
三人だけ。先頭の工藤新一こと江戸川コナンと、しんがりの灰原哀は例外と言える。
彼ら二人は、ワケあって姿を子供に変えているだけなのだ。

静けさの中、コツコツと靴音だけが大きく響く。
その中で、微妙に異なる音がコナンの耳に届いた。

「アレ?」

「どうした、コナン?」

立ち止まって振り向いたコナンに、そのすぐ後ろを歩く元太が尋ねた。

「イヤ、何でもねーけど。ちょっと物音がな」

「ボク達は異状ありませんよ。大丈夫です」

と、光彦は周囲を見てから言った。哀も周りを観察してから、

「心配しなくても、全員ちゃんと付いて来てるわよ。後ろの方も問題ないし」

「ねぇ、コナンくん。前の方はどうなの? 何も見えない?」

「ん? ああ」

歩美に問われて、コナンは慌てて前方を照らした。

「おっ、扉みたいなのがあるぜ。”次の面”は、どうやらココらしいな」





子供たちは、朽ちかけた木の扉の前に集まった。皆で力を込めて押し開けると、
冷たい空気を顔に感じた。全員が部屋の中に入ると、扉はごく自然に静かに閉じた。

「ん、何だぁココ?」

「わぁっ、広い!」

ランタンを回しながら、元太と歩美はそれぞれ感想を述べた。
光彦は真剣な顔で、部屋を隅から隅まで眺めてから、

「ココは……一種のホールみたいですね。一体どうしたらいいんでしょう」

「だから、さっきの部屋みてーに調べるんだろ? ”係の人”たちが、
前半で手掛かりを集めろって言ってたじゃねーか。忘れたのかよ」

「ソレは分かってますよ、元太くん。どう調べたらいいかって意味で言ってるんです」

「とにかくアチコチ見て回ろうよ。ホラ、何か変な道具がこっちにあるし」

歩美の言葉を境に、三人組は部屋を調べ始めた。
たちまち会話の弾みだす彼らとは対照的に、コナンの表情は至って厳しかった。
無言で歩を進め、部屋の奥の壁を見つめる。そんなコナンに、哀が話しかけた。

「やっぱり気になってるみたいね」

「まぁな。けどお前だって、おかしいと思ってるんだろ? この状況を」

「ええ。ココは確か19世紀の英国をモデルにした、仮想現実(バーチャルリアリティ)
ゲームの世界……だったわよね」

「ああ。そうだ」

そもそもの発端は、数十分前にさかのぼる。
コナン達の知人である(コナンと哀にとっては恩人でもある)阿笠博士が開発に
協力したという触れ込みで、彼らはそのゲームシステムのモニターを務める事となった。

カプセル状の機械の中に全身をうずめ、意識そのものを架空世界に送りこむ。
SFさながらのシステムには、流石のコナンも舌を巻いた。

もっとも、まだ試作品の段階のため、当初は簡単なテストのみの予定だった。
けれど歩美・元太・光彦の強い希望から、開発中のゲームソフトのプレイに変更された。
ミステリ路線という紹介に、コナンの食指も大いに動き、それで今に至るのである。

「つまりオレ達が見聞きしてる物は全て錯覚、その錯覚の中でオレ達は、
ゲームの指示通り行動してクリアする……係員たちには、そう説明されたんだ。なのに」

「その指示としてあるべきはずの、メッセージらしき物が一向に見当たらない。それに
かなりの時間を探索しているのに、具体的なイベントも始まらない。そういう事かしら」

「うぅん、ソレも一応そうなんだけど」

「システム面以外にも、不備があるってわけ?」

「そういう言い方するなら……グラフィック面て言うべきかな。ごく微妙なんだけど、
調度品とかの時代考証がおかしいんだ。プレイ前に見せられた画面とは絶対に
異なってる。まぁソレだけなら、制作に手抜きがあるんだなって事で済むけど」

コナンは、ランタンを置いてひざまずいた。床に手を触れて、

「よく見ろよ。この床、それに壁。部分ごとに物が違うんだ。自然の石材とコンクリートとが
ゴチャゴチャに混ざってる。イヤ、混ざってるようにオレ達には見えるって言うべきかな。
ココは現実じゃないんだから」

「そうね。でも、あなたの言う通りよ。こんな建物、普通の感性をした人間なら、
決して作り得ない代物だわ」

「ああ。ともあれ現時点で考えられる可能性は、二つ。最初からこんな不自然な形で
設定されてるのか、もしくは」

「バグ(不具合)……かしらね。私たちは、ソレに巻きこまれてしまっているのかも」

「その可能性は高いな。とにかく、ここは慎重に行動しねーと」

「――あーっ!」

コナンの台詞は、甲高い叫び声にかき消された。

「な、何だぁ!?」

「どうしたの?」

と言いながら、哀は既にきびすを返している。
コナンと哀は、さきほど入って来た戸口へ駆け戻った。
三人組は、扉の前で口々に言い合っていた。

「だからもういいよ、二人とも無理に行かなくて。危ないってば」

「平気平気。だってさっきの廊下なんだろ? 落っことしたのって」

「そうですよ。あの時の物音が証拠です。すぐ見つけますから」

「オイお前たち、一体なに騒いでんだよ」

「あ、コナンくん。実は、歩美ちゃんが髪留めを落としたんです」

「髪留め?」

「あのヘアピンの事?」

「そうそう」

尋ねる哀に、元太は大きく頷いてから、歩美の右耳そばを指して、

「ホラ今日、歩美ってこの辺に付けてたろ? ソレが無くなっちまってんだよ」

「アレね、今日お母さんから借りて来たの。変わった飾りが付いてたから、
お母さんも気に入ってたんだけど」

「この部屋に入る前にコナンくん、物音がしたって言ったじゃないですか。
きっとその時に落としたんですよ」

「あ、あのなぁ」

と、コナンはウンザリした面持ちで首を折った。苛々と頭を掻きながら、

「このゲームを始める前に、散々手間がかかっただろ? オレ達参加者の膨大なデータを
入力するのに。だからココでのオレ達は、体以外は必要最低限の物――せいぜい
衣服くらいしか反映されてねーんだ。当然、服飾品の類はほとんど無視されてる。
現に歩美ちゃんには今、髪留めどころかカチューシャだって……」

「工藤くん」

「あん?」

哀の声に反応してしまってから、失態に気づいて青ざめた。

「な、な、何だよ急に」

「三人とも、とっくに出て行ったわよ」

「へ?」

確かに哀の言う通り。戸口の前にはコナンと、開け放たれている扉を押さえる哀のほか
誰もいない。扉の先に見える暗い廊下にも、人影はなかった。

「な――、何で止めなかったんだよっ!?」

「止めたところで、彼らが素直に従ったと思う?」

「う……」

「それより延々と専門的説明をしてるくらいなら、彼らを連れ戻しに行った方が
賢明だと思うけど」

「って、そういうお前は何やってんだよ? ドアなんか押さえてさ」

「言わば、万一の保険ね」

哀の態度は、どこまでも冷厳である。

「もし仮に全員が廊下に出て、何らかのトラブルが起こった場合、その際の退路は
必要でしょ? 何が起こるかなんて予想できないわ。ココはゲームの世界なんだもの。
まして、今そのゲームが正常に動いていると確認できない以上」

「ああ、そうだな。やはり行動は慎重に――」

と、コナンは頷きそうになるのを、しかし踏みとどまった。

「って、だったら尚更止めろって!」

「だから早く行った方が」

と、哀が言いかけた時、遠くから元太の声が聞こえてきた。

「げっ! 何だよコレ、どうなってんだ?」

「ったく、言わんこっちゃない! 待ってろ、今行くから」

「ま、せいぜい気をつけてね」

「うるさいっ!」





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