≪SCENE 3≫


やがて全員が、問題の扉の前に集まった。皆で協力して、扉を外へ押し開けた。
まず先頭のコナンがランタンを回して、状況を調べた。ごく小さく舌打ちしてから振り返り、
無表情で後ろの仲間たちに告げた。

「皆、この先はかなり暗い道――階段になってる。だから一列に並んで、
足下を照らしながら一歩ずつ進む事。特に灰原は、よく周囲を確認しろよ。いいな?」

「ええ、分かったわ」

と、やはりしんがりの哀はコクリと頷いた。

「ところで吉田さん、あなたのランタン、本当に借りてていいのね?」

「うん、平気」

哀のすぐ前に立つ歩美は、気丈に応じた。

「明かりなら前の皆が持ってるし。わたしは灰原さんの手、握ってるから」

「そう。ありがとう」

「じゃ、行くぞ」

「オーッ!」

コナンの呼びかけに、幼い者たちは元気よく拳を突き上げた。

一向はコナンの指示通り、闇に覆われた道を慎重に歩いて行った。
と言うよりも、その道は普通に進むだけでも辛かった。
何せ足場の一つ一つは、人一人がやっと立てるほどのスペースしかないのだ。
しかも階段は、上り・下り、右折・左折が実に不規則に並んでいた。
もともと少ない子供たちの体力は、次第に消耗していった。

最初に音を上げたのは、当然ながら大柄な体格の元太だった。

「オーイ……まだなのかよ、出口は?」

「さ、流石にキツくなってきましたね……」

「足、痛い……」

光彦や歩美の方も、そろそろ限界だった。哀は三人組を気づかって問うた。

「江戸川くん。休憩ポイントになりそうな所は無いの?」

「残念ながら、な」

前を向いたまま、抑揚なく答えるコナン。
急な上り階段の数十メートル先から白い光が差してきたのは、その時だった。

「おおっ!」

「出口です!」

「やったぁ!」

三人組は顔を輝かせて、その場で飛び跳ねた。そんな後ろの彼らを、コナンは鋭い声で
制した。

「あ、バカ! 動くんじゃない!」

「え?」

「何でだよ? やっと出れるのに」

「そりゃ最後が肝心なのは分かりますけど……」

と、光彦が笑った時、出口からの光が一層強くなった。
子供たちが立っていた場所からも、完全に闇が消え去った。

「……へ?」

三人組の顔が、凍りついた。
子供たちが今立っている場所は、確かに細い一本道の階段だった。
ただし、普通の階段ではない。
何もない黒い空間に、足場となる灰色のブロックが順序よく浮いているだけ。
しかも、そのブロックは全て脆く、崩れ落ちる寸前の状態だった。

「ひっ……ひぇーっ!」

「嘘でしょぉっ!」

「どうなってんだよぉっ!」

腰を抜かしそうになる三人組に、哀は瞼を伏せて呟いた。

「やれやれ、とうとうバレちゃったわね」

「えっ? まさか灰原さん知ってたの?」

「ええ。最初、江戸川くんが『周囲を確認しろ』って言った時からね」

「ど、どうして黙ってたんだよ、こんな事?」

「いちいち話してみたところで、どうにかなる物じゃねーだろ?
どうせ今みたいに混乱するのがオチだろうと思ったしな」

「まぁソレも一理ありますけど、でも……」

と、光彦。いわゆる「ヒザの笑っている」状態になってしまっている。
歩美と元太も似たような物だった。

「文句言ってる暇があったら歩くぞ。出口は見えたんだから」

と、コナンは無愛想に言って、再び歩きだした。
そんなコナンを、歩美は心配そうに見上げていた。哀は歩美に顔を寄せて、

「どうしたの?」

「うん……何かコナンくん、さっきから機嫌悪いみたいな感じがして」

「そりゃそうでしょうね。お目当てが全然見つからないんだから」

「え、何?」

「ううん、こっちの話よ」

と、哀は言葉を濁した。
一方コナンは、半ば無意識のうちに足を速めつつあった。そのため彼のいる位置は、
仲間たちから少しずつ離れ始めていたが、そんな事を気にする余裕は無くなっていた。

……蘭、お前今ドコにいるんだ? もう脱出できてるのか? それとも……。

理屈では分かっている。ココは現実ではないのだ。たとえココでどうなろうと、
現実の自分たちには何の影響もないのだ。けれど。
それでも、と思う。たとえ仮想現実といえども、その痛みや苦しみは実際に感じるのだ。
自分はどうでもいい。でもアイツには、そんな体験などしてほしくない。絶対に。

我知らず、足が止まった。目を固く閉じ、大きく首を振った。
吐息を漏らしてから、ふと周囲を見渡した。すると、細い階段(のような物)がもう一本、
視界の中に入った。その階段にいる人影を、コナンは見つけた。

「あ……!」

「ん? 何だよ変な声出して…………あっ!」

「あ、アレ、蘭お姉さんだ!」

「どうしてあんな所に……あっそうか、途中参加って言ってましたっけ!」

コナンの視線の先にある存在を見て、元太・歩美・光彦も声を上げる。頼り無げな足取りで
さまよっている長い髪の少女は明らかに、高校生の毛利蘭に違いなかった。
コナンは声を枯らして叫んだ。

「蘭! 蘭ねえちゃんっ!」

「……え?」

対して蘭の反応は、あまりに意外な物だった。茫漠とした顔で足を止め、首を回して、

「その声、コナンくんね? ドコ? ドコにいるの?」

「ドコってココだよ! こっち見てよ、蘭ねえちゃん!」

「待って! 何だか様子がおかしいわ」

と、哀はコナンを止めた。凝視してから、導いた事実を述べた。

「どうやら彼女、私たちが全く見えてない――視界ゼロ状態みたいね」

「!」

「何だって!?」

「大変!」

「ソレって蘭さん自身、エラーに巻きこまれてるって事ですか?」

「可能性はあるわね。ココでは五感も全て機械に支配されてるんだから」

おののく仲間たちに、淡々と説明する哀。
そんな会話に、蘭は耳を澄ますような仕草を取った後、

「皆の声……そっちね。待ってて、今そっちに行ってあげる。もう大丈夫だから」

「違う! こっち来ちゃダメだよ」

そう叫ぶコナンの声は、もはや悲鳴に近かった。

「ボク達は平気だから! 変に動かないで」

「いけない、視覚どころか聴覚も危ういみたいよ。このままじゃ――!」

哀の危惧は、間もなく的中した。
蘭の踏み出した足はブロックを外れ、彼女の体は何もない奈落に放り出された。

「きゃぁっ!!」

「蘭っ!!」

蘭が落下するのとまさに同時に、コナンは自ら足場を蹴って飛び下りていた。

「コナンくん!?」

「コナン!」

「そんな!」

「ダメ、落ち着いて! でないと……!」

大きく身を乗り出した面々に対し、脆すぎる足場は簡単に崩れ去った。

「ああっ!」

「みんな!」

結局全員、深い黒色の底へ投げ出されていった。





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