≪SCENE 2≫


行事当日。生徒たちは皆、落ち着かない様子でいた。
学校生活初めての参観日である。浮き足立つのも当然といえる。
その中で、目に見えて取り乱している子供が1名。

「コナンくん。次さんすうじゃないよ?」

「へ? ──あ」

歩美に言われて、コナンは睨んでいた教村書から目を離した。
慌てて荷物を出し直し始めた。
とうとう来てしまった。覚悟を決めねばならない時だ。
一時は仮病でも使ってやろうとさえ思った。これほど恨めしく思えた朝はなかった。
壁の時計を見た。授業開始まで、後5分。担任・小林澄子教論の準備も整ってきている。
前任校では彼女、参観日での指導に苦い経験をしたらしく、この前までは
必要以上に身構えていた。 夜な夜な予行演習まで積んでいた。
だが事情を察したコナン達の助言を受けて、彼女からは刺がなくなった──と表現すると
何だか学園ドラマのようだが、とにかく教室の空気が平和な物になったのは事実だった。

……万事うまくいくように、祈っといてやるよ……。

一応の準備が終わり、コナンが机に身を預けた時、教室の後方がザワついた。
コナンは視線だけ後ろへ走らせて──石化した。
大人たちで埋まったロッカー前で自分に微笑みかけているのは、
黒衣の似合う「江戸川文代」ではなかった。
眼鏡と前髪で素顔を隠してはいるものの、あの長い髪をしたツーピース姿の美女は、
実母・工藤有希子以外の何者でもなかった。
コナンは即座に、教室の隅から隅まで上から下まで確認した。
さすがに親のもう一方の姿はなかった。

……それにしても無防備な……。

今でこそ工藤夫妻は夫の方が有名だが、妻の方も時の人ではあったのだ。
そのじつ彼女の周りには、不審の表惰を浮かべている者もいる。
有希子当人が知らぬ顔をしているのが救いである。
一体どうしようとコナンが悩んだ時間は、しかし短かった。

「きをつけ!」

日直の号令で、条件反射的に正面を向く子供たち。
始業チャイムが、スピーカーから流れた。





「授業」と言っても、内容は薄い。少なくとも高校生にとっては。
子供は指された順に、教科書の文章(というより散文詩)を読んでいく。
天井から引き下ろした白いスクリーンに、OHPでページを映写する事で、
保護者たちにも本文を読ませている。
コナンの番がきた。席を立ち、義務的に声に出して読み上げる。
読みながら思った。どうもおかしい。声量が足りない。

「!」

挙げ句の果てに喉が詰まった。咳が止まらない。
小林教諭は心配そうに、

「慌てなくていいのよ、江戸川くん。落ち着いて」

落ち着いてますよ、たかが音読なんだから。
頭の中ではそう言い返すのだが、言葉は出ない。ノルマを果たすのがやっとだった。
解放された瞬間、全身から力が抜けた。体が内側から火照ってきていた。
……どうしてだよ? 何だって、こんなにうろたえるんだ?





「では今度は、皆さんに感想を言ってもらいましょう」

と言ってから、小林教諭はスクリーンを仕舞おうとした。その顔が凍った。
動かないのだ。下方を手で引いてそして放せば、天井に取りつけられている
本体に収納される仕組みのはずなのに、どこかが引っ掛かっているらしい。

「ちょ、ちょっと待って下さい」
教科書を教卓に置いた。両手で引っぱった。手が痛くなる。それでも動かない。
無意味な間が空いていく。
ダメならダメで放っておけばいいのに、とコナンは思うのだが、
小林教諭はソレに気づけないでいるようだった。

「先生……壊した」

と、生徒の一人がポツリと言ったのを皮切りに、ざわめきが広がりだした。

「アレ高いんだろ?」

「ベンショウするのかな」

小林教論の顔に焦りが浮かぶ。今更ゴマカせない。脳裏に以前の失敗がよぎった。
突然、ガタンという音が響いた。皆は注目した。
普段は大人しく目立たない生徒──コナンが立ち上がっていた。
前へ出たコナンは、教卓の椅子をスクリーンの下へ引き寄せた。
椅子に飛び乗り、スクリーンの下方を掴んだ。

「せぇ、の!」

それこそ壊しかねない勢いで、一気に引いた。ガチッと鋭い昔が鳴った。
手を放した。
全員、呆気に取られた。
今までの事が嘘だったかのように、あっさりとスクリーンは上がって収納された。
コナンは椅子を戻し、自分も席へ戻った。小林教諭を見て、

「先生?」

「え? あ! そ、それでは今度は、皆さんに感想を……」

止まっていた時間が、再び動きだした。





「きをつけ! れい!」

終業時刻。ホームルーム、もとい、帰りの会へ移行する。

「さっきはありがとう、江戸川くん」

「ハイ?」

ランドセルを開けたコナンの所に、小林教諭が来ていた。

「スクリーンの事よ。本当に助かったわ」

「はぁ」

と、コナンは返してから、

「気をつけた方がいいですよ。ココの備品、意外にガタがきてるの多いから。
あれくらい強気で扱っていいんです」

「ホントに、よく知ってるのね」

「?」

「何だか不思議な子ね、あなたって。私なんかよりもココの事、
何でも知ってるもの。この前も励まされたし。まだ1年だなんて思えないわ。
まるで上級生みたいな雰囲気で」

「そりゃそうですよ。母校なんだから」

「!?」

「なんて」

と、コナンは意地悪く歯を見せて、

「ココを卒業した人に案内してもらった事があるんです。
その時いろいろ教えてもらったんです。それだけ」

「そ、そうなの……でもビックリしたわ、今の冗談」

「へへ」

教壇へ戻る彼女に、コナンは明るく笑ってみせた。





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