≪SCENE 2≫


「ったく、だからガキは嫌なんだよ」

両手で紙袋を引きずるように歩きつつ、工藤新一こと江戸川コナンは文句を垂れた。

確かに先日、まんがの貸し借りの約束はした。持って来てくれたクラスメイトにも
感謝している。
けれど、誰もこんな大量には頼んでない。24冊もの単行本を運ぶのは、ワケあって
縮んでしまったこの小学1年生の身には辛すぎた。実際、袋の底は擦れて
傷み始めている。
半ば諦めつつも、改めて荷物を持ち直そうとした時。

「ねぇ、ボウヤ」

「え?」

優し気な女性の呼びかけに、コナンは気づいて顔を上げた。
相手は(本来の)自分と同年代――高校生くらいの少女だった。
紺のセーラー服に、標準的な学生鞄。腰まで伸びた、長い黒髪が印象的だった。
少女はどこか艶めいた笑みを湛えて、

「大丈夫? その荷物、随分重そうだけど」

「あ……」

不覚にも、若干反応が遅れた。少女は静かに歩み寄り、コナンの前に屈んで、

「もし良かったら、代わりに持ってあげましょうか?」

「あ! い、いいよ。ボクの家もうすぐソコだから」

愛想笑いを浮かべて、袋を勢いよく持ち上げたのが失敗だった。



――ばりぃっ!



絶対に聞きたくない音を立て、袋の底が抜け落ちた。続いて中の本たちが、
滝のように流れて落ちていく。

「う、嘘……」

……何だってこんなトコで破けるんだよ、コイツは!

腹立たしい感情を抑えこみ、急いで本を拾い集める。傷のない事を確かめつつ、
自分の前に積んでいく。
あらかた集め終わり、最後の1冊に近寄った。腕を伸ばすと、少女に先に拾われた。

「あ、おねえさん、ありが――」

言いかけて、コナンは途中で絶句した。
少女は何かに憑かれているかのような表情で、本の表紙を一心に見つめていたのだ。

「やっぱり……こういう事なのね……まさかと思いたかったけど……」

消え入るような小さな声で、何やらブツブツ言っている。

……な、何なんだよ、この人……。

少女のただならぬ雰囲気に、コナンは頬を引きつらせた。






結局、本は二人で分け合って持つ事になった。

「それじゃボウヤ、コレって友達から借りた物なの?」

「うん、そうだよ」

少女の問いかけに応じてから、コナンは気になっていた疑問を口にした。

「ところでおねえさん、さっきこの本見て驚いてたみたいだったけど。何かあったの?」

「ああ、それなら大した事じゃないわ」

と、少女は頷いて、

「今日、私の知り合いが、やっぱり友達から本を借りててね。
ソレと同じ物だったのよ、この本が」

「へぇ、そうだったんだ」

相槌を打ちながら、コナンは手の本に視線を落とした。
という事は、実はけっこう有名な作品なのだろうか。それともただの偶然か。

「偶然なんかじゃなくてよ」

「!?」

コナンはギョッと少女の方を見上げた。少女は前を向いたまま言葉を続けた。

「少なくともこの世界には、全くの偶然なんてあり得ない。どんな出来事も、
全て起こるべくして起こる物なのよ。そう、どんな出来事もね」

と、少女はおもむろにコナンへ顔を向けた。声に出して笑って、

「なんてね。ちょっとボウヤには難しい話だったかしら」

「へっ? あ、うん、まぁ。ハハハ」

……ホント何なんだよ、この人……。

コナンが再び頬を引きつらせそうになった時、少女の表情が変わった。

「あ、もう着いちゃったわね」

「え?  あ」

言われてみれば、確かにココはコナンの今の家――毛利探偵事務所のビルの前である。
少女は再び屈んで、自分の持つ本をコナンに手渡した。

「ハイ、残りの分。重たいから階段は気をつけてね」

「う、うん」

ずしりと重みが両手にかかる。それでもコナンは子供らしさを忘れずに、

「それじゃありがとう、おねえさん」

「……」

「おねえさん?」

少女は無言のまま、コナンに瞳を向けていた。
よく見ると、少女の瞳の色は独特だった。明るいような暗いような微妙な色。
そして、まるで吸いこまれてしまいそうな輝きを放っている。

「……え?」

一瞬コナンは戸惑った。
少女が何か言葉を発した――はずなのに、聞き取る事が出来なかったのだ。

「……………………」

時間にして、約数秒。少女の形良い唇は呪文でも唱えるように動き、そして閉じた。
茫然としているコナンを置いて、少女は去ろうとする。まるで何事も無かったように。

「お、おねえさん?」

焦って呼び止めるコナンに、少女は振り返って言った。

「それじゃまた会いましょう、ボウヤ。話はその時にね」





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