≪SCENE 2≫


白馬が呼びつけた場所は、学校の屋上だった。
そう。込み入った話をする場所と言えば屋上だと、大昔から相場は決まっている。
「お約束」ってやつだ。実際、オレもよくやるし。

「で? いったい何だよ、話って。
先に言っとくけど、またワケの分かんねー小難しい屁理屈なら、
オレの方は願い下げだぜ?」

「イヤ……大丈夫だ」

と応じる白馬の顔は、どこか強張っているようだった。
何ていうか……緊張してる? もしかして。

「今回に限れば僕の話は、本当はただ一言を言えば終わる。
むしろ早く言ってしまって、楽になりたいくらいだ」

「じゃあ、さっさと」

「簡単に言えたら苦労しない。――だから、最初に言っておく」

と、白馬はオレの顔を真っ直ぐに見た後、意外すぎる行動を取った。





「申し訳ない」





何をされたか、一瞬分からなかった。
だって……白馬が。あの白馬が。
頭下げてる。深々と。
て、いうか。まさかコイツ今……謝った!?

「ちょ、ちょっと待て。何でおめーが、オレにそんな事するんだよ。
ワケ分かんねー事すんなって。
それともおめー、まさかイギリスに行ってる間、頭でもどこかぶつけたのか!?」

「イギリス……か」

と、白馬は頭を上げてから、話を始めた。

「君は、本当にそう思っているのかい? 僕がイギリスに行っていたと」

「へ?」

「あるいは、こう言い換えてもいい。
僕がイギリス“だけ”に行っていたと、君は考えているのかな」

「って事は、それじゃあ……」

「ああ。ここ最近の僕が調査に出向いていた中心地は、イギリスでない。
18年前、怪盗キッドが最初に活動したとされている地――フランスのパリなんだ」

「!?」

「そのパリでの収穫は、予想以上の物だった」

と、白馬は苦笑を浮かべて、

「君も知ってる事と思うが、あの当時のキッドに関する情報は、あまりに少ない。
何せ当時の彼は、まだ『キッド』と名乗るどころか、シークレットナンバーの『1412号』さえ
与えられていなかったからね。
その上、写真の撮影技術も今ほどには発達していない。
不鮮明な写真が数点残っているだけだ」

それは、コイツの言う通りだ。オレも、とっくの昔に調べてある。

「が、しかし。実はまだ他にも有るんだよ。当時のキッドの資料は。
国家機密に触れるなどの理由から、半永久的に封印されている物がね。
ソレらに特別に触れる事の出来る機会を、僕は先日手に入れた。
その資料のデータを個人的に、秘密裏に解析した結果、答えが出た」

一旦言葉を切った後、白馬は告げた。

「18年前のキッドに関する事情――その答えの全てがね」

「全て?」

「そう。全てとしか言えない。まだ、今の時点では」

と、白馬は意味ありげな言い方を続ける。

「そして、その全てが入っているのが、コレだ」

そう言って、学ランのポケットから、1枚のディスクを取り出した。

オレの前に示して、

「コレは、君こそが見るべき物だと思う」

「え?」

「資料の解析を終えた時、僕は生まれて初めて、後悔という気持ちを知った。
結果的にとは言え、僕は君の個人的な事情にまで立ち入ってしまったんだ。
今は、本当に申し訳ないと思っている。僕は、事の全てを知りすぎた」

どこか自嘲しているような口調で、白馬は言った。

「このデータの使い方によっては、たとえ君がキッドとして逮捕されようとも、
君を弁護する事さえ出来る。最低でも、情状酌量はなされるはずだ」

「……」

「念のため言っておくが、例のあの流出ソフトなどについては心配しなくていい。
当然ながら解析には、インターネットに接続していないコンピューターを用いた。
それに、解析を終えたコンピューターは、ハードディスクから完全に破壊した上で
破棄している。つまりデータは、このただ1枚しか存在しないわけだ」

だから、安心したまえ。

そんな事を話しながら、白馬は真剣な目を向けてきてるけど。
それでもオレの返す返事は、やっぱり同じだ。
オレは、深くため息をついてから、

「あのな。だからオレはキッドじゃねーんだって、
何度言えば分かってくれるんだろーね、おめーは?」

「な……!?」

案の定、白馬は愕然とした顔になるが、そんなのオレの知った事っちゃない。

「ったく……四の五の言ってて結局は、普段通りの与太話だったな。
壮大な時間のムダってやつ? ――じゃ、あばよ」

くるりと背を向けて、いつもみたいに消失(ヴァニシング)しようとした、その時。

「待ちたまえ」

呼び止めた白馬の声は、静かだった。
いつもの嫌味ったらしい気障な雰囲気は、完全に無かった。
だからこそオレも、消えるのをためらってしまったのかもしれない。

「流石だよ。この状況においても、まだ冷静でいられるとは。
ポーカーフェイス極まれりだな」

「……」

「しかしそんな真似は、もう必要ないんだ。
今回の事は、今までの化かし合いとは根本的に違う。
それに、事は緊急を争うんだ。もしも僕の推理が正しければ、
文字通り世界が引っくり返るような事態が起こるかもしれないんだよ」

「……」

「だから、もう止めたまえ。つまらない意地を張るのは。
僕の持っている情報と、君の持っている情報と、その二つを合わせれば、
恐らく君の知りたい事が、全て明らかになるのだから」

「……」

「さあ、どうする? それともいっその事、今ここでこのデータの内容を
明かしてしまった方が、手っ取り早いのかもしれないな」

「……」

そこまで言われてオレは、覚悟を決めた。
これからする事の覚悟を。

「分かったよ。そこまで言うなら、受け取ってやらねー事もねーから」

「そうか……」

ほぅっ、と息を吐いてから、白馬はオレのそばまで歩いて来た。
ケースに入ったディスクを手渡される。

「じゃ、コレはもう、オレの持ち物って事で。いいな?」

「ああ、そうだ。一刻も早く、確認してみた方がいい」

「そっか。なら、お言葉に甘えて」

確認させてもらうとするよ。コレがどういう代物か。
オレはケースを開けて、中のディスクを慎重に取り出した。
表と裏と見やってから、おもむろに腕を掲げた後。

「ワン、トゥー、――スリー!」


――バキィン!!


ガラスの砕けるような音が、辺りに響く。
そりゃ、壊れ物を力いっぱい、下のコンクリートに叩きつけたんだから当然だ。
真っ二つに割れたディスクを、すぐさま足で踏みつけて、更に割る。
ずいぶん粉々になるもんだなー、と思いながら、ふみふみと踏む。
そんなオレの様子を、目の前の白馬はまさに唖然と見つめている。

「タネも仕掛けもございません、と」

と、作業を終えたオレは殊更、陽気に言ってやった。

「あ、一応言っとくけど。今やった事にオチはねーぞ?
もう二度と、誰のポケットからも出てきやしない」

「な……な……な……」

と、白馬は暫く、喉が詰まったような声を上げていた。

「何て事を! 君は何を考えて!」

やっと形になった台詞は、まだマトモな文にはなってない。

「分かっているのか、君は!? 今、自分のした事を。
今後、国家機密レベルの資料を見られる機会など、まず無いと言っていい。
君は、天文学的な確率のチャンスを、自らの手で叩き壊したんだぞ!!」

「んな事言っても」

大げさに肩をすくめてみせる。

「だってさ。そもそもオレはキッドじゃねーから。別にそんなデータなんか要らねーし」

「だから! この期に及んで君は何を」

「っていうかさ。もしも――もしもオレがキッドだったら、
今のおめーに言ってやりたい事があるね。うん」

そんな事を話しながら、オレは、ゆっくりと白馬の背中側に回り込んだ。
深呼吸。それから咳払い。
そして目を伏せて――“オレ”は、相手に挨拶した。



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