≪SCENE 3≫


扉を開けると、強い風が頬に当たった。
月も星もない夜だった。腕時計を見ると、針は0時28分を示していた。

……あと2分か……。

快斗は目を伏せて、考えをめぐらせた。
当然ながら、快斗は例の衣装に着替えている。純白のスーツ・マント・シルクハット、
そして右目には片眼鏡(モノクル)。怪盗の正装である。

0時30分、杯戸シティホテル屋上。ココが全ての始まりだ。快斗に起こった異変の、
その始まりの場所なのだ。

果たしてココに現れるのは、誰なのか。寺井の言うような敵なのか、それとも……。

「!?」

瞼を上げた。闇に包まれた視界の先、屋上の端に人が立っていた。
快斗は軽く口笛を吹いて、

「上手いもんだな、気配の消し方。やっぱり素人じゃないって事か」

相手は何も答えなかった。快斗は言葉を続けた。

「あんたなんだろ、オレを呼んだのは? 用件なら手短に済ませてくれないかな」

「……お前は」

返ってきた相手の声は、やや高めなものの、ひどく機械的で単調だった。

「……怪盗キッドを名乗る者か?」

「名乗るも何も、当人だよ」

「……そうならば、良い」

「!」

快斗は即座に懐の武器――カードガンを抜き放った。
相手は右手を振って、何かを快斗に投げつけたのだ。



――ビンッ!



鋭い音と振動が、快斗の耳に伝わった。快斗は、そっと愛銃を額の前から下ろした。

「な――」

思わず目をしばたたかせた。銃把に刺さっている物は、研ぎ澄まされた一本の
針金だった。長さは大人の掌程度。太さも、また相当な物だ。
コレがまともに命中すれば……。

「……よけずに受け止めるとはな。予想と違った」

「なるほど。コレがあんたの用件かよ」

針金を抜き取った銃を、構え直して告げた。

「上に命令された殺し屋さんてところかなぁ、オレを狙ってる組織さんの。
でも生憎だけど、アッサリ殺られるわけにはいかないんでね」

銃を向けたまま、慎重に相手に近寄った。よく見ると相手は、なぜか左手で顔を覆うような
姿勢を取っていた。それでも後数歩で顔を確認できる。そう思った時。

「!?」


ほんの一瞬、右手の手応えが消え失せた。同時に銃が、手から床へ滑り落ちた。


その隙を、相手が逃すはずはなかった。横に跳び、再び右手を振りかざした。
またも針金が襲ってくる。――同時に四本が!

間一髪、銃を拾って快斗は避ける。針金の切っ先が、服の布地を掠っていく。
転がってから立ち上がろうとして、今度は左足の感覚が一瞬だけゼロになる。

「くっ……!」

よろめきながらも何とか立って、快斗は肩で息をした。

マズい。考えていた以上に体が動いてくれない。

焦りつつ前を見る。相手はまるで人形のように、変わらぬ姿勢で立っている。
かと思ったら、突然視界から姿を消した。

何のカラクリかと混乱したが、真相は単純だった。

「……鬼ごっこは、お終いだ」

後ろから台詞が聞こえた時、首筋に鈍い衝撃が走った。
要するに相手は跳び上がっただけだったのだ。そして背後に回りこみ、手刀を放った。
もっとも、その跳躍力は常人のレベルを遥かに超えていたのだが。

快斗は床に倒れ伏した。快斗が動かない事を確認してから、相手は手を顔から外し、
快斗の前にひざまずいた。

「安心しろ。殺しはしない。お前も組織の極秘プロジェクトに深く関わっている
一員なのだから。ただその代わり、コレを飲んでもらいたいんだ」

懐から取り出す、小さなカプセル。

「例の薬と対を成すとされる代物だ。お前なら興味深いデータを提供してくれるだろう」

少量の水と共に喉へ流しこんでから、相手は静かに腰を上げた。

「楽しみにしているぜ。では、またな」

そして、快斗だけが残された。





目を覚ますと、星の少ない夜空が見えた。

「……?」

快斗は首を押さえながら起き上がった。筋でも違えたか、どこか重い痛みがあった。

「ココは……」

周囲を見てみる。どうやらビルの屋上のようだが。

……何でオレ、こんなトコに居るんだよ?

目を擦ろうとして、自分の格好に気がついた。
白い手袋に、白いスーツとマントとシルクハット。そして右目には銀色の片眼鏡。

「な――、何だよ、こりゃ!?」

片眼鏡を外し、改めて自分を見る。が、それで服装が変わったりしない。
パニック状態に陥っているところに、更に電子音が追い打ちをかけた。
取りあえず携帯電話に出てみると、不安そうな声が聞こえてきた。

「ぼっちゃま!? 快斗ぼっちゃまですか」

「あ……ハイ」

「ああ良かった。幾らお待ちしても御連絡がないので、ついこちらから
電話してしまいました。お体の方は御無事でいらっしゃいますね」

「うん。オレは平気だけど。それよりも」

「ハイ?」

「あんた誰?」

「は? ぼ、ぼっちゃま御冗談を。この寺井の声をお忘れですか」

「寺井って、まさかジイちゃんか? おやじの付き人やってた? 久しぶりじゃねーか。
でも何でジイちゃんがオレの電話知ってんだよ」

「あ、あの。ぼっちゃま?」

「まぁ別に何でもいいや。オレ今ドコに居るのか分かんなくてさ。
オマケにミョーな仮装みてーな格好してるし。もう何が何だか」

「しょ、しょ、少々お待ち下さい! 今すぐこちらに参りますから」

「え? でもジイちゃん、ココがドコか」

分かってんのかよ、と尋ねる前に通話は切れた。

「って何なんだよ……一体」





next

『まじっく快斗』作品群へ戻る


inserted by FC2 system