≪SCENE 2≫


「違う!」

今度は間髪を入れずに、平次は反駁した。

「お前は工藤と違う。アイツがオレと二人で居る時に、そないケッタイな呼び方するわけ
有らへん。大体『ボク』て何やねん。それもよりによって、オレ相手に。
ブリっ子やったら、こっちは魚屋のハマチで間に合うとるわい」

真面目な台詞のつもりでも、最後が落語のようになるのは、やはり性根のせいか。
対して相手は、笑みを絶やさずに講釈を垂れる。

「うん、そうだよ。ボクは新一にいちゃんなんかじゃない。江戸川コナンだよ。
そんな事くらい、見れば分かるじゃない。たかがそれだけの事で、何を興奮してるのさ」

「……」

あり得ない。
自分の知っているアイツの声、アイツの口調、そのままなのに。
なのに、話している内容だけが、違う。全く違う。

「新一にいちゃんね、疲れちゃったんだって。こんな不条理な、理不尽な世界に」

そう告げて、異形の少年はデスクの椅子にのぼって座った。

「そりゃ、そうだよね。いくら自業自得だって言われても、限度があるよ。
どんな時だって、7歳の子供を演じきらなきゃならないなんて。
さもなくば、組織の誰かに怪しまれて殺されるなんて。
周りの皆にも迷惑をかけるなんて。だからボクが生まれたんだ。
新一にいちゃんから、こうして分かれる形で」

ふと、どこか遠くに目を向けて、

「平次にいちゃんなら、知ってるんじゃないかな。
自己同一性障害……いわゆる二重人格現象ってやつ。
ボクは多分、その現象における複合観念っていう存在なんじゃないかって推理してる。
つまり」

自らの胸に手を押し当てて、

「新一にいちゃんは、ココに居るよ。今は安らかに眠ってる。何もかも忘れてね」

「……………………ちょっと待て」

平次は気力を振り絞り、少年に問いかけた。

「百歩、イヤ、一億歩譲って、今のお前が工藤と別人やとしてもや。そんなお前が、
一体どないして生活しとんねん? 誰かのせいで、必ず破綻するはずやぞ。
例えば、さっき言うた博士や嬢ちゃん……小っさいねーちゃんや、
ほんでからお前のオトンやオカンや、あの毛利のオッサンや、それに……あの」

この質問を吐くのは、苦痛だった。

「ねーちゃん……蘭ちゃんの相手は、どうしとるんや」

「ああ、そんな事」

と、少年は軽く頷き、黒縁眼鏡を直して、

「博士や灰原は、楽勝だよ。
『いつも子供の演技を通す事にした』って言ってみたら、それでクリア。
灰原なんか、寧ろ笑ってたよ。『あなたの徹底ぶりには感心するわ』なんて言ってさ。
こっちこそ笑っちゃうよね。真実を見抜けてないんだから」

「……」

「父さんや母さんについては、確かに難関だけど。まだ当分話すつもり無いし。
もしバレても、ボクが一生懸命に訴えれば理解を示してくれると思う。
色んな意味で只者じゃないもの、あの人たち」

「……」

「あと小五郎のおじさんは、大して気にする必要ないよね。いつも通り、ボクが
事件の手助けをしてあげてればいいんだ。おかげさまで推理力はボク、落ちてないし。
でも麻酔銃や変声機を使うのは控えたいかな。将来を考えたら、おじさん自身が
レベルアップすべきだから」

「……」

「そう。コレはもう、ほとんど要らないんだよ。今のボクには」

言いながら、襟元のネクタイをもてあそぶ。

「だってボク、”新一にいちゃんのフリをして”蘭ねえちゃんと連絡取るつもり、ないから。
蘭ねえちゃんとは、ボクとして改めて勝負したいところだね。いつ帰って来るか分かんない
冷たい奴なんか放っといて、新しい出会いをもう一度……って感じで」

「……!」

こんな演説、コレ以上聞きたくない。許されるなら、自分の耳を塞ぎたい。
けれど、何も出来なかった。
瞼を上げて起きているという行為だけで、精一杯だったから。

「それにしても、平次にいちゃんも耐えるね。それとも足りなかったのかな、麻酔の量」

少年はアッサリと――平次の予想していた――とんでもない事を言ってのける。

「もう分かってると思うけど。あのコーヒーが濃くてぬるかったのは伊達じゃないよ。
無論、薬物混入のカムフラージュ。木の葉は森の中に……
苦い毒は苦い飲み物の中にってわけ。実に初歩的な理論だよね、コレ」

「……」

「でも、嬉しいな。ボクの話を終わりまで聞いてくれたんだもの。
けど、もう無理しなくていいよ。
その麻酔薬は、この腕時計に仕込んであるのと同タイプだから、すぐに目は覚める。
そうしたら……楽しい宴、開いてあげるからね」

歌い手のような透き通る声を境に、平次の意識はそこで途絶えた。





next

戻る


inserted by FC2 system