≪SCENE 3≫


最初に見えたのは、闇だった。

墨で染めたかのような黒い天井、そして壁。出入口を全て閉め、
明かりを消し、完全に光を遮断しているのだろうと判断するまで、数秒かかった。

次に感じたのは、痛み。
頭の上で、両手首が細いロープで縛られている。足の方もまた同様だった。

平たく言えば――自分は今、部屋のベッドに拘束されているのだ。
あおむけに、横たわった体勢で。
そして目線を下に移すと……忌まわしい存在が、そんな自分の上に乗っていた。

「わぁ、良かった。なかなか起きないから心配したよ。もしかしたら致死量に
達してたんじゃないかって」

きゃっきゃっと高い声で、まるで本物の子供のように騒ぎ立てる。

「やっぱり起きてる相手じゃないと、つまんないよね。別にボク、お人形さん遊び
したいわけじゃないし。さてそれじゃあ、さっそく本題に入ろうか」

平次の体から離れて、再び少年の長話が始まった。

「とにかくボクは、この身体を手放したくは無い。コレだけは、ハッキリ言っておくよ。
そして、その上で、ボクは平次にいちゃんにお願いしたいんだ。
そのお願いは、たった一つ」

そこで言葉を切り、意味ありげに黙る。平次の対応を待っているのは、明らかだった。
止むなく、平次は口を開いた。

「で? そんで、何やねん。その『お願い』っちゅうんは」

「簡単だよ。ボクの邪魔をしないでほしいって事」

「邪魔?」

「そうだよ、平次にいちゃんだけなんだよ。平次にいちゃんだけが守れてないんだ。
他の人たちは、ちゃんとしてくれてる事なのに。困るんだよね、アレって」

「……?」

「分からない? なら言うよ。ボクの事を、キチンとボクの名前で呼ぶって事」

「!」

「確かに、たまに頑張ってくれてる時もあるけれど。
喉を詰まらせたニワトリさんみたいに、言えずに吃るのが関の山。
あんな振る舞いだけは、いくら何でも勘弁してほしいもんだね。うん」

腕を組んで、独り首肯する少年。そして平次に迫り、呼びかける。

「ねぇ、呼んでよ。ボクの事、『コナン』てさ」

「だ、誰が……そんな気色い呼び方するかいな」

鳥肌が立ちそうな悪寒をおぼえながらも、平次は反論する。
絶対に、絶対にそう呼ぶわけにはいかないのだ。何故なら――。

「へぇ、そっか」

と、少年は少し残念そうな顔をした後、服のポケットから小瓶を出した。蓋を開けて、

「だったら、予定通り作戦決行だね」

そう言って、やにわに平次の鼻を指でつまんだ。鼻孔での呼吸を止めたのだ。

「……うっ……あっ」

生物である以上、永遠に息を止めている事は不可能だ。当然、平次の口は開かれ、
そこに容赦なく液体が注がれる。その直後に、半ば強引に顎を押さえつけられる。
そうしたらこちらは、もう嚥下するしか術は無かった。

「どう? 味の方は」

「お……お前、一体何を」

まさか殺傷用の毒物か。もしくは「ドラッグ」という用語で処理される薬物か。

「あ、怖がらないで。何も直接に殺したり狂わせたりするような物じゃないから。
そもそもそういう類を投与するなら、アルコールを併用するとか、
いっそ静脈に注射するとかの方が効率的……なんて事なら、
平次にいちゃんも知ってるよね?」

ソレは確かにごもっとも、と認めるしかない。
端的に傷つける手段ならば、他にも沢山ある。
第一、所詮は7歳児。刑事的にも民事的にも、不問の年齢である。

少年は空になった小瓶を振って、説明を加えた。

「苦労したんだよ、コレ。アンダーグラウンドの通販で、やっと手に入れたんだ。
出来るだけ少量で効いて、出来るだけ飲みやすくて、出来るだけ効果が激しくて、
出来るだけ即効性と持続力の強い――――――――最新の催淫剤」

予測していた中で、一番聞きたくない語句が、幼い少年の口から零れた。

「さぁ、どうかな? 説明書の文章では、そろそろ効いてくる頃のはずなんだけど」

「……」

平次は、何も答えなかった。目をつぶり、歯を食いしばっているだけだった。
口を開いたら、その時点で――負ける。既に、そんな状態に自分はあった。

「ボクだって色々、考えたんだよ。どうしたら、新一にいちゃんじゃなくて、
ボクが平次にいちゃんに気に入ってもらえるんだろうって。
でもボク子供だから、全然分かんなくてさ。
だから、新一にいちゃん自身が自分でしたくても出来ない事を、
ボクが平次にいちゃんにしてあげようって思ったんだ。
とっても気持ちいい事を、してあげようって」

少年は、細かく震えている平次に構う事なく、軽やかに言を紡いでいく。

「ボク個人としても、興味深いんだ。大人の男の人って、どんな身体してるのか。
いい機会だから、せいぜい調べさせてもらうよ。コレならお互いに、メリットがあるよね?」

ぎしり、とベッドが軋む。

「触るよ。いい?」

「……」

イエスとも、ノーとも言えなかった。余裕は、なかった。
少年は平次のズボンに、その小さな指先を滑らせた。何度か確かめてみてから、
やがてゆっくりとファスナーを下げていく。
そして手を差し入れると――目的の物を無造作に引きずり出した。

「あぁ……やぁっ!」

突然すぎる刺激に、とうとう平次の喉から敗北の声が放たれる。
一方、少年の方は、自らの手の中にある物に、顔を近づけて呟く。

「……………………凄い」

深々とため息をつき、しげしげと見入りながら五指を絡める。

「そうか。こんな風になっちゃうんだ。何か独特だね、この感触。
焼け火箸みたいに熱いし、それに脈打ってる。心臓自体が、今ココにあるみたいだ」

さも楽し気な表情で、いじり回す。生まれて初めて与えられた、玩具の如くに。

「ええと……じゃあコレについては五感の内、四つまではOKだね。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚、そこまでは確認できた。後は一つだけだ」

「え……」

ただでさえ混乱していた事もあり、意味が咄嗟に分からなかった。

五感の内、まだ残されている感覚は即ち――――――――味覚。

「や、やめ……! コラっ……」

何とかして逃げようとするが、まともに身動きは取れない。まして相手は、
目を輝かせてしがみ付いてきているのだから、尚更である。

「ホラ。いいよ、遠慮しなくて。この方が、シーツとかも汚れないし」

と、少年は蠱惑的な笑みを湛えてみせる。



そして。







何の躊躇もなく、少年は持っている物を口にくわえこんだ。







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