≪SCENE 4≫


果たして誰の声が、部屋に響いているのだろう。
そんな呆けた疑問が刹那、頭をよぎった。
我ながら愚かな疑問だと、同時に思った。
平次自身、知らなかった。自分が、こんな絹裂くような嬌声を上げる事が出来るとは。

少年の異常行為は、延々と繰り広げられていた。
少年は一旦口に入れた途端に、これでもかという勢いで平次の欲望を求め続けた。
平次の一度目の、最後の抵抗も虚しく終わった。



「だから遠慮しなくていいってば。飲んであげるから。全部」



当たり前のように言われた時は、めまいを感じた。
かくて少年は今も、飽きもせずに同じ物をしゃぶり続けている。溶けない飴でも
舐めているかのように、ひたすらに。

けれど。

……形勢逆転、か?

ふとそんな四字熟語が、平次の脳裏に浮かんだ。
実際、平次の理性は少しずつ覚醒してきていた。幾度か放出された欲も
尽きてきているし、飲まされた薬物の効果も薄れてきている。
それに何より。

動くのだ。ずっと縛られていた両手が、今は。

いつかドコかの事件で知った。人間の体を捕縛するには、コツが要る。
素人は手首・足首を縛るだけで良いと考えがちだが、それでは甘いのだ。
通常のレベルの結び方なら、こうして僅かにでも動かし続けていれば、
遅かれ早かれ緩み始める。もっとも、それなりの技術は要するのだが。

後は、タイミングを計るだけ。相手が真に無防備になる瞬間を狙うだけ。
そんな平次の思惑を知ってか知らでか、少年はやや不服そうな視線を向けてきた。

「ねぇ、もう終わりなの? さっきから反応してくれてないじゃない。
声だって出してくれないし」

その上目遣いの様は、まさに駄々をこねる子供そのもの。

「それとも、もしかして何か足りない? もっと過激なのが、お望みなのかな」

「ああ……そやな。そうかもしれんな」

真意を悟られないように、平板なアクセントで平次は答えた。

「なぁ。その下の方は、もうええから。今度は、こっちの方に来てくれへんか? 上の方に」

「上?」

と、少年は目をしばたたかせてから、顔色を変えた。

「ソレって……まさか」

「そや。そうしてくれたら、オレの考えも変わるかもしれんよ。
お前の事、ちゃーんと名前で呼んだったるかもしれへんで?」

平次の出した提案に、少年は暫し瞑目した。今までの狼藉に比べれば、
至極容易な事のはずなのに、少年はどこかためらっている様子だった。

「分かったよ。ちょっと待って」

と、少年は平次の服を元に戻した。自らの口を拭って、

「ホントに、ホントに呼んでくれる? ボクの名前」

「信じてくれや。オレ、嘘は嫌いやから」

と、平次は少年に穏やかに笑ってみせる。

少年は決心したような面持ちで、平次の上によじ乗った。
手を置いて、平次の顔を見下ろして、囁いた。

「じゃあ、行くよ」

目を閉じて、顔を――唇を下ろしていく。
そうして二人の顔が、触れる寸前まで近づいた時。

平次は動いた。

「!?」

少年もこの不測の事態には、即座に対処できなかったようだった。
平次は手のロープを振りほどくや否や、少年に飛びかかったのだ。

「う……あぁっ!」

少年の口から出た声は、ひどく掠れていた。

それもそのはず。平次の両手は今、少年の細い首を押さえつけているのだ。
気道を、ひいては頸動脈までせき止めかねないほどの握力で。

「お遊びは、終いや」

という平次の声は、静かだった。

「こういう時は、ゲームセットて言うべきかな。それともお前やったら、
終了ホイッスルっちゅうトコか――――――――工藤?」





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