4.

 成歩堂は、場を仕切り直そうと言って、部屋の奥から椅子を2脚持ってきた。
 向かい合わせに座ってから、成歩堂は頬杖をついた。
「ええと……、何から話せばいいのやら」
「はじめのところから始めて、終わりにきたらやめればいい」
「へ?」
「以前に読んだ本の台詞だ。確かこれも、主人公が異なる世界を渡り歩く話だった」
 厳密には更なる出典があるが、脱線するので割愛する。
「はじめって言ったら、やっぱりあの日になるか。お前が病院にやって来た日」
 成歩堂は、目を遠くへ向けた。
「あの時にはまだ分かってなかったけど、ぼくには確かに、普通の人とは違う力があった。
一応、霊力って扱いで」
「れ……?」
「頼むからツッコミ入れないでくれよ。言っててこっちも恥ずかしいけど、事実なんだから」
 目を白黒させている御剣を前に、成歩堂は渋い顔をする。
「とにかく、ぼくの力の本質は、まさにお前が言ってたような物。
 ヒトより上位の存在として、無限に分岐する全ての歴史(テキスト)を知覚するってやつだった。
 ぼくは長い年月をかけて、その力を制御できるようになった。
 遍在する“ぼく達”の内、一人が使いこなせれば、他は全部うまくいく。
 お前が言うほど、危険なわけでもないんだよ」
 この通り、ね。
 柔らかく笑ってみせる顔は、落ち着いて見えた。
「ただ……これを言うと本当に申し訳ないんだけど。あの日のお前は、タイミングが悪すぎた」
「何?」
「本来なら、ぼくは自分で目を覚まして、お前に弁護の代役を依頼するはずだった。
だけど、お前が病室に入った時には、ぼくは限界寸前まで消耗してた。
そこに結果的にとは言え、お前が強引にぼくを起こしたせいで、ぼくの力は完全に暴走した。
ぼくは邪悪な“何か”を引き寄せて、お前を殺害した」
 ためらう事なく、事実のみを告げた。
「さっきも言ったように、遍在する“ぼく達”の意識は皆、連続している。
一人の精神が壊れたら、後はもうイモヅル式さ。
どんどん染みが広がるように、バッドエンドルートが増えて、果てはこの人生のような、
無茶苦茶なぼくまで出始めた。
今や、真っ当な生活をしてるぼくはほとんど居ない。大抵は犯罪者。良くてせいぜいスパイとか。
弁護士なんて、もってのほかだ。だからもう、どうにでもなれと思ってた。そこにお前が現れた」
 成歩堂は、御剣を指差した。
「本当に驚いたよ。まさかお前が、ぼくの事を思い出すなんて。
 きっとお前も、ぼくと同じような力を、少しだけど持ってるんだ。だからこそ、二人はこうして引き合わされた。
 ぼくの歴史を修正できる人間は、お前しかいない」
「それで……私は何をすれば?」
 細かい理屈はさておいて、本題はそれだ。
「お前を元いた歴史に戻す事は難しくない。簡単な手続きで済むから。けれど、その後が続かない。
ぼくはお前に代役を依頼できない状態なのに、お前に依頼しなきゃいけないんだ。矛盾してるよ」
「それならば、今ここでキミが私に依頼すればいい」
「え?」
「ここをあの日の病室だと思って言ってみたまえ。たっぷりと情感を込めて、だ」
「ああ……そういう事か」
 成歩堂は姿勢を正し、咳払いを一つした。
「どうかきみに、ぼくの代役を務めてほしい。
ぼくの弁護士バッジを借りて出廷すれば、何とかなると思う。
それと一緒に、ぼくが服のポケットに入れてる、勾玉も持っていって。
そうすれば、サイコ・ロックの力で、人の心を見抜く事が出来るはずだから」
 そこまで言って、成歩堂は得心のいった顔をした。
「………………なるほどね。こういうカラクリだったのか」
「どういう意味だ?」
「ずっと疑問だったんだ。あの日のぼくは、ひたすら高熱にうかされてたのに、どうやってお前に
依頼できたんだろうって。
どんなに探しても、その歴史だけは見つからなくて。やっと謎が解けたよ。依頼したのは今だったんだ」
「では、これで後は問題ないと?」
「いや、そういうわけでもない。ある程度マシになったってくらいだ。
 壊れたぼくの歴史を完全に無くす事は出来ない。
 霊力の暴走も、また起きないとも限らない。
 どう足掻いても結局、不都合な事態が生まれて、お前を殺しにくるぼくが現れるかもしれない。
 今のぼくが見つけている分岐点は、例えば」
「ストップ」
「?」
「未来への予備知識は、必要最低限にしておきたい。
 一度知ってしまったら、その予備知識の通りに行動せねば、歴史が変わってしまう事になり、逆に危険だ」
「そっか。好奇心は猫をも殺すっていうからね」
「ほう、キミがそんなことわざを知っているとは意外だな」
「お前が教えてくれるんだよ。一番平和な運命(ライン)をたどっているぼくが、この依頼のカラクリを聞いた時に。
今のキミにぴったりな言葉だって、お前が…………あっ」
「だから、そういう予備知識を与えるなと言っている!」
 青い顔で口を押さえた成歩堂に、御剣は愕然と頭を抱えた。
「どうしてくれるか、よりにもよって、こんな得体の知れん話を、私からキサマに語らねばならんのか!?」
「ま、まあいいじゃないか。そのやり取りをする頃には、問題は全部解決してるから。
全歴史を俯瞰するぼくが保証します」
「してくれねば困る。……まったく……何で私がこんな目に……」
 やれやれと肩を落とす御剣に、成歩堂は静かに告げた。
「それじゃ、フィナーレにしようか。きみには速やかに、元の歴史に戻ってもらう。
 そしてぼくは責任を持って、この世界(ゲーム)を完全に終わらせる。
 壊れたぼくを、少しでも減らすために」
 言われて一瞬、御剣は嫌な予感がした。
「成歩堂。ところで私を戻す手続きとは、まさか」
 質問は、最後まで言えなかった。
「何でぼくが、こんな役やらなくちゃいけないのかな」
 言いざまに、ごく自然に取り出した銃を、成歩堂は撃った。
 彼は正確に、標的の心臓を破壊した。
 御剣の体が、椅子から崩れて床へと落ちた。
「さよなら、御剣。悪夢の時間は終わりだよ」
 耳元で囁く言葉は、さながら子守歌のように部屋に響く。
 御剣は、まぶしく光る照明を見上げながら、眠るように目を閉じた。
 床のひんやりとした感覚さえも、心地よく感じた。




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