Sharing with you

1.

「だから今後、裁判員を伴う場合に、予備審問で重要視されていく……、えー、何だったっけ?」
「……整理手続」
「ああそう、ソレだ。あとそれから……、弁護側が検事の立場で容疑者を立件できるってのが、えーと」
「……強制起訴」
「あ、そうだ。ソレ。それで次に出てきたのが」
「……………………成歩堂」
 御剣は、たまりかねた様子で、ぼくに冷ややかな視線を送ってきた。
「勉強熱心なのは誠に結構。だが時と場所を考えたまえ。
 このような食事の場で、ノートなど広げるでない」
「……そりゃそうなんだけどさぁ……」
 ぼくだって、裁判所内の食堂のテーブルで、お昼もそこそこに、こんな事していたくない。
 もう何度目か忘れ始めた「司法改革」で、次から次へと登場する新制度。
 今日はその対策のため、弁護士協会と検事局と、合同の勉強会が開かれた。
 そのおかげで、ぼく達はこうして久しぶりに一緒に食事できてるわけなんだけど。
「だいたい、こんなヤヤコシイ専門用語ばっかり作らないでほしいな。
日常会話じゃ遣わないだろ絶対に。その上、やっと覚えたと思った頃にはまた改正されて。
こっちの身にもなってくれって言うんだ」
「気持ちは分かるが、もう少し口を慎みたまえ。その台詞を、キミを訪ねる依頼人が聞いたら泣くぞ?」
 御剣はやれやれとでも言いたそうに、お椀を静かに傾けた。
「ごちそうさまでした」
 目を閉じて両手を合わせて、いつも通りの挨拶。
 その前に並ぶ、同じくいつも通りの皿の様子に、ぼくはジッと見入ってしまう。
「どうした?」
「いや……、いつ見ても綺麗に食べるなぁって思ってさ」
「そうか?」
「うん。少なくともぼくは、こういう人前で焼魚定食は選べないね」
 思い返せば、コイツは昔から、箸の使い方も上手かった。
 茶碗を手にする時も、いわゆる三手で、流れるような動きで自然に取る。
「……私としては、キミ達のような逆手の方が、よほど器用に思えるが」
「達?」
「キミと……それから矢張とだ」
「ああ、そういう意味か」
 確か子供の時にも、同じような会話してたっけ。
 あの頃はまだ、利き手って物を理解しきれなくて。いつもお互いの手元を見比べていたもんだ。
「矢張っていえば……アイツ今度、厨房のバイト始めたらしいよ」
「チュウボウ?」
「言っとくけど、キッチンって意味だからね」
「ソレは当たり前だろう。誰が間違えるか」 
 いやいや、どう見ても、「中学生がどうかしたか?」って顔してたぞ。今のお前。
「結構ホメられてるみたいでさ。飾り切りとか、躍起になって練習してるよ。
 そういうの出来ると、女の子のウケがいいんだって」
「相変わらずだな」
「まぁ、アイツの場合は特別だよな。料理なんて、日頃の三食が作れれば充分さ」
「………………………………」
 食後のお茶を飲んでいる御剣の手が、止まった。
 物凄く苦い物を飲んでしまったようなその顔は、間違いなく機嫌が悪くなっている証拠だ。
 ぼくは、思い当たった事を言ってみた。
「そういえば。お前の家の台所って、見せてもらった事ないな」
「……」
「紅茶は出してもらった事あるけど。冷蔵庫を使わせてもらった事もなかったはず」
「……」
「って事は……」
 そうだよ。今まで気にした事なかったけど。
 コイツは自炊していない。
 それどころか……。
「まさか、お前、自分のご飯も作れないんじゃ……?」
「……………………この食堂は、ほぼ24時間稼働しているのだから問題ない」
「つまり出来ないって意味で考えていいんですよねソレは」
「失敬な。私とて、最低限の知識は義務教育の課程で学んでいる」
「ってソレ要するに、小学校の家庭科で止まってるって事にならないか?」
「う」
「ぼくが言うのも何だけど……マズイぞソレ。外食ばっかり続けてたら、いつか絶対に体こわすから。
 もしそんな事になったら………………困るよ」
「…………まぁ、私自身、その点を考えた事もなくはない。
 せめて、もっと必要に迫られるきっかけでもあれば、違っていたのかもしれないが」 
「あー……」
 言われてみれば、コイツの人生は一直線そのもの。
 ずっと学校で勉強を続けて、卒業したらすぐに仕事に就いて、あっという間に世界を飛び回るまでに出世して。
 ぼくや、まして矢張みたいに、あちらこちらをさまよって、それで今月の生活費に苦労した、
なんて経験自体ないはずだ。
「ところで、そういうキミ自身はどうなのだ? その……一連の家事については」
「一応それなりって感じかな。焼きビーフンとか、楽だからよく作るし。
 事務所にいる時だと、真宵ちゃんや春美ちゃんが作りたがるから、彼女たちに任せてるけど」
 ぼくの付け加えた言葉に、御剣は目を丸くした。
「真宵くんはともかく……春美くんもか? 彼女はまだ小学生程度の年頃だろう?」
「女の子は、ああいう事に興味津々だからね。何だかんだ言って家柄もいいわけだし。
 二人とも一緒にいる時はもう、料理教室みたいになってて……」
 そう言いかけたところで、頭の中にひらめいた。
「そうだよ! きっかけが無かったなら、今からやればいい。ぼく達もやればいいんだ」
「やる……とは、何を?」
「料理教室だよ。彼女たちみたいに、ぼくがきみに教えればいい。最初の買物から、作るところまで全部。
 いつも勉強のお世話になってるから、そのお礼って事で」
 幸い、今度そろって取れる休みには、まだ出かける予定も入れていない。
 我ながら楽しい思いつきに、つい顔が緩んでしまう。
 ……と、いけない。独りで勝手に盛り上がって、痛い目に遭っても知らないぞ、ぼく。
 ぼくは軽く咳払いしてから、改めて御剣に尋ねた。
「というわけで。きみが経験できる、いい機会だと思うから。新しい事、試してみない?
今度の休みに、ぼくの家で。そんな大した事は教えられないけど、損はさせないつもりだし」
「……」
 御剣は、落としていた視線を上げると、ぺこりと頭を下げた。
「キミの迷惑にならないのならば、よろしくお願いする」
 ぼくとしては、大歓迎の返事だった。




next

二次創作作品群へ戻る

inserted by FC2 system