Sleepless Night

1.

「しっかし、珍しいよな。おマエら二人とも捕まるなんてよ」
 ぼくと御剣とを交互に見つつ、ジョッキ片手に言う矢張。
 きっかけは日の暮れた頃、そろそろ仕事を終わらせようと思った矢先。
 時間があったら飲まないかと、そう電話で矢張に呼び出された。
 疲れ気味だから断ろうとも思ったけれど。泣きつかれたらもっと疲れそうだったから。
 それで結局、こうして居酒屋で落ちあっている、幼なじみのぼくたち三人。
「でも、確かに驚いたよ。御剣まで来てたなんて」
「………………。まったくだ。
 ……何故この私が、このような騒音の激しい場所に……」
 あ。今コイツ絶対に機嫌悪い。
 どうやら矢張め、御剣には尋常じゃない勢いで頼みこんだらしく。
「だって、そうでもしなきゃよ。わざわざ来るワケねーじゃんか、コイツが」
 というのが、矢張の弁。
 …………ぼくもそう思うけど。
「ホラ。成歩堂も御剣も、遠慮なんかすんな。明日は日曜なんだしさ。
 ――ヘイ彼女ッ、こっちに大ジョッキ追加ー!」
「……一応言っとくけど。ぼく、今月も厳しいんだからね」
「……無駄な出費をする趣味はない」
「あ、ひっでーな、どいつもこいつも。
 ああもう、どーせ誰も今のオレの悲しみなんざー」
 ……やっぱり。
 またフラれたんだな。例によって女の子に。
 でもこの男の場合、こうしてグチを並べてきても、それほど不快に思わないのが不思議だ。
 言っている言葉そのものは暗く重くても、その口調は至って明るく軽いからかもしれない。
 そんな事を考えながら、ぼくは自分の分のコップを乾した。
 少しくらいは、付き合ってやらないとね。
 御剣の方も同じ事を考えているのか、ぼくとほぼ同じタイミングでグラスを空ける。
 ただし、コイツが飲んでいるのはソフトドリンク。
 さっき理由を聞いたら、「家の外では飲まん」と、あっさり返答。
 そのあと、「……基本的には」と、小さな声で付け加えてたけど。
 でも、そんな御剣の説明に、矢張は納得できないでいるみたいで。
「なー御剣ー。おマエもせめて何か飲めよ」
「これが何も飲んでいない状態に見えるのかキサマは」
「だからオレが言ってんのはそうじゃなくてよ。――オイコラ、無視してツマミ食うなっての」
「…………いつ何時、如何なる事態に陥ろうとも、体調を整えておくのが、我々の義務だ」
 眉間にシワを寄せ、しかつめらしく語る御剣。
「今この瞬間にも、何らかの事件が発生するかもしれん。
 そのような時に、酔っている頭で何を建設的に思考しろというのだ。
 ただでさえ、あの警察側の捜査に応対するのは、あらゆる意味で苦労させられると言うに。
 にも関らず、もし万一の場合が起こった時、キサマはその責任が取れるのか!」
 一気にまくし立てて、ばん!と右手でテーブルを叩く。
 ……………………もしかして、この店の空気だけで、けっこう酔ってきてるんじゃないか? コイツ。
「何より、そうやって私に強要しているヒマがあったら、成歩堂の方にも声をかけたまえ。矢張」
 え?
「この男に至っては、先程から飲んでいるのは、明らかにただの水だぞ。
 それもボトルで頼んでいる」
 と、御剣は、ぼくの方に指を向けて言ってきた。
 ぼくの持っているコップと、その横に置かれている――四角いボトルを指差して。
 ………………………………ええと。ちょっと待ってくれよ。
 水なんて飲んでるっけ? ぼく。
 今ぼくが飲んでるのは、コレはいつもの……。
「あー。成歩堂のソレは違げーよ。御剣」
 どうやら矢張も、ぼくの言いたい事は分かったみたいで。
「何て言うか、オレも最初はメチャクチャ驚いたんだけどよ。
 コイツは特異体質っつーか、特別製っつーか。ええとその」
「たとえ水でも酔える特別製か。安上がりだな」
 キミらしいとも言えるが。
 ……そんな事を呟いて。
 御剣は素早く腕を伸ばして、ぼくのボトルを引き寄せた。自分の空のグラスに注いで、言った。
「それにしても、この店は暑いな。水でも飲まねば、やっていられん」
 なみなみとグラスに入れたその中身を、一息にあおって飲み乾した。
「……………………」
 一瞬の間。
「――――ぐふっ!」
 口を押さえてのけぞって、両手をついて倒れこんだ。――御剣が。
「うわ!」
 驚くべき展開に、ぼくも叫んでおののいて。
 ばん!
 大きな音を立てて立ち上がっちまったけど、そんな細かい事を気にしている余裕もなく。
「だだだ、大丈夫か!?」
「………………」
 反応が来ない。
 揺すった方がいいのかな、と思いかけた時。
「ぐ…………ッ」
 何とか起き上がってきた御剣は、ぼくをあの三白眼で睨みつけ、かすれた声でこう言った。
「は……謀ったな……成歩堂……!」
「は、はかってない! はかってない! 何も計測してない!」
 フラフラしている御剣と、オロオロしているぼくと。
 そしてその間で、ケラケラ笑っている矢張。
「あーあ。また出たわ、“被害者”が」
 ガッコの頃を思い出すぜー、とか何とか陽気な声で言っている。
 ……まるっきり出来上がってやがるな……。
 ぼくはため息をついて、矢張に言い返した。
「頼むからその“被害者”って言い方は、やめてくれよ。
 別にぼくが飲んでるのは、毒とかじゃないんだから」
「いーや。んな事ねー」
 親指まで立てて、キッパリと断言する矢張。
「そんなレア物のウォッカを、それも原液ストレート合格でぐいぐい飲めるヤツなんて、
おマエくらいだぜ!」
 ……そうかなあ……。
 というか、「原液ストレート」って言い方も、正直どうかと思うんだけど。
 それに「合格」ってのも何なんだ一体。
 …………。いやいやいや。
 そんな言葉尻なんかに異議を唱えている場合じゃないだろぼく。
 御剣のヤツ、もうすっかり無言になって、撃沈してるんだし。
「大体、そんな風に思ってるなら、もっと早く止めてやってよ。
 あの流れだったら、矢張が言ってくれなきゃ、もう収拾つかなかったもの」
 そう。
 普通に飲めているぼくが止めても、恐らく説得力は無かっただろう。
 むしろ逆に意地になられて、ボトルを奪われたような気もするし。
「まあ、そりゃ、そうだけど」
 と、矢張は、少し(だけ)真顔になって答えた。
「でもなー。このオレ様だって、一度ムカシ騙されたんだし?
 ケロッとした顔で延々と手酌してるんだもんよ。
 だからホラ、御剣もオレたちの――おマエのダチである以上、
一回洗礼受けといてもいいかなー、みたいな」
 って。
 そんなヒドい事を、そんな嬉しそうな顔で言うな。矢張。
 やれやれ……と思いながら、ぼくは御剣を見やった。
 さっきまでぼくを殺す気で睨んでいたはずの男は、今はテーブルに伏せった姿勢で、
安らかに寝息を立てている。
 ぼくと矢張のやり取りも、まるで聞こえてなかった事だろう。
 さて。
 ……どうしようか、これから。




next

二次創作作品群へ戻る

inserted by FC2 system