6.

 寝支度を済ませて寝室に戻ると、御剣は僕のベッドに横になって寝息を立てていた。
 今日は昼間から、慣れない事をし続けて、相当に疲れているはずだ。
 こんな事になるなら、無理に誘わない方が良かったのかな……。
 僕は、ベッドの端に腰を下ろした。
「ん……」
 スプリングが軋む音に合わせるように、御剣が声を上げた。
 目頭を押さえながら、体を起こしてくる。
「ごめん……起こしちゃった?」
「いや、まだ寝入ってはいなかった。気にするな」
 御剣は時計を眺めて、僕に言った。
「君にしては、長湯だったな」
「僕だって、のんびり入りたい時だってあるよ」
 つい、素っ気ない言い方になった。 
「じゃ、今夜はもう寝よう。明日は朝、早いんだし」
「…………何も、君まで無理に付き合わずとも良い。朝は君を起こさないよう、注意する。鍵もかけていく」
「そ……、そういうわけにはいかないよ」
 そりゃ、いざという時のために合鍵は渡してあるけど、そんな目的で使ってほしくない。
「僕も一緒に起きる。バラバラで朝ごはん食べるより、一度に二人分作った方が楽だもの」
「だから、そこまで君が気を遣う必要はないと言っている。朝食など、移動中にでも何とでもなるのだから」
「だ・か・ら! その発想が間違ってるって言ってるんだよ! 僕は!」
 僕は声を荒らげて抗議した。
「そういう風に、“やっつけ”で食事する考えを改めろって言うんだよ。もっと日常生活を大切にしろよ。
 お前にはせいぜい長生きしてもらわなきゃ、お前は良くても僕が困る。
 僕は絶対に嫌だぞ。不摂生のたたってるお前なんか、誰が見たいもんか」
 僕が一気にまくし立てるのを、御剣は目を見開いて見つめていた。
 が、やがて肩を震わせて、ついには声に出して笑い始めた。
「く、くく……クククッ……」
「ど、どうしたんだよ、急に? 僕、何か変な事言ってるか?」
「失礼。何とも感慨深かったものでな。まさかこの私が、君に説教されるようになる日が来るとは」
「そんな、僕は説教してるつもりじゃ……」
「だが成歩堂、私が日常生活を大切にしていない、という表現は正しくない。
 ……そもそも私は、まだ『日常生活』という物を理解できていないのだ。数年前までは、特に」
「え……?」
「かつての私にとって、職務以外の行為は全て、己の生命を保つための、煩わしい作業でしかなかった。
 だが、君があの事件を解き明かしたのを境に、私は変わった。
 熟睡できるようになった。食事を義務と思わなくなった。風呂を儀式と思わなくなった。
 楽しんで良いのだと、思えるようになってきた」
 そっと目を伏せて、言った。
「君と再会して、共に過ごすようになってから、私はどんどん変えられた。君に染められた。
 ……怖いとさえ思うほどに」
「怖い……のか? 今も」
「全く怖くないとは言えない。だが、その感情も含めて、『変わる』という事なのだと思う。
 人は、むしろ変わりゆく方が自然なのだ」
「それなら…………、この際だから、言ってもいいかな。前から考えてた提案なんだけど」
 僕は口火を切った。
「僕たち、一緒に住まない? これからも、二人で、この家で。その方が断然、都合がいいと思うんだ。色々と」
「…………」
 御剣は何秒か黙ってから、ゆっくりと首を振った。
「私としては、その案は却下させていただきたい」
「そ、そっか……そうだよな、やっぱり世間体とかあるもんな」
「何を勘違いしている?」
「へ?」 
「私は君と同じ所に住む事自体には反対しない。君との関係を特に隠すつもりもない。
 ただ、君の家では難しいというだけだ。私の蔵書を置くには、この家は小さすぎる」
「そ、そうなると……逆にお前の家に僕が住むとか? でも、それはそれで、その……」
「その通り。それはそれで無理がある。私の家は、交通の便の良い立地とは言えない」
 というか、あんなに本だらけの家に居たら、僕はそのうち気絶するに違いない。
 けれど、これでますます分からなくなった。
 同居する事には反対しない。なのに、どちらの家にも住まない。完全にムジュンしている。
「って事は……」
「そう。第三の選択だ」
 僕の言葉を引き取るように、御剣が答えを言った。
「私は、私たちの家を建てたいと思っている。君の家でもなく、私の家でもなく、二人の家を。
 二人それぞれの意見を合わせて、それで建てる。
 君の使いやすいキッチンも用意する。私の使いやすい書斎も用意する。
 そしてその家で、君と共に一生を過ごしたいと…………願っている」
「それはまた……大それた話だね」
「我々ならば、不可能な計画でもなかろう。ある程度の時間はかかるだろうが」
「まぁね……」
 気軽に相槌を打ってから、何かが頭に引っかかった。
 さらりと物凄い事を言われたような気が。
「あのさ。……今、『共に一生』って言った?」
「言ったな」
「それって、つまり、要するに」
 僕は唾を飲みこんでから、目の前の相手に尋ねた。
「世間では……プロポーズ……っていう物なんじゃないんですか?」
「どのように解釈するかは、君の判断に任せよう」
「……!」 
 ……それじゃ……それって……そういう……!
「御剣ッ!」
 気がついたら思わず叫んでいた。それも腹の底から、大声で。大好きな恋人を抱きしめて。
「ありがとう! 最高だよ、お前の話! 愛してる!」
「ム!? ま、待て、落ち着きたまえ。しがみつくな。そんなにしたら、その、私は……」
「大好きだよ、大好き……、ホントに……ホントに……」
 もう離したくない。離したりなんかしない。
 ずっと一緒にいたい。一緒に生きていきたい。
 どうか、この最愛の人と共に、もっと新しく変わり続けていけますように。
 この先に続いているだろう、未来を目指して。 

〈了〉



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