蒼の魔法使いの挑戦 (前編)

プロローグ「授業前日」

 明日から、授業の最後の課程に入ります。
 あなたがずっと知りたがっていた、魔法使いの呪文についてです。

 術はどれも、魔法文字による3文字で表されます。
 その術の数は、全部で48にも及びます。
 ですが、いっぺんに全部を覚える必要はありません。
 術を繰り返し使う内に、自然に覚えていくはずです。

 まずは10個……いや、6個くらい覚えられればいいでしょう。
 何から覚えれば良いかは、次の授業で説明します。

 魔法を使う時には、体力と集中力が必要です。
 呪文によっては、マジックアイテムと言われる品も一緒に使わなくてはいけません。

 では、今日は早めに休みなさい。
 くれぐれも無理をしないように。



第1話「ZAPの呪文」

 では今日から、実践を兼ねた授業に入りましょう。
 「ZAP」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の一つ目。
 古代の魔法語で、「素早く何かをする」という意味で使われていたそうです。
 今の若い人たちが、異なる場所を見回る事を「ザッピング」と呼ぶのはその名残です。

 この魔法は、術者の指先から稲妻をほとばしらせる事が出来ます。
 魔法で加護されていない限り、あらゆる対象を打ち破れる強力な攻撃術です。

 それでは、あなたも試してみましょう。
 よく集中して、作法に従って腕を構え、標的に人差し指を向け……
 私を指ささないで!……そう、あちらにある練習用の柱に……。


「ZAP――!」

 あら、私が言った柱でなく、隣の樹に当たってしまいましたね。まあ良いでしょう。
 どうしました? 大木が消し炭になったくらいで固まらないように。
 これは、あなたの魔力が高い証拠です。
 魔法を学ぶとは、こうした責任を負う事でもあるのですよ。



第2話「HOTの呪文」

 今日は「ZAP」に次ぐ攻撃呪文、「HOT」を学びます。
 「HOT」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の二つ目。
 古代の魔法語で、「熱い」という意味で使われていました。
 こう言えば、これがどのような魔法か想像できますね。

 そうです。この魔法は、術者の両手の間に火の玉を生み出し、標的へ飛ばす事が出来ます。
 火に強い生き物でない限り、どんな敵にも火傷を負わせる事の出来る、これも強力な攻撃手段です。

 それでは、あなたも試してみましょう。
 さあ、両手を体の前に広げて……どうしました? 顔色が悪いですよ。
 ああ、前回の魔法の威力が怖かったのですね?
 だから撃つのをためらうと。
 大丈夫、力加減さえ間違えなければ、この魔法は旅人の助けにもなるのです。
 そら、そこに組まれている薪の山に、そっと唱えてごらんなさい。


「HOT――!」

 はい、今日はよく出来ました。
 おかげで素敵な焚き火を作れましたよ。
 これから少し休憩しましょう。
 チーズでも焼きましょうかね?



第3話「FOFの呪文」

 今までの二つは、敵を直接倒す魔法でしたが、 魔法使いは本来、自らで戦うものではありません。
 まず己の身を守り、時には旅の仲間を支える力となるのが役目です。
 今日からしばらくは、そういった補助的な術を学びましょう。


 「FOF」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の三つ目。
 古代の魔法語によると、「Force Of Field」…… 力を持つ場という言葉の略称と
伝えられています。

 この魔法は、術者の前に、実体を持つ魔法防壁を創り出します。
 実体を持つものも持たないものも、魔力の干渉も、大半を閉め出す事が出来ます。

 この魔法は集中力を使いますので、早めに試してしまいましょう。
 頑丈な傘で身を守るような姿をイメージして……。


「FOF――!」

 上手く出来たか、自分では分かりませんか?
 安心なさい。この通り、私の方からは今のあなたに触る事が出来ません。
 あなたの方から私に触るのは出来ますよ。
 ええ、実に不思議ですね。これではまるで私は幽霊のよう……って、
 ちょっと、何するの、くすぐるなんて止めなさい、止めなさいったら、わわわ……っ!!



第4話「WALの呪文」

 前回はよくもやってくれた……こほん。
 今日も補助魔法について学びます。


 「WAL」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の四つ目。
 古代の魔法語で、「壁」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、術者の前に、目に見えない壁を創り出す事が出来ます。
 飛び道具も生き物も跳ね返せる、強力な防御術です。

 それじゃ前回の
「FOF」と同じじゃないか?
 そう顔に書いてありますね。
 違いについては、実際に試してみれば分かりますよ。さあどうぞ。


「WAL――!」

 これであなたの前には、魔法防壁が生まれました。
 それでは前回のように、せいぜい私に悪さをしてごらんなさい。

 そうです。この術はまさに「壁」を創るので、あなたの方からも相手に触れないのです。
 そして――、破っ!!

 このように、私が剣で振りかぶると、壁が存在するのが明確に知れるわけです。
 あら、急に座りこんでどうしました?
 そういえば、私の剣筋を正面から見たのは初めてだったわね。ごめんなさい。



第5話「LAWの呪文」

 この森の奥まで入るのは初めてですか? 少しだけ入った事がある?
 今のは聞かなかった事にしておきましょう。

 さて。今日学ぶ魔法も、直接戦うための物ではありません。
 自分の身を安全に守るための物です。


 「LAW」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の五つ目。
 古代の魔法語で、今で言う「掟」という意味で使われていたそうです。
 重要魔法はあと一つですから、辛抱して下さいね。

 この魔法は、相手に自分の言う事を聞かせられるようになります。
 攻撃の意思を操れるというわけです。

 何故そこで私の顔を見つめるのかしら。
 念のため断りますが、この魔法はあくまでも知性の低い相手にしか効きませんし、
効果も長くは続きません。
 ですので、例えば……ほら、向こうから狼が近寄ってきていますよね。
 普通の人間は、獣とまともに戦っても勝ち目はありませんし、無意味です。
 けれど魔法使いなら……さあ、ぐずぐずしていたら大変、狼はもう身構えていますよ?


「LAW――!」

 そう。そのままよ。じっと狼から目を離さないで。
 優しく語りかけて。あちらへお行きなさいと。
 では元の広場へ帰りましょう。いつまでもここに居るのは、彼らの迷惑ですからね。



第6話「DUMの呪文」

 今日で授業は一段落。重要魔法はこれで終わりです。
 「DUM」は、魔法使いが最初に覚えるべき重要魔法の六つ目。
 古代の魔法語で、「間抜け」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、相手を極端に不器用にさせます。
 例えば、術をかけられた相手は、武器を必ず取り落とします。
 拾うのにも、とても苦労し、また落とすのを繰り返します。

 分かりにくいですか?
 ならば、私にその術をかけてみて下さい。
 今こうして、剣に手をかけ、あなたを襲おうとする私に!


「DUM――!」

 間一髪でしたね。
 今の私は、剣を扱う事が出来ません。
 両手の指が、痺れたように震えているのが見えますか?
 これでは地面から剣を拾うのも難しいでしょう。本当に厄介です。
 ですから――、そらッ!

 こういう場合は、武器でなく素手で身を守る事。
 油断しきっている相手なら、こうして逆に捕らえる事も不可能ではないと思いますよ?
 今のあなたのように、ね。



第7話「BIGの呪文」

 朝はどうなる事か心配でしたが、もうすぐ雨も止みそうですね。
 雨宿りしている今の内に、講義を済ませておきましょう。

 さて。今までお疲れ様でした。
 基本的な術は、一通り終わりました。
 これからは少しずつ、応用の効く魔法を覚えていきましょう。

 今日は
「BIG」を学びます。
 古代の魔法語で、「大きい」という意味で使われてました。

 この魔法の効果は、この言葉そのままの意味です。
 唱えると術者の能力、特に腕力が、単純計算で3倍に上がるとされています。
 使われるのは、魔法使いが敢えて力仕事をする時などですね。
 ですので今日はこれから、この家の裏庭で穴掘りでもしてもらいましょうか。
 え。ちょっとその構えは――。


「BIG――!」

 どうしてこんな所でこの魔法を試すのですか。
 言い忘れた私も悪いですけれど、この魔法は力を3倍にするのと同時に、
 術者の身体そのものも3倍に大きくなるのです。
 それを、こんな狭い部屋で唱えるから……ああもう、変に動かないの! 先生が潰れます!



第8話「WOKの呪文」

 今日は、大丈夫です。
 天気は晴れていますし、この広場なら遮る物もありませんし。

 今回学ぶのは、白兵戦で役に立つ魔法、
「WOK」です。
 古代の魔法語で、「仕事」という意味の言葉を元にしている、というのが通説です。
 が、本当は「鍋」という意味で使われていた言葉のようです。

 ところで、今日からは魔法道具(マジックアイテム)を使うと説明しておいたはずですが、
 言われた通り、硬貨を1枚持ってきていますか?
 あら、それはお祭りで配られた記念メダルね。
 それじゃちょっと勿体ないから、こっちの古い銅貨にしましょう。

 では、私の渡した硬貨を、利き手と逆――あなたなら右手首――に乗せてから、
呪文を唱えましょう。


「WOK――!」

 よろしい。これで今、あなたの右手の甲に、
 直径3フィート弱の「見えない盾」が創られ、固定されました。
 このように――私の剣で叩くと、盾の存在する事が分かりますね。

 そうそう。魔法の解けた後、硬貨はただの金属の板になります。
 大切な硬貨は、出来る限り使わない方が良いと思いますよ。



第9話「DOPの呪文」

 今日は、こちらの部屋で授業をしましょう。
 この部屋への扉には、このように多くの錠前が付いています。
 単純な閂はモチロン、数字錠に、シリンダー錠に、それからチェーンロック。

 今からあなたに、この扉の錠を全て開けてもらいます。
 錠開けについては、魔法の授業の前に一通り教わりましたよね。
 その復習と思って下さい。

 …………………………………………。
 はい、よく出来ました。
 では中に入って下さい。
 私は入りません。その代わり、このように……今、全部の錠を外からかけました。

 こういう時こそ、今日学ぶ呪文、
「DOP」の出番です。
 古代の魔法語によると、「Door, Open」……扉を開けるという
 意味の略称と伝えられています。

 今あなたを閉じこめている錠前が手強い事は、あなた自身がよく分かっているでしょう。
 さあ、気合いを入れて集中して……。


「DOP――!」

 はい、よく出来ました。すぐに開きましたね。
 こんなに簡単なら、最初から呪文を使わせてほしかった?
 それだと、この魔法の意味を知る事が出来ませんから。
 この魔法の――恐ろしさをね。



第10話「RAZの呪文」

 今日は再び、物理攻撃における魔法の授業です。
 ですが、その前段階として、まず剣術の復習をしましょう。
 いつもの小剣を抜いて、この試し斬り用の巻き藁をお使いなさい。

 はい、なかなかの太刀筋ですね。
 先日から、また動きが素早くなっています。
 練習を重ねるのは実に良いことです。

 ただ、あなたをはじめ、魔法使いは体力がどうしても足らない。
 そこで今回の魔法、
「RAZ」が役に立ちます。
 古代の魔法語で、「カミソリ」という意味の言葉を元にしているそうです。
 それでは、あなたの強くしたい武器の刃に、蜜蝋を塗り付けてから、呪文を唱えましょう。


「RAZ――!」

 そうです。その刃が淡く光っている内に、もう一度ふりかぶって――お見事!
 この巻き藁を斬り倒せたのは、今日が初めてですね。

 なお、この呪文は実際には、旅の仲間の戦士にでも使ってあげる物です。
 あなたの力でこれほどの結果を出せるのですから、
 もっと強い人が使えばどうなるかは、おのずと分かるでしょう。



第11話「SUSの呪文」

 今日は、少し意地悪な授業かもしれません。
 今あなたの前の机に置いた、赤い箱と青い箱。
 その小箱のどちらかを開けてもらいます。

 ところで、魔法使いを含め、冒険者の旅は、危険な罠にあふれています。
 何となく決めた選択肢で、傷ついたり死んだりしても、やり直せないのが現実です。

 そんな酷い目に遭わないために、予知の魔法があります。
 今日学ぶ呪文、
「SUS」は、その一つ目。
 古代の魔法語で、「疑う」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、自分の近くに罠がある時、そのヒントを教えてもらえます。
 ではそろそろ、呪文を試してもらいましょうか。


「SUS――!」

 いかがです? 頭の中で「何か」を感じ取れたはずです。
 その「何か」に従って行動して下さい。ためらわずに、ほら!

 ……よろしい。ちゃんと箱から体を離して開けましたね。
 その青い小箱には、バッタを1匹入れておいたの。
 それで、赤い小箱には……同じように開けてみなさい……ふふっ、バッタが2匹、ね。

 何だこの程度か、なんて顔をしないように。
 それなら今度は、猛毒の針でも仕込んであげるわ……ふふふ、冗談ですよ……冗談。



第12話「SIXの呪文」

 今日の授業は、まさに魔法使いならでは、ですよ。
 「SIX」の魔法です。
 古代の魔法語で、どういう意味で使われていたか、これはあなたも知っているはずですね。
 ……正解。数字の「6」を表す表示です。

 この魔法は、術者の分身を、その名の通り、6つ創り出します。
 分身はカンゼンに生き写しで、全員が同時に同じ動きをします。
 余程の条件でもない限り、分身の見分けを付ける事は出来ません。
 つまり、この術を使えば、唱えた魔法使いの戦力は単純に6倍になるのです。
 では、あなたも試してみましょう。


「SIX――!」

 お見事。そうやって並んでみせると、まるで六つ子ね。
 さあ小剣を抜きなさい、今日はハンディキャップ戦という形で修練を……って。え。

 何やってるの、それは。最近流行ってる踊り?
 一人でやると格好つかないけど6人いると様になる?
 そういう目的の呪文じゃないんだけどね……これ。



第13話「JIGの呪文」

 今日の授業は、あなたも楽しいと思うわ。
 今日学ぶ呪文、
「JIG」はズバリ、踊るための魔法です。
 古代の魔法語で、そのまま「踊る」という意味で使われていました。

 この魔法をかけられた相手は、陽気に踊りたくてたまらなくなります。
 ある条件を保つ限り、相手はずっと踊り続けます。
 その間に、術者はゆっくり逃げられますし、あるいはのんびり見物するのも悪くないでしょう。

 というわけで。今回は――あなたでなく――私が呪文を試します。
 何故なら、あなたは今日、必要なマジックアイテム……この竹笛を持ってきていませんから。
 ええ、そうですね。持ってきなさいとは言いませんでしたね。

 この笛を構えて吹き続ける限り、術者の息が続く限り、魔法の効果は続きます。
 因みに私、鳴らせる時間は、けっこう長いですよ?
 それでは、前回の続きを見せてもらいましょうか、私の可愛いお弟子さん?


「JIG――!」



第14話「GOBの呪文」

 前回はお疲れ様でした。あなたには踊りの才能がありそうですね。
 魔法には身振り手振りが必要な物も多いですから、悪い事でもありませんよ。

 さて。今日学ぶ魔法は、今までになく応用力を求められます。
 召喚魔法の一つ、
「GOB」です。
 古代の魔法語で、ゴブリンにあたる意味の言葉です。

 この魔法は、ゴブリンの歯を媒体として消費し、ゴブリンを或る程度の時間、召喚します。
 魔法使いの代わりに戦わせたり、作業をさせたり出来ます。
 なお、ゴブリン1体ごとに、ゴブリンの歯1本を使います。

 因みに、ゴブリンとはどのような生き物か、知っていますか。
 そうですね。私たち人間より身体が小さく、知性の低い、人型のモンスターです。

 では、さっそく試してみましょう。ゴブリンの歯は持ってきていますね。
 そうです、その1本を使って……、え、待って、どうして指の間に挟んで構えてるの、4本も!?


「GOB――!」
「GOB――!」
「GOB――!」
「GOB――!」


 まったくもう。この魔法は、ゴブリン1体ごとに、ゴブリンの歯1本を使います。
 そして、その1体ごとに魔力も消費するのです。

 そんなに一度に召喚したら、それだけで疲労困憊でしょうに。
 仕方ないから、今日はこれで終わりにしましょう。
 ゴブリン達に、ベッドまで運んでもらいなさい。



第15話「YOBの呪文」

 今日は、前回のような失敗は許しませんよ。
 召喚魔法の内のもう一つ、
「YOB」を学びます。
 古代の魔法語で、「あらくれ」という意味で使われていたようです。

 この魔法は、巨人の歯を媒体として消費し、巨人を或る程度の時間、召喚します。
 魔法使いの代わりに戦わせたり、作業をさせたり出来ます。
 なお、巨人1体ごとに、巨人の歯1本を使います。

 因みに巨人とは、やはり私たち人間とは異なる種族であり、
知性の低さからモンスターとして扱われています。
 なお、その身長は12フィートほどが平均とされています。

 さあ、今度こそ召喚に成功してもらいますよ。
 幸い、巨人の歯は貴重品ですから、前回のように大量召喚できないのが救いですね。


「YOB――!」

 よろしい。
 では次の課題として、この巨人に何か命令をしなさい。
 用事を与えなければ、魔力の無駄使いになってしまいますからね。

 え、何ですって? 前に出来なかった穴掘りをやらせる?
 まあ、よしとしましょう。
 それにしても、よく覚えてたわね。
 忘れてくれた頃に、魔法ナシでやらせようと思ってたんだけど……残念。



第16話「GUMの呪文」

 今日の魔法「GUM」は、とある能力を求められます。
 どんな能力かは後で説明するとして。
 古代の魔法語で、「ゴム」という物……糊の親戚のような物を指していたようです。

 この魔法では、このような糊の入った小瓶を使います。
 糊にあらかじめ魔力を込めておく事で、粘着力が大幅に上がります。
 この糊に触れた相手は1秒とかからずに、床や壁に固定されて、身動きを取れなくなるのです。
 例えば、こんな風に……
「GUM――!」

 ……瓶を投げつけられて、とっさに避けたのは正解です。
 ただ、瓶をキャッチしようとしたのは、少し調子に乗りすぎましたね。
 瓶には油を塗っておきましたから。
 結果、瓶を取り落としたあなたは、地面に貼りついて動けない。

 威力は充分に分かったでしょう?
 他にも、扉の上に瓶を隠しておくのも悪くないわね。

 この魔法で求められるのは、この通り、「いたずら」を思いつく能力なのですよ。



第17話「HOWの呪文」

 今日は、以前の授業の復習を兼ねます。
 あの日と同じように、あなたの前の机には、赤い箱と青い箱が置かれていますね。
 今日も、その小箱のどちらかを開けてもらいます。
 今日学ぶ呪文、
「HOW」を唱えた上でね。
 古代の魔法語で、「どのように」という疑問文で使われていました。

 この魔法は、以前覚えた
「SUS」の上位呪文です。
 罠を前にした時、より安全な方法を具体的に知る事が出来ます。
 では早速、唱えてみましょう。一層、意識を集中して……。


「HOW――!」

 はい。今あなたは心の中で、はっきりとした啓示を受け取ったはずです。
 その心の声に従って、正しい箱を開けてみなさい。
 今回は、ちゃんと箱の前にまっすぐ立ってね。

 おめでとう。あなたの開けた青い箱には見事、砂糖菓子が入っていましたね。
 因みに、もう片方の赤い箱は……ああ、いけません!
 せっかく魔法で避けたのだから開けないで。
 さもないと、大変な事になりますよ。

 え、何で大変なのか?
 どうしても知りたいなら教えますが……知らない方がいいと思いますよ。
 死にたくないでしょう?



第18話「DOCの呪文」

 お疲れ様でした。
 不得手な剣術の修行にも、あなたはまだ付いて来られていますね。

 今日は特に長時間の練習でした。
 お昼ご飯での休憩も、敢えて長く取りませんでした。
 ですので、今日は一際くたびれている事でしょう。

 早く帰って眠りたい? 悪いけれど、今日の授業はこれからが本番なの。
 大丈夫。これ以上、疲れるような真似はさせないから安心なさい。

 今日学ぶ魔法は
「DOC」
 古代の魔法語で、「お医者さん」という意味で使われていました。
 この魔法は、魔法薬の効き目を最大まで高める事が出来ます。
 ほんの少しの量であっても、傷や体力を全快させるほどの効果をもたらすのです。

 では早速、唱えてご覧なさい。
 魔法薬なら、この瓶に一さじ分が入っているわ。
 この量では普通は役に立たないけれど、術を使えば充分な量になるから。


「DOC――!」

 どう? 気分の方は。その顔色を見れば、一目瞭然ね。
 この魔法は、術者に最低限の体力が残っていれば、自分も相手も瞬時に元気に出来るのよ。

 さて。それじゃ最後に、剣術の方の復習をして終わりにしましょう。
 疲れてるからって言い訳は通用しませんよ?



第19話「DOZの呪文」

 今日も一日よく頑張りましたね。
 少し遅くなってしまいましたから、急ぎましょう。

 今日覚える魔法は、
「DOZ」
 古代の魔法語で、「まどろむ」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、相手の動きを遅く、鈍くする事が出来ます。
 具体的には、戦闘力が6分の1程度にまで落ちるとされています。

 え、それなら……とは何ですか? 質問があるならどうぞ。
 なるほど。それなら、「遅い」という言葉を元にした呪文になるんじゃないか?ですか。
 その答えは、この術を実際に受けてみれば分かります。
 そう。今日のところは私があなたに呪文を唱えます。いいですか?


「DOZ――!」

 いかがです? 今あなたの身の動きは確実に遅くなっています。
 何となく、夢の中にいるような気持ちになってきませんか?
 それ故に、この呪文は「DOZ」と呼ぶのが相応しい……あら?
 参ったわね。この呪文、本当に眠っちゃうほど威力はないはずなんだけど。
 起きなさい、ここはベッドじゃないのよ!



第20話「DUDの呪文」

 今日学ぶ魔法は、そう、「DUD――!」です。
 古代の魔法語で……いえ、この点については、今後の宿題にしましょう。
 いずれ教えてあげますね。

 今回も、私からあなたに呪文を唱えて説明します。
 その方がこの術は、たの……覚えやすいですからね。

 それに。この術では、非常に特殊なマジックアイテムを用いるの。
 ちょっと手を出して。コレは大っぴらに見せびらかす物じゃないから。
 いい? 今、渡したわよ。手を退けるから、よく見てみて。

 コレが何だか分かるわね。口に出して言う必要はないわ。
 それで……アラいけない。この術にはもう一つアイテムが要るのよ。
 すぐ戻るから、それを持って待っててね。

 …………………………………………………………お待たせ。
 さあ、今のあなたなら、私があなたに何をしたか分かるわね。
 古い木の実をそんな沢山握りしめてるあなたなら。

 そう。この術は相手に幻覚を見せる事が出来ます。
 術者が相手の視界にいる限り、術は続きます。
 因みに、見える幻覚は、「相手が一番欲しがってる物」。
 だから、賄賂に最適なんだけど……どうしたの? 顔が赤いわよ?


※DUDとは「贋物」の意味。



第21話「MAGの呪文」

 今日は復習を兼ねます。
 今まで学んだ内、物理攻撃から身を守る術が幾つかありますね。

 「FOF」「WAL」「WOK」などです。
 また、
「LAW」「DUM」「DOZ」なども、相手の行動を封じる事によって、
間接的に防御できます。

 一方、魔法攻撃から身を守る術は
「MAG」がほぼ唯一と言えます。
 古代の魔法語で、「魔法」そのものを意味する言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、術者をほぼ全ての魔法攻撃から守ってくれます。
 ただ問題は、相手の魔法が効果を現す前に、素早く唱える必要がある事。
 さもないと、魔法を中和させる事は出来ません。スピード勝負なのです。

 では早速、実践してみましょう。
 私が攻撃魔法の構えを終える前に、呪文を唱えてごらんなさい。
 ………………。


「MAG――!」
「ZAP――!」


 はい、よくできました。あと一瞬遅かったら、あなたは黒こげになっていたかもしれません。
 モチロン私は手加減しますが……あら?
 防御は出来たけど、そこで力尽きたみたいね。
 ほら、まだ今日の修練は続くんだから、しゃきっとしなさい。



第22話「POPの呪文」

 今日はまた、直接的な物理攻撃の魔法を学びます。
 「POP」は、ささやかな術でありますが、かなりの集中力が必要です。
 古代の魔法語で、「ポン」と鳴る音を意味しているそうです。

 使う物は、小石です。
 例えば、このように河原などに落ちている物で構いません。
 ではまず、私が試してみせます。


「POP――!」

 こうして魔力を込めた小石は、西の遠い国で使われているという「爆弾」に似た性質を持ちます。
 投げて何かにぶつけた途端、細かい破片に破裂します。
 破片の飛ぶ距離にある物全てにとって威力を放ちますし、破裂時に大きな音が鳴るのも特徴です。
 
「POP」と呼ばれるのは、そのためかもしれません。
 さて、この小石を投げるのは危険が伴うので、安全な場所へ移ってから……って、え?

 ときに尋ねたいのだけれど。
 あなたが両手いっぱいに抱えているその小石の山はどういうつもり?
 しかも期待に満ちた顔を向けているのはどういう意味?
 まかり間違っても、それ全部に魔力を込めるのは許しませんよ。
 危ないし、何よりお互いの身体が保ちません!



第23話「FALの呪文」

 今日は天気に恵まれましたね。
 こうして丘の上から見下ろすと、いつもの景色も違って見えてきます。
 あなたもこちらへ来てご覧なさい。

 そこは崖になってるから怖い? 柵もないから?
 冒険者になるつもりの人が、そんな弱気じゃいけませんよ。
 ……ね? とっても素敵でしょ?

 それでは、この景色を見ながら、今日の授業を進めましょう。
 今日学ぶ魔法は
「FAL」
 古代の魔法語で、「落ちる」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法を使うのは、落とし穴から落ちてしまったり、高い所から転落してしまったりした時です。
 唱えると、術者の体は羽のように軽くなり、ふわふわと漂ってそっと着地する事が出来ます。

 はい、準備はいいですか? 今日は二人で一緒に試しましょう。
 うかうかしてたら危ないですよ、ほら、せーの!


「FAL――!」
「FAL――!」


 ……ね? 空を飛んでるみたいで楽しいでしょう?
 突き飛ばすように押したからびっくりした?
 ごめんなさい。でもほら、ちゃんとあの通り、下にはワラを敷きつめてあるもの。
 あなたなら必ず出来るって信じてたしね。



第24話「DIMの呪文」

 あなたに教えている魔法は、今日で24種類目。
 ちょうど折り返し地点になりました。

 今日学ぶ呪文は、少々危険な面を伴います。
 雷や炎などの魔法もモチロン危険ですが、この術
「DIM」は、また違った意味合いで、
危ないのです。

 古代の魔法語で……「ぼんやりした人」という意味で使われていた言葉という事に相応しく、
この魔法は、術師に攻撃してくる相手の思考をかき乱し、つまり一時的に混乱させる事が出来ます。

 ただ、何度も言いますが、この魔法を使うのは、慎重にしなければなりません。
 錯乱した相手は、理屈に合わない思いがけない行動を取る事があるからです。
 ですので、まずは私があなたにこの魔法をかけます。
 私の方なら、あなたの行動をある程度は予想できますから。では、覚悟なさい。


「DIM――!」

 ………………………………………良かった。気がつきましたか。
 当て身を加えて止めた事を、先に謝ります。

 ああ、私のこの切り傷は無論、あなたが私に一太刀浴びせた結果です。
 あなたは本来、とても勇ましい子。
 日頃は無意識に押さえているけれど。
 このように、敵が逆に強くなる場合もある事を、肝に銘じておく事ね。




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