蒼の魔法使いの挑戦(後編)

第25話「FOGの呪文」

 今日は少し陽の強い日ですね。
 おかげで、この地下室では、逆に過ごしやすい日になりました。

 今日学ぶ魔法は
「FOG」
 古代の魔法語で、「濃霧」という意味で使われていた言葉だそうです。

 この術を唱えると、術者以外の者には全員、室内が漆黒の闇となります。
 こうしたロウソクや、松明などを灯していても関係なく、真っ暗闇になってしまいます。
 やはり戦いにおいて、相手の視力を奪う事は、遙かに有利になる戦法です。
 効果は一時的ですが、その間に術者は如何様にも攻撃できるわけです。

 では今回も、この術の威力をあなた自身に体験してもらいましょう。
 ですが、その前に一つだけ教えます。
 この術には、実は致命的な欠点があります。
 あなたなら、その欠点を見抜く事が出来るかもしれません。

「FOG――!」

 さあ、せいぜい存分に応戦しなさい!……と、おやおや?
 敵に背中を向けて、どうするつもりかしら?

 ………………………………そう。お見事。
 この術の致命的な欠点とは、「密室でなければ使えない」という事。
 つまり、そうやって扉を開けて外からの光を取りこめば、この術はすぐに破れます。
 あなたなら、ピンチになったら、戦うよりも逃げようとするから、もしかしたらと思ったけれど。
 けどこれは、果たして喜んでいいのかしら。いきなり逃げるなんて、ねえ。



第26話「MUDの呪文」

 今日学ぶ魔法は「MUD」
 古代の魔法語で、「泥」という意味で使われていた言葉だそうです。

 この魔法では、浜辺などで見られる細かい砂を使います。
 望みの場所の床などに砂を撒いて唱えると、砂は床を巻きこんで効果をもたらし、
流砂を作り出します。
 その流砂の所にある物は全て沈んで消え去ります。
 戦闘で用いれば、いかなる敵もゆっくりと溺れ死んでしまいます。
 その練習として今日は、敵の代わりになる物を用意してもらいました。

 それで私は、練習で失敗したマジックアイテムを
 一通り持ってきなさいと言いましたけれど。随分とあるものね。
 砕けた蜜蝋に、歪んだ硬貨に、古すぎる薬に、それからこれは不発弾の小石……確かに危ないわね。
 全部きれいに片づけましょう。

 では、あなたが試してみなさい。
 この砂を、離れた地面に撒いて……。

「MUD――!」

 はい、上手に出来ましたね。
 流砂が収まるまでは、決して近づいてはなりませんよ。
 例えば、先生の折れたこのロッドも……ほら。
 投げこんだらあっと言う間に消えていきます。
 そうそう、いずれあなたにも専用のロッドを作ってあげますから、楽しみに待っててね。
 



第27話「NIFの呪文」

 部屋の戸締まりは念入りにしましたね?
 ただし、いざとなったらすぐに外せるようにしておいて下さいね。
 今日の魔法は、本当に恐ろしい術の一つなのですから。

 今日学ぶ魔法は
「NIF」
 古代の魔法語で、「くさいにおい」という意味で使われていた言葉を元にしているそうです。

 この魔法は、その由来の言葉さえ生ぬるい、本当に酷い臭いを、辺り一帯に発生させます。
 取り巻く空気一面、吐き気を催す悪臭に満たされます。
 敢えて言うなら……腐敗した肥溜めを煮つめたみたいな……うう。
 ひと嗅ぎでもした者は、当然ながら力が落ちます。
 嗅覚への攻撃は、一見地味ですが、耐えがたい威力を放つのです。

 では、唱えてみて下さい。
 この私と同じように、準備をよく確かめて……。

「NIF――!」

 さあ、どうですか………………ああっ! 言ってる端からあなたって子は!?
 こうして鼻栓をきっちり奥まで入れてってあれほど言ったのに。
 この魔法は術者自身も容赦なく巻きこむんだから。

 ほらほら、吐くなら外へ出て!
 窓からでもいいから、早く早く!
 お願いだから汚さないでよ!!



第28話「TELの呪文」

今日は「TEL」の魔法を学びます。
古代の魔法語で、「伝える」という言葉を元にしているそうです。

この魔法は、知性のある相手の心を読む事が出来ます。
つまり、戦いにおける相手の得意技や弱点を見破ったり、近くの部屋にある物を見つけたり出来ます。

 なお、これは余談ですが。
 私たちの歴史の遙か前、神々の時代では、誰でもあらゆる場所の相手と
自在に言葉を交わし合える魔法が存在したらしいです。
 それが本当なら、何と凄まじい魔法だった事でしょうね。

 話を戻します。
 私たちの
「TEL」の魔法では、このような布製の縁なし帽を使います。
 これをかぶってから呪文を唱えるのです。

 では早速、試してみましょう。
 かぶって唱えて、私の心を読んでみなさい。

「TEL――!」

 いかがです? 私が心の中で何を言っているか聞こえたと思いますが。
 懐に入れている板切れですって?
 ええ、その通り。コレの事よね?
 これが今あなたに言った、大昔のマジックアイテムらしいの。
 一体どうしたら使えるのか、これから一緒に考えてみませんか?



第29話「GAKの呪文」

 今日学ぶ魔法は「GAK」です。
 この言葉の由来については、実は未だによく分かっていません。
 少なくとも古代の魔法語には、このような単語は残っていないのです。
 私たち魔法使いは半ば冗談で、「がくがく震える魔法だから
『GAK』なんだ」と言っていますが、
真相は不明です。

 今述べました通り、この魔法は相手の心に恐怖を植えつける事が出来ます。
 この、禍々しい黒の仮面を通して相手を見つめて唱えると発動します。
 冷や汗を滝のように流して怯えたり、震えながら膝を抱えて座りこんだり、
相手によって効果は様々に異なります。
 勇気ある者ならば、耐え抜く事も可能です。

 というわけで、今日はあなたの勇気のほどを計ります。
 武器を構え、私の仮面を見るのです。

「GAK――!」

 ……ふふ。一見、怯えている様子には感じませんね。
 あなたは昔から、いざという時のお芝居は上手いから。
 けれど、その演技がどこまで続けられるかしら。
 行きますよ! その恐ろしい気持ちを克服し、私の剣を受けなさい――!



第30話「SAPの呪文」

 前回は頑張りましたね。ときどき足が震えてはいましたが、ほぼ遜色なく戦えていました。
 けれど、今日学ぶ魔法を受けたらどうなるかしら。
 どんな強い魔法をかけられても我慢する? 頼もしいわね。
 それなら、今日の魔法に耐えて、私から一本取れたらご褒美をあげましょう。
 採れたてのボンバの木の実なんていいかもね。武器を構えて、用心しなさい。

「SAP――!

 はい、それじゃ戦いましょうか。
 どうしたの? 何を考えこんでるの?
 ……こんな危ない事やりたくない、木の実なんか要らないから止めましょう、ですって?

 そうよね。今のあなたならそう答えるはず。
 実は今日試してみせた魔法は
「SAP」といいます。
 古代の魔法語で、「萎える」という意味で使われていた言葉だそうです。

 前回の
「GAK」が、相手に恐怖を与えるのに対し、
 今日の
「SAP」は、相手の意欲そのものを弱めます。
 「GAK」で耐えられる勇気も、「SAP」には通用しません。
 穏やかな心にさせる事が出来るのです。

 つまり、弱い相手には
「GAK」、強い相手には「SAP」
 くれぐれも、弱い相手に
「SAP」を使わないように。
 さもないと、生きるための意欲すら奪い、廃人にしてしまいかねませんからね。



第31話「GODの呪文」

 どうしたの? 今日は随分と不機嫌そうね。
 大事に取っておいたはずの焼き菓子が見当たらない?
 ああ、それなら昨日先生が食べちゃいましたけど、それが何か?
 そういえばあなた、もともと髪が逆立ってる方だけど、今日は一段と尖ってるように見えるわね。
 誰のせいだ!って顔に書いてあるわ。ふふふふふ。
 そんなあなたに、ちょっとだけ、この黄金石を見てほしいの。
 あなた、こういうきらきらしてる物、好きでしょ? ……見たわね。

「GOD――!」

 ええと、それでどこまで話したかしら。
 そうそう、あの焼き菓子の事だけど……え?
 先生に食べてもらえたなら嬉しい?
 髪も今朝は手入れが足りないから仕方ない?
 それより早く修行しましょう勉強しましょうって?

 あのね、今のあなたに言ってもよく分からないかもしれないけど、これも魔法の実践なのよ。

 「GOD」は、ある種の目くらましの魔法。
 古代の魔法語で、恐れ多くも「神様」という意味で使われていた言葉です。
 黄金石を見てからこの魔法を受けた生き物は、たちどころに術者に好感を持ち、
つまり一時的に親友みたいになれてしまうのよ。
 だから今のあなたの気持ちは操られた結果だし、き菓子は隠してあるだけだから安心して……って、
だからあんまりべたべたしないで。落ち着いて!



第32話「KINの呪文」

 前回の事は、お互い忘れましょう。ああ恥ずかしい。
 今日は今まで学んだ魔法の応用問題を出します。
 私はあなたに今から
「GOB」の魔法で攻撃します。
 あなたはどうやって応戦しますか?

 そう。
「ZAP」「HOT」がまず基本ですね。
 逃げるなら
「FOF」もいいでしょう。
 手持ちのアイテムがあるなら、他にも答えが沢山あると思います。

 その答えの一つとして、今日学ぶ魔法
「KIN」を教えます。
 古代の魔法語で、「同族」などを意味する言葉として使われていたようです。
 ただし、そのまま「金(キン)の呪文」と覚えている魔法使いも多いです。
 というのも、この魔法で使うのは金縁の鏡だから。

 この魔法は、金縁の鏡に、術者の戦う相手を映して、その正確な複製を作り出します。
 複製は術者の支配下にあるので、術者の指示通りに戦ってくれます。
 では、行きますよ。あなたは金縁の鏡を構えて……。

「GOB――!」
「KIN――!」


 複製は全く同じ力と弱点を持つので、勝敗は運任せ。
 勝敗が決まれば、いずれにせよ複製は消えます。
 よって、後は彼ら自身の戦いとなります……が。
 何だか様子が変ね。私の出したゴブリンに、あなたの出した複製が話しかけて……
説得してるみたい。
 こういう形で勝敗って、どう決まるのかしら……。



第33話「PEPの呪文」

 ………………、はあ。
 ごめんなさいね、正直なところ、あんまり気が進まないのよ。
 こういう魔法もあるんだな、くらいに考えてほしいわ。

 今日学ぶ魔法は
「PEP」。由来には大きく二つの説があります。
 一つ古代の魔法語で、「活力」を意味する言葉から。
 もう一つは、「きつい一杯」……お酒のそれを意味する言葉からです。

 私としては、不本意ながら後者の説を取っています。
 というのは、この魔法で使うのが、この「火の水」だから。
 「火の水」は、お酒を特殊な技法で強めた、酒精そのもののような液体です。
 本来なら、身体の毒を清める薬として用いるこれに、更に魔力を与えて効果を強めてから、
飲みます。
 すると、術者は通常の2〜3倍の力を出せるようになります。

 では、手早く済ませましょう。
 飲むのは本当に、このコップから一口だけですよ。気をつけて。

「PEP――!」

 魔法が効いて、力がみなぎってきたら、はい、すぐにこの大岩をつかんで。
 持ち上げて。すぐ置いて! すぐ!

 ……ああ、何とか間に合ったわね。お疲れ様。
 そこに座ったままでいいわ。今はまともに立てないでしょう。
 この魔法には欠点が多くてね。
 効果の出る時間が極端に短いのもそうだけど、何より術者が「火の水」に酔っぱらってしまうのが
大問題。
 戦闘ではあまり使えないと思った方がいいかもしれないわ。



第34話「ROKの呪文」

 風のない静かな日ですね。今日の授業に向いています。
 今日学ぶ魔法は
「ROK」
 古代の魔法語で、「岩石」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この魔法では、この特殊な石粉を使います。
 術を使うと同時に、石粉を相手に投げつけると、
 その生き物は数秒とおかずに、石に変わってしまいます。
 いわゆる石化の呪いがかかるのです。

 今日はあなたに、その呪いを使ってもらいます。
 昨日捕らえた、このカゴの中の小鳥にね。

 怖い? そうね、その気持ちは自然だわ。
 そういう気持ちを持てる人にしか、私は魔法を教えない。
 でもね、これは最初に言ったと思うけど。
 魔法を覚えるとは、責任を負うという事。
 冒険者とは、いつか相手を殺し、そして相手に殺される物なのだと、今一度、理解なさい。
 あなた自身の意志で、この鳥を、殺しなさい。

「ROK――!」

 よく見ておきなさい。小鳥の動きが鈍くなって、灰色になっていきます。
 羽ばたこうとする形そのままに、石像になりました。
 これであなたは、この鳥の命をつかんだのです。

 解呪の方法については、これからの宿題とします。
 私は教えません。あなた自身の努力で、見つけてご覧なさい。



第35話「NIPの呪文」

 今日は追いかけっこ――いわゆる鬼ごっこで勝負しましょう。
 最初は私が追いかける鬼、その次にあなたが追いかける鬼になる事にします。

 勝負を始める前に、今日学ぶ魔法を教えます。
 「NIP」は自分の身体にかける術。
 古代の魔法語で、「素早い」という意味の言葉を元にしているそうです。

 この、特殊な黄色い粉を鼻から吸いこみ、呪文を唱えると、全ての行動が並外れて速くなります。
 だいたい、通常の3倍で走ったり喋ったり考えたり戦ったり出来るようになります。
 では早速、試してみましょう。しっかりと粉を吸いこむんですよ。

「NIP――!」

 どう……です? 私……の声……も遅く……聞こえ……ますか……?
 で……は……逃げて…………そう………………はあ、はあ、……ご、合格、です……。
 では……今度は、逆、に、捕まえてみなさい! それっ!!

 ……………………。
 もう大丈夫? 起きられるかしら。
 あなたには分かっただろうけれど、この魔法も、使い勝手があまり良くないの。
 持続時間が長くない事もあるし、それに速くなり“過ぎる”せいで、
さっきのように不意打ちを食らう事が多いのよ。
 つまり、この魔法は基本的に、逃げの一手に向いていると言えるの。
 あなた向きの魔法かもしれないわね。



第36話「HUFの呪文」

 今日学ぶ魔法は「HUF」
 古代の魔法語で、「風が吹く」という意味の言葉を元にしているそうです。
 この魔法では、この「疾風笛」と呼ばれる特殊な楽器を使います。
 らっぱの形をしたこれを普通に吹くと、不協和音を奏でるだけですが、
魔力を込めて吹くと、笛から向けている方角へ、凄まじい風が吹き出してきます。
 大人くらいの大きさの相手なら吹き倒してしまいます。

 では早速、試してみましょう。
 呪文を唱えて疾風笛を、先生に向かって吹いてみなさい。
 先生はこの樹と、こうしてロープでつないでいますので、心配いりませんよ。

「HUF――!」

 おお、なかなか激しい風を出せていますね。
 もう少し強く吹けば間違いなく、先生くらい飛ばせそうです。
 ……あら、どうしたの? 何で急に上に笛を……って、
 きゃっ!? 何、何が落ちてきたの? 木の実?

 ああ、そういう事。
 確かにこの魔法は、高い棚から物を振り落とすためにも使われますが。
 そこまで考えてたわけじゃなさそうね。
 熟してきてる事に気がついて、つい上を見たんでしょ?
 顔にそう書いてあるもの。
 まあいいわ。せっかくだから、おやつの時間にしましょうか。



第37話「FIXの呪文」

 今日学ぶ魔法は「FIX」
 古代の魔法語で、「固定させる」という意味で使われていた言葉だそうです。

 魔法の授業も、だんだん高度な物になってきました。
 用いるマジックアイテムも、貴重品が増えてきています。
 この魔法で使うのは、このような樫の若木で作られた杖です。

 この魔法は、この杖を向けた相手を、その場にまさに固定させます。
 生物でも無生物でも、空中に浮いていても動けなくなってしまいます。
 今日のところは、私があなたに魔法をかけてみます。行きますよ。

「FIX――!」

 どうですか? この魔法の効果は、術者が近くにいる限り続きます。
 つまり、今のあなたは……私のやりたい放題というわけです。

 覚えてる? 前の
「FOF」の授業の時、散々くすぐってくれたわよね? 
 安心して。
「FOF」と違って、「FIX」はある程度抵抗する事も出来るから。
 頑張って、私の魔力を破れれば、逃げられるかもしれないわよ?
 



第38話「NAPの呪文」

 では次の問題。

【体は全部で25。足は全部で64。鷲(ワシ)と羊は、それぞれいくつ?】

 そうです。鷲は
18羽、羊は7頭ですね。(※答えを知りたい方は反転を)
 冒険者には、このような計算能力も求められます。
 謎解きの際、きっと役に立つはずですよ。

 では……次で最後の問題にします。もう夜も遅いですからね。
 変わって魔法の授業です。今日学ぶ魔法は、
「NAP――!」
 名前の由来は、今は教えません。その代わりに、使う物をお見せします。

 このような真鍮の振り子です。
 きらきら光っているのは、金でメッキしてあるからです。綺麗でしょ?
 この振り子を、よく見て。
 輝いている表面に、何かが見えてきませんか?
 ほら、よく見て、じっと、揺れる動きに合わせて……。

 ……そろそろいいかしらね。
 この魔法は、一言でいえば催眠術。どんな生き物でも数秒で熟睡する。
 この振り子をじっと見てくれないといけないのが欠点だけど、あなたには上手くいったわね。
 詳しい説明はまた明日。お休みなさい。

※「NAP」とは「昼寝」の意味。



第39話「ZENの呪文」

 さあ、今日の授業を始めましょう。そっちに下りるから待っててね。
 よいしょ、と。

 今、私が空に浮かんでいたのを見ましたね。
 これが今日学ぶ魔法
「ZEN」です。

 この名前の由来には、少し説明が必要です。
 ずっと遠くの東の国では、こことは異なる魔法大系を持っていると言われています。
 その魔法大系の名が「ゼン」なのです。
 彼らは様々な儀式の末、星々と心を交わし、自由に空を飛び回る事が出来るそうです。
 私たちの
「ZEN」は、その東の術が伝わってきて生まれたとされています。

 では、あなたにも試してもらいます。
 今日の魔法では、こうした立派な宝石細工のメダルを使います。
 これを首から下げて、呪文を唱えるのです。
 構える指の形に気をつけて。指先を離しても、くっつけてもいけないのよ。

「ZEN――!」

 ゆっくり、ゆっくり……集中を切らさないで……
指先を自然に…………………………………………はい、そこまで。

 初めてなら、そんなところね。指三本分くらい浮かんだかしら。
 慣れてくれば私のように、人の頭の上の高さくらい、何時間でも浮かべるようになるわ。
 この魔法は特に修練が必要なの。
 究めれば、この世界の真理を知る事が出来るかもしれませんよ。
 



第40話「YAZの呪文」

 はい、こんにちは。授業を始めましょう。
 え? さっきまで居なかったはずなのに、いつの間に来たのかって?
 私はあなたより先に、この広場に来ていましたよ。
 今日学ぶ
「YAZ」の魔法を使ってはいましたけれどね。

 「YAZ」は、名前の由来が未だに分かっていない術の一つです。
 古代の魔法語で、You are zero ――「あなたはいない」という意味の言葉の略という説が
有力ですが、真相は不明です。

 ともあれ、この魔法では、このような真珠の指輪をはめて唱えます。
 そうすると、ある程度知性のある生き物の眼には、姿が見えなくなります。
 ある種の目くらましと言えるでしょう。
 では、あなたも試してみなさい。意識を集中させて……。

「YAZ――!」

 お見事。ちゃんと全部消えていますね。それなら……。
 今、右に歩きましたね。ああ、言われて立ち止まった。

 別に驚く事はありませんよ。
 こうして目を閉じて、物音に耳を澄ましていれば分かります。
 あなたの踏む、落ち葉の音がね。
 この術を使う時は、物音を立てない事をお勧めします。



第41話「SUNの呪文」

 以前この地下室で、何の魔法を学んだか覚えてる?
 そう、周りを闇夜に変える
「FOG」を実践したんでしたね。

 今日学ぶ魔法
「SUN」は、その真逆。
 古代の魔法語で「太陽」という意味で使われていたという由来そのままの魔法です。

 この黄色い太陽石に術をかけると、明るく光り輝きます。
 ともあれ、試してみましょう。太陽石を掲げて、意識を集中させて……。

「SUN――!」

 ええ、その調子。だんだん輝きが増してきたわ。まずはそれくらいでいいかしらね。
 このように、この術は基本的に、部屋などを照らす松明として使われる事が多いです。
 火事にもならないので安全です。

 因みにこの術は、光の強さや持続時間など、細かくアレンジする事も出来ます。
 例えば……もしもこの術において、光を限りなく強め、持続時間を限りなく短くしたら、
どんな状態になると思いますか?
 私が答えを見せますが、くれぐれも石を直接見ないようにね。

「SUN――!」

 ……びっくりした? まるで稲光を間近で見た時みたいでしょう?
 こうすれば敵を怯ませる武器としても使えます。
 この通り、どんな魔法も工夫次第で色んな場面で使えるのです。



第42話「KIDの呪文」

 やあ、こんにちは! きみが美人のミア先生から魔法を教わってるお弟子さん?
 ぼくはね、そのミア先生の魔法で創ってもらった、きみの複製なんだ。
 その証拠に、きみの顔そっくりだろ? これからお世話になるからよろしくね!

 ………………ふ、ふふふふふ。なんてね。
 この辺で種明かしして、元の姿に戻りましょう。ごめんなさいね驚かせて。

 今日学ぶ魔法
「KID」は、術者の能力を最も問われる魔法の一つ。
 古代の魔法語で、「冗談」という意味で使われていた言葉だそうです。

 この魔法では、このような骨製の腕輪をはめて、自ら思い描いた幻覚を相手に見せる事が出来ます。
 「床が燃える石炭で出来ている」とか、「別の姿に化けてみせる」とかね。
 あなたも試してご覧なさい。例えば、大きな鳥に化けてみるとか。出来るかしら?

「KID――!」

 まあ素晴らしい。惚れ惚れするような大烏(おおがらす)ね。
 それで羽を動かして、まさか飛んでみせるつもり?
 残念だけど……異議あり!ってとこね。
 ほら、元の姿に戻ってしまったでしょ?
 論理的にムジュンした行為をすると、この魔法は解けてしまうの。
 あくまでも、変わっているのは見た目だけという事を忘れないようにね。



第43話「RAPの呪文」

 目的地の、山向こうの沼地はもうすぐよ。
 そろそろ見えてくる頃かしらね。
 ああ、いたいた。今日も元気にたくさんいるわ。

 怖がらなくていいのよ。
 この沼に住んでるゴブリン達は、穏やかな気性だから。
 マジックアイテムとして使う歯を、融通してもらったりしているの。
 
「RAP」の魔法を使ってね。

 この魔法は、簡単にいえば通訳の魔法。
 古代の魔法語で、「音を立てて伝える」という意味で使われていた言葉だそうです。

 このような、緑のかつらをかぶって唱えると、人間以外の種族と会話できるようになるの。
 まだ試した事はないけれど、ずっと遠い国の人間の言葉も理解できるようになるそうよ。

 というわけで。後は任せるわ。
 今日のあなたの任務は、沼ゴブリン達と近しくなって、マジックアイテムを譲ってもらう事。
 私の弟子――友達だと教えてあるから、話は早いはずよ。
 じゃあ、頑張って!

「RAP――!」



第44話「YAPの呪文」

 前回はお疲れ様でした。沼ゴブリン達、あなたのお話になかなか喜んでいたみたいね。
 後で聞いたら、笑い話を教えてもらったとか言ってたわ。

 今日学ぶ魔法は
「YAP」
 古代の魔法語で「お喋り」という意味で使われていた言葉だそうです。

 この魔法は、前回の
「RAP」と非常によく似ています。
 この緑のかつらをかぶる事と、通訳の魔法である事は同じ。
 ただし、
「RAP」はヒトに近い種族用であり、「YAP」はそれ以外の動物用である事が
大きな違いです。

 犬や猫や蛇やネズミといった、あらゆる動物と会話できます。
 もっとも、気が立っている時だと、話しかけても単純な気持ちしか分からない事が多いです。
 おなかが減ってるから何か食べたいとかね。

 それで今日、話をしてみたい動物がいるって、あなたから聞いてたけど……まさかそれ……
「ROK」の時の小鳥かしら。
 解呪に成功したのですね。おめでとう。
 では話を聞いてみましょうか。試してみなさい。

「YAP――!」

 どう? 小鳥は何を求めてる?
 ……そうでしょうね。早く自由に空へ戻りたい、と。
 これで今日の授業は終わります。後はあなた自身で決めなさいね。



第45話「ZIPの呪文」

 私の知る内で、最も珍しいマジックアイテムが、この緑の金属の腕輪です。
 屏風山で採掘される貴重な金属でしか、この腕輪は作れません。
 正体が何なのか、他の方法で作れないのか、今も研究は続けられています。

 ともあれ、今日学ぶ魔法
「ZIP」に、この腕輪は欠かせません。
 古代の魔法語で「素早く動く」という意味で使われていた言葉だそうです。
 最近の若者言葉で、似たような言い回しもあった気がしますが、まあそれは置いといて。

 この魔法を唱えると、術者は一瞬姿を消し、少し離れている所に現れます。
 薄い木や粘土の壁くらいなら、すり抜ける事も出来ます。
 石や金属などを超える事は出来ません。
 壁の中に閉じこめられるような事故は起きないので安心して下さい。

 では早速、試してみましょう。
 この腕輪をはめて、呪文を唱えてみなさい。

「ZIP――!」

 きゃ! 危ない、危うくぶつかるところね。
 敢えて言わずにいたけれど、この魔法もまた欠点があってね。
 消えた後、現れる場所を、自分で決める事が出来ないの。
 逃げるつもりが、相手のすぐそばに現れちゃったりなんて、しょっちゅうで……あれは参ったわ。

 え、先生はそんな不確実な術は使いませんでしたから。
 本当ですよ、ええ!



第46話「FARの呪文」

 魔法の修行も、いよいよ大詰めです。残すのは、あと3つになりました。

 今日学ぶ魔法は
「FAR」
 古代の魔法語で、「遠くへ」という意味で使われていたそうです。

 この魔法は、今まで習った
「SUS」「HOW」の、最上位の術。
 こう言えば、何を出来るか分かりますね? そう、予知のための呪文です。

 術者は、こうした水晶玉を両手に持ち、
 そこに精神を集中させて呪文を唱え、覗きこみます。
 すると、ある程度の未来を、具体的に見る事が出来ます。

 では試してみましょう。
 初めてだと、おぼろげにしか見えないから、目に留まった物を口に出してみるといいですよ。

「FAR――!」

 何が見えますか? 
 ……赤い服の、戦士? 自分も一緒にいる?

 なるほど。つまりあなたはこれからの旅で、そのような仲間を得るのでしょう。
 え? 近くに住んでる人なの?
 それなら紹介してくれる? 私も会ってみたいわ。



第47話「RESの呪文」

 今日はあなたも、いつもと違う黒のローブで正解だったわね。
 久しぶりに来てみたら、沼ゴブリン達、長老を亡くした事で塞ぎこんでるわ。
 歳で弱っていたところをトロルに襲われたんですって。
 
「RAP」の魔法で聞いたわ。

 でも……ある種、あなたにはいい機会かもしれない。
 
「RES」の魔法を教える事が出来るから。

 
「RES」は、一言でいえば、反魂の術。
 古代の魔法語で、「復活」を意味する言葉を元にしているらしいわ。
 人間、あるいは人間の形をした死体に、このような聖水を振りかけながら唱えると、
或る程度の時間をおいてから、生き返るの。
 数時間程度、寝ぼけたような意識だけれど。一応会話も出来るわ。

 ――ニック。あなたの魔法で、彼らの悲しみを、少しだけ晴らしてあげて。
 束の間の、偽りの蘇生でも、それが無意味でない事は、あなたなら分かるはず。
 戦で家族を失った、あなたなら。
 この魔法で大切なのは、魔力よりむしろ、死者を悼む心なのだから。

「RES――!」



第48話「ZEDの呪文」

 今日が、最後の呪文の説明です。
 あくまで説明であり、実際に唱える事はありません。
 その呪文とは、この国の魔法使いなら誰もが知る、「ZED」です。

 
「ZED」とは、古代の魔法語で「究極」を意味する言葉だったようですが、
その由来さえ詳細は不明です。
 元より、一段と凄まじい集中力と体力を必要とする事もあり、誰も決して使いこなせないと
伝えられています。
 なので、これは私からあなたへの、個人的な忠告です。

 ニック。
 今のあなたはもう、一通りの魔法を修得できてるけど、だからこそ言っておくわ。
 
「ZED」の呪文だけは唱えちゃダメよ。
 歴史上でも、その術が使われた事は一度しかないの。
 しかもその当時、スローベンの国の魔道士は、その術を使ったきり行方不明になってしまったとも
言われているわ……。

 でも。もし万が一、この魔法の正体の一端でも分かったら、アナランドの歴史が動くでしょう。
 伝説の英雄として、永劫に讃えられる事でしょう。
 私たちは、その「究極」の境地を目指し、研究を続けるのです。



エピローグ「免許皆伝」

 おめでとう!
 あなたはこれで、アナランドの魔法書にある、48の術すべてを学び、覚える事が出来ました。
 ここから先は、実際の冒険で試行錯誤していく事になります。

 ともあれ、間に合って良かったわ。
 先日、陛下からお触れが出た事は、あなたも知っているでしょう?
 隠密の任務で動ける冒険者を募っていると。

 実は私も、呼びかけられた一人なの。
 ただ、私はこの町を守る管理者の役目があるから、出来るだけ離れたくないのよ。
 そういう意味でも、あなたには早く一人前になってもらいたかったの。

 では最後に、約束していた物を。
 師の手ずから渡された品は、幸運を呼ぶと言われています。
 あなた好みの、金色に光るこのロッド。
 役に立つと良いのだけれど。
 柄の所にあるのは、あなたに手向ける紋様よ。
 大輪の花と天秤。
 花は日輪の明るさを表し、天秤は……詳しく言わなくても分かるわよね。

 私ことミアは、我が弟子ことニックに祈ります。
 どうか、大いなる神、リブラ様のご加護がありますように――。


蒼の魔法使いの挑戦 おわり
蒼紅の冒険者へ続く




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