屍の先にあるもの (前編)

第1話「プロローグ」

 ファングの町。
 船の乗り継ぎで商人や旅人が立ち寄る事が多いが、それ以外の特徴は少ない。
 ただし、ごく一部の冒険者にとっては、この町は非常に有名な場所だった。

 町の外れ、「黒い森」の奥にある、地下への洞窟。
 そこに入った者は、しかし二度と戻ってくる事はない。
 別の出口を見つけたと言う者も誰もいない。

 その洞窟には、ありとあらゆる死のワナ(デス・トラップ)が迷宮のように仕掛けられており、
数知れない怪物まで住んでいるという噂があった。
 そして、もし洞窟を無事に通り抜ける事が出来た者は、どんな願いでも叶えられると。

 「黒い森」の洞窟は、いつも闇に包まれている。
 陽の光も届かず、松明も役に立たない。

 だが、年に一度、一晩だけ、洞窟の壁面がほの明るい光を発する。
 その僅かなチャンスを逃すまいと、今年は6名の冒険者が訪れていた。

 鉄の鎧で全身を覆い、巨大なハンマーを持つ騎士。
 尖った帽子をかぶった、青い髪の魔法使い。
 厚い毛皮の目立つ、大柄の獣人。
 片刃の斧を構えた、隻眼の戦士。
 黒ずくめの装束に刀を帯びた、東洋風のアサシン。
 軽装鎧(ライトプレート)を身につけた、小柄な剣士。

 洞窟の入り口には、左右に石の柱が立っている。
 柱には、巻き付く蛇が浮き彫りにされており、まるで封印を施しているように見える。
 今年もまた、無謀な挑戦者たちを、死のワナの地下迷宮は待ち受ける――。



第2話「獣人リチャード・1」

 リチャードは、とにかく先へ行ってみたかった。
 彼は、村の仲間と一緒に狩りをしながらさまよう毎日に退屈していた。
 誰も行った事のない所なら、きっと楽しい気持ちになれるだろうと思った。
 だから、死のワナの地下迷宮を聞いて入ってみた。

 天井から下がっているキレイな石が、薄ボンヤリと光っている。
 壁には虫やクモがいる。床にはネズミが走っている。
 どこからか雫れ落ちている水が、ぴちゃん、ぴちゃん、と一定のリズムで音を立てている。
 その水のせいか、洞窟の中はひんやりと涼しかった。

 突き当たりの壁に、左へ進むように矢印が書いてあった。
 リチャードは、他の人の行った事のない道を選んだ。
 すると、何かが道を塞いでいた。
 やたら大きくて丸っこい茶色の石――と思って触ってみたら、綿みたいにふわふわしていた。
 いったい何だろうと思って、試しに剣で切ってみた。

 剣はあっさりと綿のような物を切り裂いた。
 途端、茶色の雲のような何かが吹き出してきた。
 見た事のない種類だが、コレはキノコの胞子のようだ。
 胞子はリチャードの体に付いた。
 リチャードは体が痒くなって、ばりばりと掻いた。
 ところどころ、火傷したような跡が残った。
 キノコはすっかりぺしゃんこになっていた。」



第3話「獣人リチャード・2」

 だんだん暑くなってきた。ゆっくり歩いているのに、息が切れる。
 リチャードは壁のくぼみから、水が湧き出ているのを見つけた。
 リチャードは水を飲んだ。おいしくて、元気が出た。
 どうやらこの水は、良い魔力を帯びていたようだ。
 洞窟の気温は、普通ならとうてい耐えられないほど暑くなっていたが、
 リチャードは飲んだ水のおかげで無事だった。
 奥へ進むにつれて、やがて洞窟の温度は下がっていき、また涼しくなってきた。

 扉を見つけた。
 リチャードは、小さな鉄のスライド――覗き窓から中を見てみた。
 戸口のすぐそばに、深い深い穴が開いていた。
 部屋の向こう側の壁に取り付けられた鉄のフックに、太いロープが一巻き掛かっていた。
 リチャードは、助走をつけて落とし穴を飛び越え、ロープを手に入れて戻った。

 トンネルの角を左に曲がったら、恐ろしい顔のオークに出くわした。それも2体だ。
 オーク達は革の鎧をまとい、鉄球の付いた鎖――モーニングスターを振り回してきた。
 オークのモーニングスターが、リチャードの左腿にぶつかった。
 ものすごく痛かった。こんな痛い事をしてくる奴らに、猛烈に腹が立った。
 リチャードは足を引きずりながら体勢を立て直した。
 幸い、通路が狭いので、1体ずつ相手にすれば良かった。

 歩いていくと、再び天井からぽたぽたと雫が垂れてくるようになった。
 見かけた扉を、リチャードは開けてみた。
 ごちゃごちゃと物の置かれた部屋に、足を一歩踏み入れた時だった。
 何かを踏んだのだろう、かちっという音を聞いたのが、リチャードの最後の記憶になった。

《リチャード(一人目の挑戦者):LOST》



第4話「神殿騎士ジョージ・1」

 ジョージは名誉が欲しかった。
 彼は、とある国の神殿騎士だった。
 幼い頃から修行を積み、根回しも重ね、いよいよやっと騎士団長に就任できると思われた矢先に、
隣国から新たに入ってきた後輩に、あっと言う間に追い抜かれた。

 前団長に、「お前は軽はずみな所がある」と指摘された事が、今も頭から離れない。
 お言葉ですが、私は軽はずみなのではない、行動力があると言ってほしい。
 そう訴えたい気持ちを、ジョージは懸命に堪えた。

 だから彼は、その行動力を他の者たちに示すため、死のワナの地下迷宮への探索に志願した。
 願いが叶うなどという話は眉唾ものだが、洞窟の魔物を打ち倒したというだけでも、
最高の土産になるはずだ。

 洞窟の扉の一つを開けると、そこでは別の挑戦者が惨い死を遂げていた。
 厚い毛皮をもった獣人だ。
 立ったままの身体に、太く長い鉄針が何本も突き刺さっている。
 床から跳ね起きる串刺しの仕掛けを踏んでしまったのだろう。
 部屋に最初に入った者を漏れなく襲う、悪質なワナだ。

 ジョージは念のため獣人の持ち物を調べた。
 ベルトに付いているポーチから、布に包んだ干し肉と、それから丈夫そうなロープが見つかった。



第5話「神殿騎士ジョージ・2」

 部屋を出て先に進むと、濡れた足跡が三人分ほど付いていた。
 ジョージはその足跡を辿って北へ進んだ。

 出た所は比較的広い、ホールのような空洞だった。
 真ん中には、巨大な偶像が据えられていた。
 6メートルほどは有ろうか。見上げる大きさだ。
 ジョージの知る限りでは、何を模しているか分からなかったが、恐らく遠い古代の神の類だろう。
 偶像の両目には、握り拳ほどの緑石(エメラルド)が嵌められている。
 像の左右には、やはり大きな鳥の剥製のような像が立っている。

 ジョージは、さきほど手に入れたロープを結んで輪を作り、
 偶像の首に投げて引っかけた。
 つるつる滑る像の上を、ロープをつかんでよじ登った。
 まず左目にあたる緑石を、短剣で取り出した時、
 下からキーキーという鳴き声が聞こえてきた。

 剥製だと思った2羽の鳥が、こちらに襲いかかってきた。
 ジョージは急いで緑石を荷物袋へ仕舞うと、必死に鳥を切り払った。
 怪鳥は2羽とも床へ落ちた。
 ジョージは何とか無事に床へ降り立った。

 もう片方の緑石も気になるが、体力の消耗が激しい。
 ジョージは、あの獣人の干し肉を食べてみた。
 見立て通り、やはり干し肉には薬草の成分が含まれており、ジョージは力を取り戻した。



第6話「神殿騎士ジョージ・3」

 左手に扉が現れた。扉に耳を当ててみたが、何も聞こえない。
 中は小さな部屋だった。
 開けて入ると、背後で扉が勢いよく閉まった。
 どこからともなく、厳かな声が聞こえてきた。

「死のワナの地下迷宮へようこそ。
 この迷宮には至る所に創意工夫が待ち受けている。
 冒険者よ、この迷宮に敬意を表するが良い」

 ジョージは声の言う通りにした。

「世に名高いこの迷宮に挑めております事、誠に光栄にございます」

 すると聞こえてきたのは、まるで冷笑するかのような声だった。

「おべっか使いの弱虫め。お前に相応しい物を与えてやる」

 直後、天井から大量の水が注ぎこまれてきた。
 部屋はたちまち水浸しになった。
 脱出口といえば、最初の入り口しかない。
 泳ぐようにして扉にしがみ付き、体当たりして扉を割り、開いた隙間から体を押しこむようにして
抜け出した。

 ジョージは合点がいかなかった。
この迷宮を作った者がいるというのはまだしも、
一体どういうつもりであんな問いを……?



第7話「神殿騎士ジョージ・4」

 通路は曲がりくねりながら、北へ続いている。
 前方に、青い光の柱のようなものが見えてきた。

 薄暗いはずの洞窟で、天井から床へと、光が降り注いでいるのだ。
 しかもその柱の中に、笑っている顔がいくつも浮かんでいるのが見て取れる。

 光の柱に頭を入れてみれば、くぐもった声が聞こえてくる。

 宙に浮いた顔の表情が、笑顔から真顔へと変わる。
 少女の顔が目の前に漂ってきて、ささやき声で詩のような言葉を語る。

 何か大切な事を伝えたがっているようで、一心に耳を傾けると、
 こう言っているのが聞こえてくる。

 暗き道 水に交わるとき
 君よ退くことなかれ
 息を吸い 深く潜るべし
 勝利への道はその先にあり


 ――と。



第8話「神殿騎士ジョージ・5」

 今度は石の床に、深い縦穴が口を開けているのを見つけた。
 穴を越えた向こうには、今まで通りの通路が東に続いている。

 天井を見ると、うまい具合にロープがぶら下がっていた。
 ジョージはロープを手で引き寄せてつかみ、助走をつけて跳んだ。

 しかし、ロープは途端ぶつっと切れ、ジョージは穴の底へ落ちた。
 ジョージは、咄嗟に受け身を取った。
 背中の荷物袋がクッションになってくれた。

 穴の底を探ると、冷たく、硬く、小さく、丸く、滑らかな何かが手に触れた。
 ジョージはその何かを荷物袋に仕舞った。

 やがて見つけた、穴の内壁をよじ登り、上まで戻った。

 拾った何かを改めて調べると、それは血のように赤いルビーの珠だった。

 もしかしたらこの迷宮では、こうした宝石がカギとなるかもしれないと、ジョージは思った。



第9話「神殿騎士ジョージ・6」

 通路は左に折れて、また北へ進む。
 左手に木の扉が現れた。
 扉を開けると、そこはロウソクに照らされた広い部屋だった。
 戦士や騎士の石像が立ち並んでいる様子は、まるでギャラリーのようだ。
 どの石像も、信じられないほどに真に迫っている、見事な作りだ。
 その像たちの背後から、青いローブ姿の、黒髪の男が進み出た。
 表情は穏やかだが、その眼光は鷹のように鋭かった。

「やれやれ。また好き好んでこの部屋に来ちゃった人がいるんだね。
 ともあれ、ようこそ挑戦者さん」

 ジョージは思わず後じさった。
 この男――魔法使いの魔力は並じゃない。
 まともに相手をしたら命が無い。

「ああ、念のために言っておくけど、逃げちゃダメだよ。
 その時点できみの負けだから……って言ってるのに、もう」

 パニックになりながらも出口に着けそうになっていた
 ジョージの背中に、魔法使いは何か粉のような物を振りまいてから、言葉を唱えた。

「ROK――!」

 次の瞬間、ジョージは筋肉と皮膚が強ばるのが分かった。
 自分が石化していっていると感じながら、彼の冒険は終わった。

《二人目の挑戦者・ジョージ:LOST》



第10話「戦士ハーレイ・1」

 ハーレイは、町での厄介事を解決して生計を稼ぐ、まさしく冒険者だった。
 だから、冒険者たちを次々と誑かすこの洞窟がある事自体が気に入らなかった。
 そもそも、あれほど綿密に張られたワナ達が、
 全くの手つかずで動き続けているのはあり得ない。
 必ず、黒幕にあたる人物がいるのだ。

 入った部屋の一つでは、どこか奇妙な雰囲気を持った男が立っていた。
 青いローブ姿の男は、どこか寂しそうな笑みを湛えて言った。

「へえ、立て続けにお客さんとは珍しいね。
 先に言っておくけど、ぼくはフェアな勝負しかしないから安心して。
 ぼくのクイズに正しく答えられたら、素敵なプレゼントをあげる。
 さもなくば……、ぼくの石像コレクションに加わるだけさ」

 魔法使いは石像の一つを指した。
 紛れもなく、ハーレイとほぼ同時に足早に入っていった神殿騎士だった。

「問題は……そうだな、この騎士の重さは、50kg+彼の体重の半分だ。さて、ズバリ何kgでしょう」
100kgだろ?」(※反転させて下さい)

 ハーレイが不愛想に答えると、魔法使いは顔を輝かせた。

「ありがとう! もしかしたら、きみこそ、ぼく達を解放してくれる人かもしれないね」
「解放?」
「詳しい事は言えないけど……とにかく、きみ達冒険者が頑張ってくれるのを、ぼく達ここの住人は
応援してるって事。
 さあ、約束のプレゼントだよ。さっきの騎士さんが持ってた宝石も忘れずに持って行って。
 きみにもリブラ様のご加護のあらん事を!」

 魔法使いが指を鳴らすと、ハーレイは全身に力のみなぎるのを感じた。
 ハーレイは礼を言って、魔法使いの部屋を後にした。



第11話「戦士ハーレイ・2」

 数百メートルほど進むと、左手に扉が現れた。ハーレイは扉を開けた。

 部屋の真ん中に置かれた石作りの椅子に、鎧を付けた骸骨が腰掛けていた。
 右手には羊皮紙を握っている。
 ハーレイは羊皮紙をつまんで動かしてみた。

 予想通り、その動きをきっかけに、骸骨がガシャッと立ち上がり、ぎくしゃくと剣を構えて
迫ってきた。
 並の冒険者ならば苦戦するだろうが、ハーレイの敵ではない。
 ハーレイは骸骨を、ただの骨の山に化してから、改めて羊皮紙を調べた。
 何とも恐ろしげな怪物の絵と共に、詩のような文が書かれている。

 
マンティコアに 出会ったならば
 恐るべきは その尾なり
 盾もて おのれの身を守れ
 飛び来る 死の棘より


 部屋西側の壁の窪みを調べたら、地下室への狭い階段が隠れていた。
 アーチ型の入り口を潜り、西へ数百メートル進んだ所で、階段は上りになり、
はねあげ戸の付いた低い天井で道は終わった。

 戸の上では何やら声が聞こえるが、くぐもっていてよく聞こえない。
 ハーレイは斧を構えた上で、戸をはねあげて上の階へ飛び出した。
 上の階は眩しいほど明るくランタンに照らされた部屋だった。

 真ん中に据えた砥石で、2体のゴブリンが短剣を研いでいる最中だった。
 ハーレイは自分の身を守りながら、襲いかかってきた2体の攻撃をしのぎきった。



第12話「戦士ハーレイ・3」

 北への道は上り坂がずっと続いた。
 やがて坂は平坦になった。
 右の壁に扉があるのが見えた。

 扉はどす黒い色で染まっていた。おびただしいほどの血の痕だ。
 ハーレイは扉を開けた。
 そこは独房のような部屋だった。
 ぼろぼろの服を着て、鎖でつながれた男がいた。
 男はハーレイに怯え、鎖の長さが許す限り後じさった。
 ハーレイは、斧で鎖を断ち切った。
 男はひざまずいて頭を下げ、礼を述べた。

 聞けば、男もかつてこの迷宮に挑戦した冒険者だったという。
 落とし穴に落ち、迷宮を統べる「トライアルマスター」に救われたが、死ぬまで迷宮の外に
出すわけにはいかないと言われた。
 迷宮で一生を過ごす人生に耐えきれず、脱走しようとしたが、今度はオークに見つかり、
拷問の末、この独房に入れられたのだと。

 独房の囚人は、疲れきった顔でハーレイに言った。

「この迷宮から出るには、宝石を集めなければならないんだそうです。
 理由は知らないんですが……」

 それだけ言うと、もはや真っ当な神経を保てていないのだろう囚人は、ふらふらとした足取りで、
迷宮の奥へ姿を消した。



第13話「戦士ハーレイ・4」

 右手の壁に、直径1メートルくらいのパイプが口を開けている。
 ハーレイはパイプの中に入ってみた。
 内側はやはり真っ暗の上、ぬるぬるしてつかみにくい。
 滑りながら這って進んでいくと、突然手が何かに触れた。
 堅く四角く、手触りからすると材質は木のようだ。
 振ってみると中で音がする。恐らく箱だ。

 ハーレイはパイプの入り口まで這って戻った。
 元の場所まで戻り、箱のフタを開けてみると、そこには鉄製の鍵と、大きいサファイアが
入っていた。

 やがて前方に、二人倒れている人影を見た。斧を手にして油断なく近づいた。
 倒れていたのは、どちらもオークだった。
 片方が、歯を連ねて作った首飾りを下げていた。
 それは力を増強するお守りだった。
 ツイていると思うと同時に、この敵を倒した者は、どうしてこの首飾りを取らなかったのか、
不思議に感じた。

 その先には、オークを倒したのだろう挑戦者が思案していた。
 ごく小柄の身に軽装鎧、一降りのレイピアを持ち、頭には黒いフードをかぶっている剣士だ。
 近づいて声をかけると、相手は高い声で返してきた。

「…………一緒に行く?」

 一瞬意外とも思ったが、やはり女性だ。
 ハーレイは頷くと、西に続く道を選んだ。

 



第14話「戦士ハーレイ・5」

 酒場で聞いた噂では、この洞窟を最初に突破した者が願いを叶えられるとあった。
 最終的には、自分と共に歩く剣士もまた敵の一人になるかもしれない。
 だが一時的であっても、連れがいるのは心強い事だ。
 ハーレイは、自分がどうやって洞窟を通ってきたかを話し始めた。
 剣士も口数は少なかったが、どんな怪物と戦ったかを語った。

 やがて大きな穴の縁に辿り着いた。暗く深く、底は見えない。
 剣士は、ハーレイをロープで下におろしてやろうと申し出た。
 トーチもあるから貸すという。
 ハーレイは、剣士を信用してロープの端を任せ、自分の身体を穴の下へおろしていった。
 20メートルも下りた所で底に着いた。横穴が北の方に続いている。
 上の方に呼びかけると、剣士もロープを岩に結びつけて下りてみると言ってきた。
 二人そろって底に下りてから、剣士はロープを回収した。

 唐突に、壁に本棚があった。革で綴じられた本があった。
 ハーレイは、その本を調べた。
 その本は、「血獣(ブラッドビースト)」という怪物について書かれていた。
 棘の生えた皮は堅く、眼そっくりの突起物が顔を覆っている。
 それは、唯一の弱点である本物の眼を隠す擬態である。
 住みかは悪臭を放つ粘液の沼。
 その瘴気は、人を気絶させるほど強烈である。
 ブラッドビーストは沼から出てくる事はないが、長い舌を延ばして犠牲者を絡め取り、
沼に引きずりこんで食らうという……。



第15話「戦士ハーレイ・6」

「それにしても変だな」
「…………何が?」
「何でこう、いちいちヒントのような物が置いてあるんだ。
 あの魔法使いも思わせぶりな事を言ってやがったし」
「…………まだ気づいていないのか」

 それはどういう意味だ、とハーレイが剣士に尋ねようとした時、何者かの足音が聞こえてきた。
 物陰に隠れた直後、武器を持った敵――2体のトロルが歩いてきた。
 剣士の反応は早かった。
 声もなく一直線に物陰から飛び出し、トロルの1体と戦い始めた。

 ハーレイは肩に傷を受けながらも、トロルを倒した。
 剣士の方はといえば、ほとんど息も乱していない。
 見かけによらず、並々ならぬ技量の持ち主だ。
 ハーレイはトロルの持ち物を調べた。
 片方がまたも首に、骨製の指輪を革紐に通して飾っていた。

「……その指輪には、北方のドルイドに伝わるとされるシンボルが刻まれている」

 剣士がハーレイに説明した。
 ハーレイはその指輪を身に付けてみた。
 途端、全身が激しく震えたが、ハーレイはその衝撃に耐えた。
 そのおかげか、指輪の魔力がハーレイの体力を回復させていた。

 剣士は怪訝な様子でハーレイを見ていたが、ハーレイは余裕ある笑みを浮かべてみせた。



第16話「戦士ハーレイ・7」

 通路の突き当たりに、大きな樫の扉があった。
 かがり火に照らされた部屋の中には、一人の男が椅子に腰掛けていた。
 緋色のマントを羽織った、銀髪の戦士だった。

「ついにここまで来たか。挑戦者たちよ。
 私はこの迷宮で『トライアルマスター』と呼ばれる立場にいる。
 これより先に進みたくば、この迷宮の試練を乗り越えたまえ」

 泰然と語るその居住まいには、しかし全くもって隙がない。
 トライアルマスターは、ハーレイを差し招き、剣士には待つよう命じた。
 二人は、椅子の裏にある隠し扉から、奥の小部屋に移動した。

「さて、ともあれここでの決め事に従っていただこう。
 この二つのダイス(サイコロ)を振りたまえ」

 言われた通り、渡された6面ダイスをハーレイが振ると、6と2が出た。

「よろしい。合計は8だな。ならばもう一度、今度は眼の数を予想してから振りたまえ。
 8より多いか少ないか、あるいは8か」

 ハーレイは少ない方に賭けたが、出目は4と5で外れた。

「賭事には慣れてないようだな。ペナルティだ。コレのどちらかを飲んでいただく」

 トライアルマスターは、2錠の薬を手に取った。Sと書かれた錠とLと書かれた錠。
 ハーレイはLを選んだ。飲んだら、急に周りに不安を感じた。



第17話「戦士ハーレイ・8」

 「Luckのペナルティを選んだか。Skillよりは賢明な選択だ」

 トライアルマスターは、次の試練をハーレイに与えた。
 柳で編んだカゴを出して傾ける。
 床にぽとりと、1匹の蛇が落ち、鎌首をもたげた。

「反射神経のテストだ。このコブラを捕らえよ。
 頭のすぐ下を素手でつかめば、毒の牙から逃れられる」

 言われてハーレイは床にかがみこみ、コブラを見つめた。
 首根っこをつかむタイミングは一瞬。
 何度も、何度も唾を飲んで、息を潜める。
 大丈夫だ。大抵の敵なら簡単に倒してきた。
 こんな小さな蛇一匹、何て事ない。

 今だ、と賭けて腕を伸ばした。
 が、コブラの動きは、速すぎた。
 三角形をした頭部が宙を飛んだかと思うと、毒の牙が手首に深く食いこみ、
 痛みが腕を這い上がってくるのを感じた。
 コブラはすぐに体勢を立て直し、再度飛びかかってこようとしている。

「もう一度だ」

 トライアルマスターは容赦なく言った。



第18話「戦士ハーレイ・9」

 二度目の挑戦で、ハーレイはコブラの首根っこをつかんだ。
 腕を目一杯伸ばして持ち上げて突きつけると、トライアルマスターは、しかし全く動じずに言った。

「蛇は元のカゴに戻すのだ」

 ハーレイは何とか言う通りにしたが、その体は刻々と毒に蝕まれていた。
 熱がある。寒くてたまらない。震えが止まらない。
 立ち上がっても、真っ直ぐ歩けない。
 ふと我に返ると、トライアルマスターの声が遠くから聞こえてきた。

「最後の試練だ。今から現れる敵と戦え」

 下りていた木戸が上がった。
 うす明るい部屋が見える。
 ハーレイは、よろめきながらも、そちらへ進んだ。
 砂の撒かれた、広い闘技場のような場所。

 奥の方の木戸が開いた。
 ハーレイは殺気を感じた。
 先に動かなければ殺される。
 ハーレイは目を凝らし、素早く走る影に追いすがった。
 さっきから、やけに暗くなってきて、相手がよく見えないのだ。
 その証拠に、何故かこちらの攻撃が当たらない。
 ハーレイは雄叫びを上げながら、渾身の力で斧を振るった。
 次の瞬間、胸の辺りに鋭い痛みを感じた。



第19話「戦士ハーレイ・10」

 全身の熱が引いていく。視界が明るくなっていく。
 その代わり、焼け付くような胸の痛みが強まっていく。
 ハーレイは闘技場で、レイピアに刺し貫かれていた。

 彼に正気を取り戻させ、そして致命傷を与えたのは、あの黒いフードの剣士だった。
 崩れ落ちるハーレイと、立ち尽くす剣士の前に、トライアルマスターが静かに歩み寄った。
 剣士はレイピアを引き抜くと、切っ先をトライアルマスターに向けた。

「…………後は、貴方を殺せばこの試練は終わる。そうだろう?」
「ああ。だが、まだ少し待ってほしい。先に続く道を開こう」

 トライアルマスターは、最初の部屋の北壁に隠されたボタンを押した。
 隠し扉が開き、次の場所への通路が顔を見せた。
 トライアルマスターは、おもむろに長剣を抜いた。

「名前を尋ねても良いだろうか」
「………………………………マキナ」

 消え入るような声で答えた剣士に、トライアルマスターは口角を上げた。

「そうか。よもや、あなたが此処に降りられたとは。
 そのあなたとお手合わせ願えるのは――光栄です」
「…………行く」

 二人の奇妙なやり取りを、ハーレイは薄れゆく意識の中で聞いていた。
 どうかせめて、あの剣士に勝ち残ってほしい……。
 それが、ハーレイの最期の思いだった。

《三人目の挑戦者・ハーレイ:LOST》




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