屍の先にあるもの (後編)

第20話「魔法使いアニタ・1」

 アニタは、「黒い森」に住まう民――エルフの一族の一人である。
 猫を連想させる青い目と青い髪の見た目こそ、まだ10歳程度だが、実際はその10倍以上の年月を
生きている。

 そのアニタが本当に子供の頃、「黒い森」を含む地域は、サカムビット男爵という人物の
領地だった。
 男爵は根っからの冒険好きだったが、自分が旅に出られない身分である事を悩んでいた。
 それで彼は、「完全無欠の迷宮」を作る事に財を投じた。
 あらゆる術を行使し、数々の神魔に祈りを捧げた末に斃れたと言われる。

 時は流れ、別の領主が治めるようになった今も、ダンジョンは変わらずに残っている。
 朽ちる事もなく、昨日完成したばかりのように。
 だからアニタは、その真相を知りたくて、死のワナの地下迷宮に挑んだ。
 少しでも危険を感じる場所を避けながら、とにかく奥へ進んだ。
 が、そんな慎重な彼女も、血濡れて倒れ伏す者を見過ごす事は出来なかった。

 銀髪の戦士は、緋色のマントを更に深く染め、細い息を漏らしていた。
 アニタは手当てをしようと近づいてから、相手の正体を感じ取った。
 この人物は、この世界のヒトではない。
 魔術によって召喚された、かつての英雄の魂だ。

「……キサマは運がいい。私の体が修復されるまでは、まだ時間を要する。
 そこの敗者が持っている宝石を、持って行きたまえ。
 それが無くば、この茶番を終わらせる事は出来ない」
「茶番……?」
「ここは、矛盾した意思によって創られた、忌むべき場所だ。
 『誰かに解いてほしい』のに『誰にも解けない』ように出来ている。
 だが、それも今回で終わりそうだ。あの方が降りられたなら、道は開ける。
 さあ、お喋りはここまでだ。私がまた、この私でなくなる前に、向こうへ」

 確かに、状況は変わってきていた。トライアルマスターの傷が、少しずつ癒えていく。
 アニタは、ハーレイの荷物を探り、宝石を手にして北へ駆け抜けた。



第21話「魔法使いアニタ・2」

 アニタは通路を西へと進んだ。
 前方遠くから、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる足音が聞こえた。
 アニタは念のため、杖を構えて待った。
 やって来たのは、パンと水を載せた盆を運んでいる男だった。
 片足を引きずって、惨めにくたびれた様子だった。
 男はアニタに驚きもせず、無関心に通り過ぎようとした。
 アニタは思いきって声をかけた。

「あなた……おなか減ってるでしょう」

 男の表情から空腹を読みとったアニタは、男に自分の食料を分け与えた。
 男はやはり、かつてデストラップダンジョンに挑んだ冒険者の一人だった。
 ダンジョンから脱出するため、トライアルマスターを何とか殺そうと、毒入りの食べ物を
渡し続けているという話を聞いて、アニタは独り苦笑した。

 召喚された英雄の魂は、そんな手段では殺せない。
 英雄に傷を付けられるのは、同格か、それ以上の存在だけだからだ。
 アニタは、このダンジョンについて何でもいいからと情報を求めた。
 男はしばらく考えこんでから答えた。

「確か……ここから北にある、悪魔の鳥の形をしたイスの腕木には、変身できる薬が
隠してあるそうだ。これが何かの助けになればいいがな」

 男はそう言うと、再び片足を引きずって歩き去って行った。



第22話「魔法使いアニタ・3」

 アニタは北へ進んだ。
 通路の壁に、アーチ型のくぼみがあり、そこに木彫りの肘掛けイスが置かれていた。
 ワシを象っていて、禍々しい雰囲気だった。
 アニタは恐る恐るイスに座り、丁寧に腕木に指を這わせた。

 微かにあった切れ目を何度も調べると、パカッと蓋が開いた。
 小さな空洞に、ガラス瓶が入っていた。
 取り出して、瓶を見てみると、「変身薬(1回分):飲めば近くの生き物と同じ姿に変身する」と
書いてあった。

 トンネルは次第に下り坂になり、やがて壁に囲まれた深い池に出た。
 だがアニタは、洞窟の最初の頃に出会った、少女の霊の言葉を思い返した。

「暗き道 水に交わる時
息を吸い 深く潜るべし」


 アニタは多少の不安を感じつつも、大きく息を吸って、詩の通り、暗い水の中に飛びこんだ。
 北の壁は水の中には張り出していなかった。
 アニタは覚悟を決めて、岩壁の下を潜って泳いだ。
 その内に息が苦しくなり、アニタは泳ぐ向きを上に変えた。
 幸い、頭上に岩盤は無く、安全に水面に出る事が出来た。

 アニタは水から上がって、荷物を調べた。
 食料が2食ほど濡れそぼってダメになったが、他は無事だった。



第23話「魔法使いアニタ・4」

 通路を左手に曲がって進むと、大広間に出た。
 部屋の中央には、高さ2メートルほどの大きなカゴ、というかオリが有る。
 しかし、鮮やかな赤い布がカーテンのように下がっており、中は見えない。
 布のてっぺんにはヒモが付いていて、天井に取り付けた鉄輪を通って、反対側の端は床まで
垂れ下がっている。

 アニタは、布の向こう側を見てみたくなって、ヒモを引いてみた。
 布は素早く上がり、それと一緒にオリのフタがカチッと動いた。
 オリから飛び出してきたのは、彼女の身長の何倍もある大蛇だった。
 大蛇はアニタに巻き付き、異常な怪力で全身を絞め上げてきた。
 アニタは、自分の意識が遠ざかっていくのを理解していた。

 が、恐らく大蛇の立てる音が大きかったのだろう。
 現れた人影が、刀を一閃させて、大蛇の首を切り落とした。
 きつく巻きついたままの、大蛇の太く長い胴体がほどかれていく。
 アニタは自分が抱き起こされている事を感じた。
 同時に、自分の永い命が終わろうとしている事も悟った。

「ありがとう……。私は、もう、終わりだから、教えておくわ。
 ここは、ただ前に進むだけじゃ、ダメ。
 私の持ってる、道具を、宝石を、全部、持って行って。
 きっと、必要な宝石は、他にもあるはず……だから。あなたも……頑張って」

 アニタのもうろうとした視界では、相手の顔はよく見えなかった。
 せめて、あと少しだけ、助言をしたかった。
 だが、彼女の口からはもう、何も出てこなかった。
 声が止まり、息が止まり、そして、彼女の目が閉ざされた。

《四人目の挑戦者・アニタ:LOST》



第24話「暗殺者レイチェル・1」

 レイチェルは、海を越えた遙か遠く、東洋にあるハチマンの国で生まれ育った。
 彼女は幼い頃から、国のために命を賭すべく、師匠からの厳しい訓練をこなし、有能なアサシンに
成長した。

 しかし1年ほど前、師匠が突如消息を絶った事をきっかけに、彼女の人生は大きく変わった。
 今や彼は、国の主に裏切り者と断じられている。
 だが、思えば失踪の前日、彼はレイチェルにだけ、奇妙な言葉を残していたのだ。

「オレは、選ばれたんだ」

 身寄りのないレイチェルにとって、彼は父でもあり兄でもある、心の拠り所のような存在だった。
 だからレイチェルは、国を抜け出し、噂をたどって、この死のワナの地下迷宮にまで
行き着いたのだ。

 レイチェルは、アニタの身を横たえると、彼女の荷物を調べた。
 エメラルドやルビーやサファイア、パンや手鏡、そして猿の形に骨を削ったお守りが入っていた。

 レイチェルはパンを食べてから、北へ進んだ。



第25話「暗殺者レイチェル・2」

 レイチェルは、通路の足下に鉄格子がはまっているのに気づいた。
 腹ばいになって、1メートルほどの深さの穴を覗くと、鉄の鉤爪と革のポーチが見えた。

 穴の底に手を伸ばして取ろうとしたところ、全身に悪寒が走った。
 なま暖かく、ねちゃっとする物が腕に巻きついてきたのだ。
 すぐさま穴から腕を引き上げようとしたが、触手の吸盤は信じられないほど強力だった。
 どうにか切って逃れた時には、腕が激痛で震えていた。
 穴を探りに伸ばした腕が刀を使う利き腕でなかったのは幸いだった。
 ポーチの中には真鍮製の鈴が入っていた。

 トンネルの幅が広くなってきた。
 前方に大きい岩屋のような空間が広がっていた。
 近づいてみると、ごく小さい人間のようなものが群れている。鼻が大きく耳も長い。
 黄金の偶像を囲んで、20人ほどが輪になって回っている。

 レイチェルは荷物から変身薬を出して飲んだ。
 手鏡で確かめると、なるほど小鬼たちと同じような見た目になっている。
 深呼吸して気を静め、思いきって岩屋へ歩いてみた。
 小鬼たちは変わらずに原始的な踊りを続けている。
 だが残念ながら、変身薬の効き目は短かった。

 背後から鋭い叫び声が上がった。小鬼たちが気づいたのだ。
 レイチェルは走って逃げたが、すぐ目の前に地下水の川が流れている所に来てしまった。
 東から西へと流れる川には、木の橋が架かっている。
 橋を渡り、岩屋を北へずっと走って、トンネルの通路へ飛びこんだ。
 更に走ると、やがて頑丈な木の扉に行き着いた。
 レイチェルは荷物にあった鍵を出し、扉を開けた。



第26話「暗殺者レイチェル・3」

 その先の道は四辻になっていた。
 そこに突然、呼びかけてくる声がした。

「こっちに来るんだ。正しい道はこっちだよ」

 声の方向は真正面、北からのようだ。
 レイチェルは声のする方へ歩き始めた。
 道に沿って右に折れると、曲がり角に小柄な老人がいた。
 長いヒゲを生やし、少し怯えたような顔で、前に大きな柳編みのカゴを置いてしゃがんでいる。
 天井から下がったロープが、そのカゴに結びつけられている。

「どうぞ、乱暴しないで下され。わしは何も悪いことはせん。
 何か恵んで下されば、あんたを上に連れて行って差し上げよう。上に行かない事には埒があかんよ」

 レイチェルは食料を分け与え、カゴに入った。
 老人は上を向いて叫んだ。

「アイビー! 引き上げろ!」

 するすると上へカゴは動いた。
 やけに速い。眼下の老人が、みるみる遠ざかっていく。
 カゴは、天井の穴を通って上階に着いた。
 その小部屋でレイチェルが見たのは、年を取った女トロルだった。

「あたしにも、何か寄越しな!」



第27話「暗殺者レイチェル・4」

 レイチェルは心の中で冷笑した。
 こういう相手を弄する事こそ、彼女の国の者が得意とするところだ。
 レイチェルは壁に飾ってある絵を見つけた。
 アイビーとは別のトロルの肖像画だ。

「この方、あなたのお身内ですか?」
「ああそうだよ、よく気づいたね。あたしの弟でサワベリーって言うんだ。
 ブラックサンドで、領主のアズール様直々の親衛隊をやってるんだよ」

 やはり。種族が違えど、お喋りの嫌いな女は居ない。

「そうですか。お姉さんによく似た素晴らしい弟さんですね。その、目の辺りとか」
「そうかい? そんな事言われたら照れるねえ」

 女トロルはうっとりとした顔で肖像画を見つめている。
 レイチェルは、手近にあった丸椅子を手にすると、女トロルの後頭部を殴りつけた。
 急所を突かれた女トロルは、あっさり昏倒した。
 部屋の棚を調べると、古い骨が一本見つかった。
 出口はと見ると、東の壁に扉がある。

 進んだ先にあったのは、石造りの下り階段だった。下からは犬の吠え声が聞こえてくる。
 レイチェルは、骨を階段の下へ投げてみた。犬の声が一層やかましくなった。
 最初はただワンワン吠えていたのが、床に骨が届いた途端、うなり声の応酬に変わった。
 油断なく刀を構えつつ、忍び足で下りてみると、2匹の黒い大きな番犬が骨の取り合いで
争っていた。
 レイチェルは素早く通り過ぎた。



第28話「暗殺者レイチェル・5」

 通路は左に折れ、それから高い壁に遮られて行き止まりになった。
 扉はある。
 だが、その向こうから、今まで聞いたことないような恐ろしい咆哮が聞こえてくる。

 ロープの端に鉄の鉤爪を結びつけ、それを石壁の天辺に投げた。
 鉤爪を上端の石に食いこませ、伝って登っていった。
 壁を登りきって、下を覗くと、砂地の床をのそのそと歩いていたのは、体長10メートルは下らないドラゴンだった。

 緑がかって斑点のある表皮。
 刃物のように鋭い歯の生えた口。

 遠い向こう側の壁には両開きの扉が見えている。
 レイチェルは、アニタから受け取っていたお守りを投げこんだ。

 ドラゴンはすかさずお守りに食らいついた。
 すると、閉じた顎がまた急に開いた。
 お守りがぐんぐん大きくなって、ドラゴンの口を塞ぐように押し開けたのだ。
 ドラゴンがもがき苦しむ隙を狙って、レイチェルは穴の底へ降り、両開きの扉へと駆けこんだ。



第29話「暗殺者レイチェル・6」

 レイチェルは再びトンネルを北へ進んだ。
 ふと足下を見ると、トンネルの床に赤い横線が引いてある事に気づいた。

「これより先、武器は持つべからず」

 書かれている文字は、まだ新しかった。
 これはあらかじめ仕掛けられた物ではない。
 レイチェルは敢えて、刀は捨てずに歩いた。

 広いホールに着いた。中を進むと、足音がホール全体に反響する。
 背後から、何者かの視線を感じ、レイチェルは本能的に身を沈めた。

 鋭い刃の投げナイフが、彼女の頭上をかすめて、柱に刺さった。
 振り向くと、そこには小柄な剣士の姿があった。
 敵はレイピアを繰り出し、瞬く間にレイチェルは壁際へ追いつめられた。
 敵の攻撃を懸命に防ぎながら、しかしレイチェルは違和感をおぼえていた。

 この敵とは初対面だ。レイピアも初見だ。
 けれど、この太刀筋には見覚えがある。
 否、見覚えではない。この体が訓練で覚えている。
 この攻撃は間違いない。あの人と同じだ。

「先生!?」

 我知らず叫んでしまった瞬間、レイチェルに油断が生まれた。
 その結果は、長く述べるまでもないだろう。

《五人目の挑戦者・レイチェル:LOST》



第30話「???・???・??? 1」

 ここで物語は、原初へと遡る。
 俯瞰した位置から見下ろす、“彼”の視点で。

 かつて、サカムビット男爵は、あらゆる異界のあらゆる存在に祈りを捧げ、技術と魔術を
駆使した末に、死のワナの地下迷宮を創造した。

 結果、死のワナの地下迷宮は、「誰にも解けない」代物でありながら、
「誰かに解いてほしい」と願う、矛盾した存在となってしまった。

 “彼”もまた、サカムビット男爵の願いに呼び寄せられた存在の一つだった。
 “彼”は、その中身を丹念に確かめた。

 確かに、これを一人の冒険者が突破するのは、ほぼ不可能だ。
 たとえ奇跡が起こり続けたとしても。
 絶対に成し遂げようとする意志があったとしても。
 永遠に、永久に、神魔を引き寄せてしまう磁場として君臨し続けるだろう。

 この迷宮は、ヒトには踏破できない。
 “彼”自身が関わらない限り。



第31話「???・???・??? 2」

 そう考えた“彼”によって選ばれた冒険者こそ、レイチェルの師・ジミーだった。
 “彼”の呼びかける声を、ジミーはあっさりと受け入れた。
 幼い頃からずっと、依頼を易々とこなして生きてきたジミーにとっては、その依頼人が
王だろうが神だろうが変わらなかった。
 それにジミーは、密かに病に侵されている身でもあった。
 このままハチマンの国に居続けても、任務をこなせなくなれば処分されるのは確実だった。

 ジミーは“彼”の加護を受け、最短の道のりで、死のワナの地下迷宮の最奥部へたどり着いた。
 穴蔵に住むドラゴンの攻撃をかい潜り、ダイヤモンドを手に入れた。
 先にあった広いホールから、北への滑降路(シュート)を滑り降りると、悪臭を放つ粘液で出来た
沼があった。

 その中に、ぶよぶよと膨れ上がった生き物がのたくっていた。
 緑がかった胴体にはトゲが目立ち、顔は一面に、目玉のような突起で覆われている。
 血獣(ブラッドビースト)と呼ばれる怪物である。

 ジミーは瘴気を吸わないようにしながら、回りこむように沼に近づいた。
 こちらめがけてシュッと繰り出される舌を、ジミーは刀の一閃で切り落とした。
 そして、(本物の)目玉を突き刺すと、怪物は狂乱して沼の底へ逃げていった。

 次の大きな部屋にも奇獣がいた。
 胴体はライオンに似ている。竜のような翼が生えている。顔は老いた人間のように見える。
 古い文献では知られる、マンティコアだ。
 マンティコアの尾には、鉄釘のような鋭いトゲがビッシリと生えている。
 ジミーは盾を構えて、マンティコアが撃ち出すトゲの雨を防いだ。
 そこから先は、真っ向勝負だった。
 子供の頃に読んだ英雄譚(サーガ)では、マンティコアを魔法で撃退した大魔道士が出てきたが、
生憎ジミーはそんな器用な術を持っていない。
 ジミーは刀を振り上げ、的確な角度で、マンティコアの首をはね飛ばした。



第32話「???・???・??? 3」

  マンティコアを倒したその時、どこからともなく、厳かな声が響きわたった。

「よくぞ、この部屋の戦いに勝利した。
 今より、デストラップダンジョン最後の試練を与える」

 暗い部屋で、壁の一部がほの明るく輝いた。
 先程まで壁だったはずの場所に、扉が出現していた。

「君の求める栄光は、その鉄の扉の向こうにある。
 扉を開ける唯一の方法は、扉の穴の正しい位置に、君の手に入れた宝石を入れる事だ。
 宝石には固有の波動がある。その波動が装置を作動させる。
 位置を違えた場合、装置は動かない」

 ジミーは扉に歩み寄り、愕然となった。
 宝石を入れる穴は、四つあったのだ。
 赤・青・緑・白の縁取りをした穴が。

「速やかに宝石を入れたまえ。さもなくば、君は失格と見なされる」

 急き立てる声に、やむなくジミーはダイヤモンドを白の穴に押しこんだ。
 途端、生き物の断末魔のような不快な音が鳴り響いた。

「失格! 失格!」

 重々しいような、それでいてどこか滑稽な言い回しで、同じ台詞が繰り返される。
 続いて、周りの壁一面から緑色のガスが噴出され、ジミーはもんどり打って床に倒れた。



第33話「???・???・??? 4」

 ジミーは、自分の意識が消えゆくのを感じていた。
 久しぶりの“彼”の声が、耳元で聞こえた。

 ……ごめんなさい。まさか、こんな最後にまで、こんな仕掛けが残ってたなんて……。

 ――それなら気にするな。今までの運が良すぎたんだ。

 ……どうしよう。これから。一体、どうしたら……。

 ――また別の冒険者を用意するんだな。

 ……それしか、ないのかな……。

 ――そりゃあ、出来るならオレがまたやってやりたいさ。
 オレは今まで、依頼で一度も失敗しなかったのが自慢だったんだしな。
 何とかなるんなら、何とかしてほしいよ。

 ……何とか、しようか……。

 ――出来るのか?

 ……キミの体を、ボクが借りて良ければ……。

 ――なるほど。今度は全知全能の神様さんが自分でやるってわけか。

 ……ボクはそんな立派な物じゃないよ……。

 ――何でもいいさ。とにかく、そういう事ならさっさとしてくれ。

 ……いいの? キミがどうなるか、ボクにも分からないのに……。

 ――オレはずっと、そういう人生を送ってきたんだ。余計な事を気にしてないで、始めな。

 …………………………………………。

 ジミーの周囲が、陽炎のように揺らめく。
 一瞬の間を置いて、彼の姿は、そこから消えた。



第34話「???・???・??? 5」

 “彼”は、瞼を開き、指先に力を入れた。
 “彼”は、死のワナの地下迷宮を取り囲む「黒い森」の入口に、横たわっていた。

 起きあがってみて、自らの外観を確かめる。
 やはり、ジミーの死にゆく肉体では、“彼”の全部を受け入れきれなかったようだ。
 ジミーは成熟していた老練な大人だったはずだが、
 今の姿は、まだ成長期にさえ入っていない少年のようだ。
 そんな極めて小さな身体に、ぶかぶかの服がまとわりついている。

 さて、やらなければならない仕事は多い。
 多いはずだ。
 考えるべき事は沢山あるはずなのに、頭がうまく働かない。
 どうやら肉体だけでなく、精神までも大幅に弱体化してしまっているようだ。

 とにかく、まずは相応した装備を得なければならない。
 それに、この体の動かし方にも慣れなければ、戦闘をするどころではない。
 合理的に考えれば、この迷宮に挑む冒険者も複数必要だ。
 露払いをしてもらわなければ、この貧弱な体では限界がある。
 噂を広めよう。
 サカムビット男爵が生きていた当時のお触れを、冒険者の集まるパブに流して……。



第35話「???・???・??? 6」

 長い道程だった。
 1年の間に流れ伝わった評判から、死のワナの地下迷宮には、
 多くの冒険者が先立って行った。
 彼らの犠牲を経た末に、“彼”は再び、迷宮のあの扉の前に立った。

「君の求める栄光は、その鉄の扉の向こうにある。
 扉を開ける唯一の方法は、扉の穴の正しい位置に、君の手に入れた宝石を入れる事だ。
 宝石には固有の波動がある。その波動が装置を作動させる。
 位置を違えた場合、装置は動かない」

 “彼”は、懐から四つの宝石を取り出した。
 緑の穴に、エメラルドを。
 赤の穴に、ルビーを。
 青の穴に、サファイアを。
 白の穴に、ダイヤモンドを。
 全てを嵌めたその瞬間、扉は激しく振動し、悶え苦しむような絶叫を上げた。

「――error! error! アリエヌ! アリエヌ! トケルハズガナイ! トケル、ハズガ――」

 ひび割れた扉から湧き上がる、サカムビット男爵の思念に、“彼”は告げた。

「ヒトの身でありながら、このボクまでをも呼び寄せた事は、見事だと言って上げよう。
 だけど、少し悪戯が過ぎたようだね。
 他の世界の勇者たちまで巻きこんだ罪は、ボクが裁くよ。
 『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の名において」

 “彼”が床を蹴り、振りかざしたレイピアを、しかし男爵から発された閃光があっさりと砕いた。
 すかさず“彼”は、隠し持っていたレイチェルの刀に持ち替え、襲い来る男爵をかい潜り、そして扉を打ち破った。



第36話「エピローグ」

 ファングの町。
 船の乗り継ぎで商人や旅人が立ち寄る事が多いが、それ以外の特徴は少ない。

 その町に、「黒い森」と呼ばれる場所がある。
 いつも薄暗い、その森の奥には、何故か一角、ぽっかりと更地が開けている。

 更地の中央には、古びた刀が一本、地面に突き立てられている。
 この地域では見かけない、東洋の国で作られている形の刀だ。
 色はくすみ、刃も綻びかかっているが、朽ちて倒れる事なく立っている。

 「黒い森」に住まうエルフ達は、この地で何があったか語らない。
 深く知らない事であり、みだりに語る事ではないからだ。


 “彼”は今も、俯瞰している。
 この死のワナの地下迷宮が、再び目覚める事がないようにと。



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