Interlude

 1986年10月4日、伊豆にある六軒島で、右代宮家恒例の親族会議が開かれた。
 その翌日10月5日、“とても不幸な事故”が起こり、右代宮家一族は全滅した。
 世論に押される形で、検察は何度か捜査を試み、マスコミは六軒島疑惑と名づけて
 陰謀の輪郭をなぞり出していったが、この“不幸な事故”が、犯罪である事を立証できるだけの証拠は、
ついに見つける事ができなかった。
 12年前、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと、そして親族たちがみんな死んでしまったその時、私は母方の
叔母さんの家にいた。
 体調を崩していたという事で、私だけが預けられていたのだ。
 私は3歳で、いっぺんに家族を失った。
 当時、右代宮グループは揺れに揺れたと言う。
 最悪の事態を回避するべく、尽力したのは、絵羽伯母さんの秘書である小此木さんだった。
 その甲斐あって、右代宮グループの混乱は程なく沈静化した。
 彼は今、グループのトップであり、私の後見人でもある。 
 表向きは、私が彼に、グループ運営を一任している形だ。
 学校の休み時間に、私は鞄からいつもの本を取り出した。
 ここは、全寮制の学園、聖ルチーア学園。
 知る人ぞ知る、各界の著名人の一部の間だけでその存在が知られる、隠れたお嬢様学校だ。
 私には、窮屈で恐縮な場所でしかないけれど。
 この本は、そんな私の寂しさを埋めてくれる。
 装丁はかなり凝っていて古めかしい。
 一見したならそれは、まるで中世頃に書かれた宗教書にでも見えるだろう。
 しかしこれは本ではない。日記だ。
 右代宮一族の一人、右代宮真里亞さんの遺した日記。
 日記を開けばそこには、小学生とは思えない達筆な文字が、びっしりと書かれている。
 ただし彼女の日記は、日々の出来事をそのまま書き残したというよりは、自分を主人公にした
小説であるような、そんな文体で記されている。 
 この日記帳は、彼女の遺品の中から見つけて私が密かに持ち帰った物。
 最初は他人の日記を読むなんて無粋だと思い、身近に置いておくだけで満足していたが、
ついついページをめくり、少しずつ読み進めてしまった。
 真里亞さんは、誕生日の日、母親である楼座さんから、手作りのぬいぐるみをもらっていた。
 楼座さんは、小さいながらもアパレルデザイン会社の社長なのだ。 
 一応、ブランド名もあり、その名前は「アンチローザ」。
 “昨日までの自分が、許せない”、がキャッチコピー。
 そのぬいぐるみは、黄色と橙色と白との布で作られていて、つぶらな瞳が愛らしいライオンだった。
 大きさは、小ぶりな枕くらい。
 少しのっぺりとしていて、実のところ枕としても使える物だ。
 世界でただ一つの、何物にも替えられない、母親の手作りのぬいぐるみを、真里亞さんは
「さくたろう」と名づけた。
 本当は、アニメの主人公の「さくら」と名づけたかったが、男の子だから「さくたろう」。
 彼女は自分の持ち物を、まるで友人のように扱った。
 なので彼女の“小説”の世界では、さくたろうはれっきとした一人の人格を持っていた。
 そして彼女(たち)は、興味深い人物と出会う。
 六軒島の薔薇庭園で。
 庭園のテーブルに並ぶ紅茶の前で、のんびりと談笑するのは、真里亞さんと、彼女の膝に座るさくたろう、
そして、「ベアト」と呼ばれる人物だ。



「そうか。真里亞の一番の友人、さくたろうと申すか。」
 と、ベアトは私の膝の上に座っているさくたろうに言った。
 さくたろうは、初めて会うベアトに緊張しているようだった。
『は、初めまして、さくたろうと申します………。』
 と、さくたろうはぺこりと頭を下げた。
「大丈夫だよ。人見知りしなくていいよ。ベアトも真里亞の素敵なお友達なんだよ。」
 と、私はさくたろうに説明した。
「真里亞にとっては、このように、無機物を命を宿らせる事は、日常茶飯事なのか?」
 と、ベアトはしみじみと言った。
 私は、ベアトは難しい言い方をしていると思った。
「さくたろうは無機物じゃないよ、ライオンの子だよ。」
 と、私が言うと、さくたろうはぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。
「見事な物だ。何と言う事か。しかも更に驚くべきは、真里亞はゼロの海から、さくたろうの命を生み出した
という点だ。真里亞、そなたのその力は紛れもなく、魔法である。」
「魔法なの?」
「うむ。そなたの場合は、創造と呼んでも良いであろうな。
 なるほど、金蔵の最も欲した物は、そなたに一番濃く受け継がれているらしい。」
 と、ベアトは一人で何度もうなずいていた。
 私は、ベアトが褒めてくれたので、嬉しくなった。
「1を100にする事は簡単だ。しかし、0から1を生み出す事は非常に困難だ。そなたが成長した暁には、
妾とて一目置かざるを得ない大魔女に成長するであろう。言わば、原初の魔女として。」
 と、ベアトはさくたろうに手を差し出した。
 さくたろうは、おずおずとベアトに近づいて、ベアトに頭をなでてもらった。
 さくたろうは、今日も、私がプレゼントしたマフラーを首に巻いていた。
 いや、元はと言えば、そのマフラーは、私がもっと小さい時に、ママが作ってくれた物だ。
 私の背が伸びて、もう使わなくなっていたので、さくたろうにあげたら、サイズが丁度ピッタリだったのだ。
 ベアトは、そのマフラーを指でもてあそびながら、
「妾も、新しき友人に何かプレゼントを贈らねばなるまい。」
 と言った。
 ベアトは、どうすれば喜んでもらえるか、腕を組んで思案する。
 するとそこへ、もう一人の魔女の姿が。
 ベアトの師匠、ワルギリアだった。
 ワルギリアはまさに大魔女。
 ベアトがまず大魔女なのに、そのベアトが大魔女と呼ぶのだから、大々魔女に違いない。
 ベアトの話によると、その魔法の力はベアトですら今だに足元にも及ばないという。
「おやおや。賑やかな声が聞こえてくると思ったら。楽しそうなお茶会ですこと。」
 と、ワルギリアは、にこにことして言った。
「おお、お師匠様。丁度いい所へ。このライオンの子を見てほしい。真里亞の新しい友人だそうだ。」
「ほっほっほ。可愛らしいライオンさんですね。」
 ワルギリアは、テーブルの上にいるさくたろうと、目の高さを合わせてくれた。
 ワルギリアは、大々魔女であるにも関わらず、さくたろうにもとても上品に挨拶した。
「初めまして、こんにちは。」
『は、は、はい! さ、さ、さくたろうと申します。』
 さくたろうは、ぴょんとテーブルから降りて、私の膝に戻って、テーブルの縁から顔を半分だけ覗かせて
挨拶した。
「さて、真里亞。」
 と、ベアトは優雅な仕草で言った。
「そなたの魔導書を出すがよい。もちろん筆記用具もな。」
「うん、出すよ。何か書くの?」
「うむ。喜べ真里亞。これは素晴らしい贈り物になるぞ。」
 ベアトは私の手提げから、魔導書を借りると、パラパラとページを捲って、様々な魔法陣が記された
ページの途中に空きページを見つけ、そこを押し広げた。
 そして、ニヤリと笑ってさくたろうを凝視してから、一気にペンを走らせた。
「黄金の魔女、ベアトリーチェの名において、マリアの子、さくたろうをここに認める。
 お師匠様、立会人にサインを頼む。」
「はいはい。我が名において、この宣誓に立ち会い認めるものなり。出来ましたよ。」
 ワルギリアがサインして、その宣言書は完成した。
「この宣言書により、汝、さくたろうを自我ある一個人と認める。今よりさくたろうは、我ら共通の友人だ。
 それに相応しき姿を、贈り物としてそなたに贈ろう。受け取るが良い。」
 と、ベアトは言って、その宣言書の書かれたページを開いたまま、向きを変えて私に手渡した。
 私は、それを膝の上のさくたろうに見せた。
 さくたろうがその宣言書を認めた時、布と綿で出来た彼の体に、熱くて眩しい何かが宿り始める。
 生まれて初めて経験するに違いないそれに戸惑い、おろおろする間にもその力は強まり、やがて眩しい光が
完全に彼を飲みこんだ。
 そして、その光が消え去った時。
 そこにいたのは、さくたろう……の面影を残した、れっきとした少年の姿だった。
 さらさらとした金色の髪が、とても可愛かった。
「可愛いよ、さくたろう! とっても可愛いよ!」
 と、私はさくたろうの姿を褒めた。
 さくたろうは、つぶらな目をぱちぱちさせながら、
『ほ、本当に似合ってる? 恥ずかしくない?』
「ほっほっほ。とても可愛らしい姿ですよ、さくたろうちゃん。」
 と、ワルギリアもさくたろうの姿に喜んでくれた。
 私はベアトにお礼を言った。
「ありがとう、ベアト! すっごく素敵なプレゼントだよ!」
「礼には及ばぬ。そなたらに敬意を表したまでよ。
 そうだ、さくたろうだけでなく、そろそろそなたも、その格に相応しい身なりをしても良い頃であろうな。
 それ、魔女を名乗るに相応しき服装を与えよう。」
 と、ベアトがケーンである煙管を振るうと、どこからともなく現れた沢山の黄金の蝶たちが私に群がり、
私も素敵なドレスをもらった。
 リボンとフリルが沢山付いた、可愛らしさと荘厳さを併せ持った物だった。
 私がベアト達の前でくるくると踊ってみせると、お茶会はますます盛り上がるのだった。



 その後、真里亞さんと、さくたろうは幾つもの冒険を重ねていくのだが、その楽しい物語は、
ある日、唐突に終わる。
 さくたろうが行方不明になったのだ。
 作中の描写から拾う限り、どうやらこの時に、真里亞さんの家は引っ越しをしたようだ。
 その混乱に紛れて、さくたろうは消えてしまった。
 ぬいぐるみならまた作ってあげると楼座さんに言われても、真里亞さんはどうしても納得できなかった。
 真里亞さんにとって、さくたろうは世界にたった一人だけの人格だったから。
 その日を境に、真里亞さんの紹介する“魔法”も様変わりする。
 真里亞さんの日記には、さくたろうとの出来事に挟まれる形で、彼女の調べた魔法の知識が書かれている。
 ヘブライ語の魔方陣まで載っている、本格的な内容も少なくない。
 今まではずっと、明日の晴れを祈ったり、食べるご飯を美味しくしたりという、ほのぼのとしたおまじないが
多かった。
 それが、さくたろうの事件があった後からは、憎い誰かを如何にして呪うかという物騒な物が
目立っていくのだ。
 日記の最後の辺りになると、私は一度しか目を通していない。
 最終的に真里亞さんは、さくたろうは邪悪なる魔女に殺されたという結論に至る。
 その魔女は、何と楼座さんに化けて真里亞さんを監視していた。
 それで真里亞さんは、さくたろうの仇を取るために、楼座さんを殺す。
 それは、あまりにも惨い結末。
 まるで、真里亞さん自身が、邪悪なる魔女に生まれ変わってしまったかのようだ。
 彼女の心は、満たされていなかった。
 だから、憎しみと悲しみで埋めざるを得なかった。
 そして満たされないまま、彼女は死を迎えた。
 満たされない彼女の魂は、今も悲しみで胸に穴を空け、涙を零して、さくたろうの名を呼びながら彷徨い
続けているのだろうか。
 私がこんな事を考えるようになったのは、私自身、このところ繰り返し、家族の夢を見るためだ。
 12年前の私が、必死に呼び掛けて、親族会議に行かないようにと訴えるのだ。
 しかし、お父さんにもお母さんにも、遠くて手が届かない。
 せめてお兄ちゃんだけでも生きていてくれたなら、この空虚な現実を二人で支え合いながら
生きていけるのではないかと、願ってしまう。
 果たして、12年前のあの日、本当は何があったのか。
 その疑問を抱えてずっと生きていく事が、私に課せられた拷問なのかもしれない。




【3rd Game  I am a detective. (前編) 】へ続く


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