Uncomfortable Desire

 男たるもの、恋人と二人きりでの旅先で、やるべき事はたった一つ――だと思うんだけど。

1.

 僕は、考えのまとまらない頭を抱えたまま、所在なくベッドに腰かけていた。
 さっきから、いっこうに動悸が収まらない。
 意味のないため息も、止まってくれない。
 何となくカーテンをめくって、窓の外を覗いてみる。
 もし都会なら、きっとまだ宵の口。1次会が終わったくらい。
 だけど今見えるのは、ネオンじゃなくて月の光。
 後は、ココみたいなホテルの部屋の灯りくらいだ。
 僕はカーテンを直して、今度は戸口の方に顔を向けた。
 耳を澄ますと、ごく小さく水音が聞こえてくる。
 さっき僕がお風呂に入った時も、こんな風に音が漏れてたんだろうか。
 というか、こんな時にこんな事を考えこんでる時点で、どうかしてるよな。僕。
 夕飯を食べている間も、我ながら上の空だった。
 何とか場をもたせようと、手ばかり無駄に動かして。お茶の入ったコップ倒したり。
 もっとも、僕の向かいの相手の方も、似たようなものだったと思う。食欲がないのか、まるで食べていなかった。
ほとんど黙ったまま、飲み物だけ追加して、それを口に運んでいた。
 ………………それにしても、長いな。
 僕は壁の時計を眺めて、それからもう一度、バスルームの戸口を見やった。
 まさか、のぼせてるなんてオチは無いよな。今更ここまで来ておいて。
 僕たちは、今夜の覚悟を決めている。何もなく終わる事だけはあり得ない。
少なくとも僕はそう思ってる。アイツだって、きっと。
 だけど。それでも怖い。親友と、そういう事をするってのは。まして、僕はアイツを――――。
 僕は両手で、自分の顔をピシャリと叩いた。
 ダメだ。それ以上考えるな。そんな事を考えるくらいなら、何も思いつかない方がマシだ。
 でもどうしよう。それもこれも、アイツがなかなか出てこないのがイケナイんだ。
 ああもう、こんなに気持ちが落ち着かないならいっそ、一人でトイレにでも籠っちゃおうか。
 ベッドの端に置かれてる、ティッシュの箱なんか見てないで。
 まさか、お酒の力にだけは、今日は頼るわけにいかないし……。
 くらくらとしてきた頭を大きく振った時。そっと肩に何かが触れた。
「………………御剣?」
 いつの間に隣に座ったんだろう。
 自分の肩に置かれた手と、その手を置いた当人を、僕はただ見つめるばかりで。
 そんな僕に、御剣は優しげに訊いてくる。
「もしや……緊張しているのか?」
「当たり前だろ」
 どうしても、答える声はかすれてしまう。
「だって僕たち、こんな事……」
「初めてだから、か?」
「…………男と経験ある男は、世間には多くないと思うよ、多分」
「それもそうだな」
 喉を鳴らして、くつくつと笑う。
「安心したまえ。今夜は全て私に任せてくれればいい」
「うん……」
 そう。それでいいんだ。これでいいんだ。
 余計な事は考えるな。それだけで全部うまくいくんだ。
「大丈夫だよ」
 僕は、穏やかに笑ってみせる。
「お前になら、何をされても驚かない。お前の思うままにしてくれて、構わないから」
「成歩堂…………」
 互いに相手を見つめ合う。
 淡く上気している御剣の顔が近づく。
 久しぶりに触れた唇から、柔らかい感触が伝わってくる。
 僕は、御剣の背中に腕を伸ばし、力を込めて引き寄せる。
 その僕に答えるように、御剣の舌が入ってくる。
 僕も、薄く開けた口から、舌を出して応じる。
 微かな音を立てて、僕たちは舌先をぶつけ合い、やがて絡め合う。
「……っ、…………ふ、ぁ」
 唇が離れた時、思わず変な声が出てしまう。
 パジャマの上着の合わせ目から、差しこまれた指先が、ずっと胸の辺りを這っているからだ。
 特に敏感になっている先端をくすぐられ、押しつぶされ、こね回される。
 僕は体を折って耐えようとするけれど。指はしつこく付いて来る。
「やッ……!」
 小刻みに動き続ける指が、更に下へ下へ滑りこんできたせいで、
とうとう悲鳴みたいな反応をする僕に、御剣が尋ねる。
「……感じているか?」
「そ……れ、は…………そ……」
 言う言葉が台詞にならない。 
 気がつけば、いつしか二人とも、服を脱がし合っていて。
 互いの肌が見えている。開いた足の間も全部。
「苦しそうだな。……成歩堂」
「み……見る、なよ……ッ」
 慌てて閉じようとしたヒザを、けれど両手でがっちりと止められ、覗きこまれる。
 僕の方はもう、目を逸らして顔を背けるしかない。
「……先に、楽にしてやる」
 そう言うが早いか、御剣は手のひらで、僕のものを包みこむ。
「あ……そ、そこ、は……!」
 触れているのは、他人の手のはずなのに。
 誰も知らないはずの、僕しか知らないはずの刺激に襲われる。
 して欲しいと思う所を、して欲しいと思う動きで愛撫される。
 あり得ないほどの快感に、僕はたまらず身をよじらせる。
「わ…………そ、んな……ふうに……し…………、あ……ぅ……」
 ひとたまりもない。
 あっという間に、僕の欲望は高められ、熱さと硬さを増していく。
 あと、もう一度でも扱かれたら、全て弾ける。
 いや、ダメだ。このまま出したら、コイツの手が、周りが、汚れる。
 そうは思っても、はち切れそうになっている体は止まってくれない。
「み……つるぎ…………、御剣……もう……もう……あああぁぁぁッ!」
 僕は御剣にしがみつく。
 知らず知らずのうちに腰を浮かせて、自分から相手の手に擦りつけてしまっている。
 まるで、もう待てないとでも言うように。おねだりでもするみたいに。
「成歩堂……成歩堂……ッ!」
 御剣は再び僕の肩を引き寄せて、耳元に囁きかける。
 そうだ、あともう少し。もう少しだけ、このままで……。



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