Immorality ―― Side N ――
眠れない。
この体に帯びた熱を、もどかしい疼きを静めない限り、どうしても。
明日のためだ、仕事のためだ、仕方ないんだ――。
そう、何度も自分に言い訳しながら。僕は今夜も、大いなる罪を犯す。
上から下へ、少しずつ、自分の体に指を這わせ、まさぐっていく。
いつしかこの手は、僕の手でありながら、僕の手ではなくなっていく。
頭に思い浮かぶのは、白くしなやかな君の指。
書類をめくる時、カップを口に運ぶ時。嫌でも目に留まる、整えられた君の指先。
その指が、やがて僕の下肢に触れる。
何度か、ためらった後。布越しにも触れながら、快感の中心を探っていく。
脱いだ服から、寛がせた物。
とうに硬さと大きさを増し、一刻も早く解放してくれと訴えている僕の分身。
最初の頃は、ただ闇雲に擦れば、それで終わりだった。
けれど、今はもう、中途半端なやり方では、僕の気持ちは治まらない。
出来るだけ、ゆっくりと握りこみ、指を輪にして、一定のリズムと共に扱く。
先端から零れ出てくる、透明な液体を指に取って、それを塗りこめながら。
思わず出そうになる声を、必死に歯を食いしばって耐え忍ぶ。
声なんか出しちゃいけない。僕のしているこんな事は、断じて認められる事じゃない。
机に置いてある、君の写真。
まだ慣れないのだろう、少しぎこちない笑顔を、君は湛えている。
僕だけが知っている。君の笑った顔。
日頃の大人びた、凛とした顔立ちからは想像も出来ないほどの、柔らかな笑み。
でも。
もしも僕が、君にこんな思いを抱いていると知ったら。
君は果たしてどんな顔を見せるだろう。
きっと驚くだろう。軽蔑するかもしれない。
恐れおののいて、逃げ去ってしまうのかもしれない。
本当は、こんな風に、もっと君に触れたいと、僕が願っていると知ったら。
こんな風に、君を求める事が出来たらと。
僕は、手を動かしながら、空いているもう片方の手を、自分の口許へ寄せた。
目を閉じて、その手の指に口づける。キスするみたいに。角度を変えて。
そうやって、舐めて濡らした二本の指を、口に含む。
欲しい。欲しい。欲しい。
いくら言っても足らない。
こんな風に、君にしたくてならない。
君に奉仕したいと祈る自分がいる。
足を開いた君の前にひざまずいて。君の腰をつかまえて。
君の放つ欲を受け止めたい。
そうしたら、その時の君は、一体どんな顔を見せるだろう。
頬を淡く染めて?目尻に涙を滲ませて?
切ない吐息を繰り返して?体を小刻みに震わせて?
否、恐らくそれ以上の物を、見る事が出来るに違いなくて。
でも、駄目だ。駄目なんだ。許される事じゃない。
君は僕の幼なじみで、親友で、恩人で、尊敬したい相手で。
それに、何よりも。
僕は、敵である君が好きだから。べたべたと馴れ合う関係なんて似合わないから。
僕がこんな風に君を思っているなんて、君は夢にも思わないだろう。
残念だけど、ずっと隠し通せるだけの自信が、僕にはあるから。
だから、君の前では、僕は普通の友達のままで。
だからこそ、君の居ないここでは、僕は――。
「……っ、…………あ……」
いけない。もう、耐えられない。
舌の動きが止まる。その代わりに、下半身に伸ばしている手の動きが加速する。
いけない。今夜も、呼んでしまう。君の名前を。
けれど、君の名前を言わなければ、この快楽は終わってくれない。いつも。
口を開いて、君の名を呼んだ、その瞬間。
目の前の世界が爆ぜた。
慰め終わった自分の体を清めて、身支度を元通りにする。
もう、さっきまでの狂おしい感情は消えている。
まだ僅かに残っている罪悪感を、僕は頭から振り払った。
これで、やっと今夜も眠れる。
〈了〉
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